ハンバーガーの魅力。それはふかふかのバンズに挟まれたジューシーなパテと、そこから溢れ出る肉汁にあるといっても過言ではありません。ケチャップやマヨネーズのようなちょっと濃い味のソースにも負けない肉の食べごたえは、やはりビーフ100%でないと味わえないものです。
そもそもハンバーガーが生まれた19世紀後半には、牛肉以外のパテなどありえませんでした。ハンバーガーのパテ、つまりハンバーグ・ステーキ自体が、ドイツのハンブルグ地方の銘柄牛であるハンブルグ・ビーフの代表的な食べ方についた名前だったからです。そのハンバーグがバンズに挟まれるようになったのは1880年頃で、1890年代にはすっかり町の人気メニューになっていたといいます。
その後、不心得者の業者が肉に混ぜものをするようになり、純度100%という部分は怪しくなっていきますが、それでもパテ=牛肉という建前は揺るぎませんでした。今でも大手ハンバーガー・チェーンの大看板は「ビーフ100%パティ」ですよね。どれほど変わり種バーガーを出そうが、「主役はあくまで牛肉パテ」を堅持するのは伊達ではないのです。
ところが、21世紀になって、パテ=ビーフという常識が揺ぎ始めてきました。
肉を一切使わないパテの登場です。「グルテンミートのこと? それなら昔っからあったけど」と思ったあなた。違う、そうじゃないのです。もちろん大豆ミートでもありません。
あのような「タンパク質というだけで到底肉の味はしない何か」ではなく、「牛肉としか思えない植物性のパテ」が爆誕したのであります。
原材料はエンドウ豆や大豆、じゃがいもなどですが、独自開発された成分を投入することで肉のテクスチャと味、風味を引き出すことに成功した新しい代用肉。現在は米国のビヨンド・ミート社とインポッシブル・フーズ社が二大リーディング・カンパニーとして牽引役を務め、かの国ではすでにスーパーマーケットでの販売やレストラン・メニューへの使用が始まっています。
一方、日本ではまだまだ見かけることはありません。しかし、一部の人々、近年増えつつあるヘルスコンシャスな人々の間ではすでに話題となって久しく、ネットなどで取り上げられることも増えてきました。それらの記事が口を揃えて言うには「代用肉ハンバーガーは、牛肉100%のハンバーガーとほぼ遜色ない。っていうか、黙って出されたらわからないほど肉肉しい」のだそう。
……ほんとかなあ、と思いませんか? 私は思いました。肉好きでは人後に落ちないこの私、植物性タンパク質ごときに牛肉ヅラされるのはなんだか癪なわけですよ。思いっきり「あの人、良家の奥様みたいな顔をしているけど、本当は違うんですのよ」と噂する意地悪なおばさん的気分になるんです。
とはいえ、食べずにケチをつけるはよくない。
というわけで、食べてきました。代用肉バーガー。どこでって? 米国ですよ、米国。ちょこっと本場に行く用事があったので、これ幸いと実食したわけです。
で、ドン!
