旅をすると、地元だけで流通しているさまざまな食に出合います。2018年2・3月号では、未来へ残していきたい食材や調味料を「食遺産」と名付け、その土地でなければ生まれ得なかった味を探しました。今は簡単に均一なものが手に入りますが、頑固一徹を誇る手の込んだ味は、とびきり個性的で面白いのです。
今回は、青森「いわしの焼き干し」、岩手「かりんとう」、山形「六浄豆腐」、島根「地伝酒」と、4つの食遺産をご紹介します。いちだんと冬が深まる季節、あたたかな気持ちになる美味を試してみませんか。
いわしの焼き干し(青森)
焼いてうまみを閉じ込める。全工程が今も手作業
脇野沢のカタクチイワシは脂分が少なく、焼き干しに最適。まろやかで品のいいだしが取れる
「これでだしをとるのはもったいない、酒の肴にそのまま食べたい」と和樂編集部でも声が高まった焼き干し。生産者にその声を伝えると「こっちもツマミに食べてますよ」とのお返事が。下北半島の先端にある脇野沢地区は11月に入るとカタクチイワシ漁が始まります。男性陣がとった魚を女性陣がさばいて、その日のうちに焼き干しに。翌朝も干す作業が焼くので、焼き干しをつくれる日は海と天気のタイミングを待つしかありません。海辺に広がる作業風景も含めて残したい食遺産です。
丁寧に掃除したカタクチイワシを長炉で焼き、体内に残る脂分を落としながらうまみを封じ込める
ここで買えます!
「マリンハウス脇野沢」
住所 青森県むつ市脇野沢本村227
かりんとう(岩手)
飾りけはないが手は細かい。東北の駄菓子文化の象徴
国産米胚芽油で揚げた生地に黒糖を手でからめている。2色の生地の食感の違いが美味。震災後2年を経て工場は再開。懐かしい味を求めて地元客が殺到した
薄くて平たく大きい、うず巻き模様のかりんとう。東北地方には昔ながらの素朴なお菓子を伝承するつくり手がわずかに残っていますが、この店もそのひとつです。白い生地には膨らし粉が混ぜてあるので、ぷっくりとそこが膨らみます。「昔は1個から手売りだったから、少しでもかさを大きく見せようとした工夫でしょうか」と店主の田中和七さん。かつて農作業の合間にひと休みする「一服文化」の習慣が今も残っている岩手。口を大きく開けて頰張ると肩の力も抜けていきます。
黒糖の入った生地と膨らし粉の入る小麦生地。配合の異なる生地をひとつに合わせるところが難しい
ここで買えます!
「田中菓子舗」
住所 岩手県宮古市田老1-13-6
六浄豆腐(山形)
日本で唯一の生産者による、古代から続く乾燥豆腐
いつからか「六条」と呼ばれるようになったこの豆腐のつくり手の片倉家が六根清浄の仏教語から「六浄」と名付けたとか。塩気があるので素揚げだけもおいしい
きしめんをさらに薄くしたような形状の乾燥豆腐。京都六条から出羽三山に向かう修験者が、命を助けてもらったお礼につくり方を伝えたという逸話が残ります。釜で炊いた大豆から豆腐をつくり、塩をして乾燥させたものをカンナで削る。文字にするといたってシンプルではありますが、その過程にはいくつか秘密があるそうで、その神秘さも味わいのひとつ。お椀に入れると透き通る白のリボンが目を楽しませてくれます。お吸い物や和え物でこの滋味を味わって。
塩をしっかりまぶすのは保存だけでなく殺菌の意味もある。特別な室でゆっくり乾燥させる
ここで買えます!
地伝酒(島根)
木灰を加える特殊製法の調味酒が現代に復活
昭和18年ごろまでつくられていた地伝酒が約50年ぶりに復活。米麹は日本酒の2倍、仕込みの水の量はその半分。約3か月寝かせて完全発酵したら木灰を加えて仕上げ、毎年7月末に搾る
天然アミノ酸を豊富に含み、コクがあるのに甘みは味醂の約半分。地伝酒は「野焼きかまぼこ」に代表される出雲の郷土料理に欠かせない料理用調味酒です。真紅の艶にふんわりと広がる甘い香り!米を原料に清酒と同じ製造工程でつくられますが、木灰を加えて酸化を防ぎ、火入れ殺菌を行わないことで、この風味が実現可能に。古来、日本酒に伝わる製法のひとつでしたが、戦時中に途絶えてしまい、現在日本でこのような酒をつくる酒蔵は数えるほどになってしまいました。
もろみに木灰を混ぜているところ。米田酒造では楢、椚の木灰を使用中。かつては椿や樫が使われていた