これです。これが代用肉バーガー、商品名「インポッシブル・バーガー」です! 不可能なバーガー……これまた奇体な名前ですが、インポッシブル・フーズが提供している代用肉を使っているバーガーは、みなこの名前で販売されています。
いかがでしょう? どう見たって普通のハンバーガーですよね? これまでの代用肉が醸し出していたコレジャナイ感は一切ありません。
お皿から漂う香りも、間違いなく「焼けた肉」。植物性のくせに、これはどういうこと? 不思議に思いながらさっそくガブリと一口。
「……! 肉じゃん! それもおいしい肉!」
びっくりしました。本当に牛肉のパテと同じ味がするのです。肉汁も脂も感じられます。なにより、植物性代用肉にありがちなパサツキが一切ない。
私は今、普通の、というよりも普通よりおいしいぐらいのハンバーガーを食べている。
これまで「ほぼ遜色ない」だの「黙って出されたらわからない」だの書いていた記者の人、「はあ? あんたの舌が馬鹿舌なだけなんじゃないの?」と斜めに見ていてごめんなさい。あなた方は正しかった。
インポッシブル・ミートのほぼ完璧に近い「肉感」を演出しているのは、大豆の根から生成するヘム鉄だそう。貧血に悩むことが多い女性ならわりと聞き慣れた成分名かと思いますが、ヘム鉄は赤血球の中のヘモグロビンを構成する鉄分で、基本動物性食品にしか含まれません。中でも特に含有量が多いのが牛肉で、逆に言えばこれを欠くと牛肉感は出ないわけです。そこをカヴァーしたのがインポッシブル・フーズ社の新技術であり、米国で代用肉が一般にも受け入れられる最大の要因となりました。
だからといって、ただ植物性タンパク質にヘム鉄を混ぜたところで、ここまで肉の味を再現することはできないでしょう。動物性タンパク質は食べたくない、でもハンバーガーは食べたいという思いの強さに米国人のハンバーガー愛をひしひしと感じます。
ちなみに、肉味なんだから赤ワインが合うはずよね、といけずな気持ちで合わせたカベルネ・ソーヴィニヨンのワイン。むっちゃ合いました。
付け合せのポテトと食べたら、もう満腹。完全に「ちょっと高級なバーガーを食べた」時の満足感を得ることができます。
あえて言うなら、完食間際、パテが冷めてからは少しだけ「植物性」を感じさせる食感と匂いが出てきたのはまぎれもない事実。おそらく、添加された肉汁と脂肪分が抜けると本性が見え隠れするのだと思います。だからといって不味くなるわけではないので、そこはご安心くださいませ。
今回、インポッシブル・バーガーを食べたのはアメリカはロードアイランド州の州都プロヴィデンスにある「Barnaby’s Public House」というお店。
ダウンタウンの一等地にあるオシャレなパブで、あくまでも普通のバーガーや肉や魚を使ったお皿がメインであって、ベジタリアン専門店というわけではありません。そのメニューに、選択肢の一つとして特別感なく載っているあたり、また同じ街でインポッシブル・バーガーを提供している店が他にも複数あるあたりに、米国で代用肉が浸透し始めている様子が伺えます。
気になるお値段は15ドル(108円換算で1620円)、お店のバーガーとしては最高値クラスでした。決してお安くはありませんが、最近は日本でも同価格帯のバーガーが増えてきましたし、たまに食べるぐらいなら許容範囲かなあ、というところ。菜食主義の方には嬉しい選択肢になると思います。
そして、気になる日本での提供状況ですが、今のところ特別メニューとして単発で販売されたことはあるものの、グランドメニューに採用しているお店はないようです。また、導入時期を明確にしているお店やチェーン店もなかなか見当たりませんでした。しかし、米国では大手チェーンのバーガーキングがインポッシブル・バーガーの常時展開を一部店舗で開始し、今後提供店舗を拡大していくと発表していますので、日本でも近々に食べられるようになるかもしれません。チェーン店ならもっとお手頃な価格で提供されるでしょうから、楽しみというものです。
ん? ヴィーガンでもないくせに、今後も代用肉バーガーを食べるのか、って?
そうですね。たまに食べると思います。時々あるんですよ。口は肉を食べたがるけど、胃は「重い」と拒否する日が。そんな時に代用肉バーガーはうってつけだというのが、食べ終えた直後の感想でしたから。代用肉は畜産が環境に与える過負荷を解消したいという起業家の一念から生まれた商品でありますが、あれだけのお味だったら主義主張関係なく受け入れられることでしょう。
日本で当たり前に代用肉バーガーを食べられる日が来ることを、ちょっとだけ期待しています。
*参考文献 アンドルー・F・スミス『ハンバーガーの歴史』(P-Vine books)