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2021.02.12

今すぐ試したい!(自称)日本一燗をつけるのが上手な岡山の酒屋店主「酒うらら」に聞く、おうちで燗酒の極意

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お燗にしておいしいお酒に出合うことなくして、お燗酒にハマることはない

というメッセージを掲げ、燗酒好きの人口を広げる活動を続けているわたくし。この和樂webで燗酒専門のバーを紹介したり、燗酒の聖地のひとつである鳥取で酒の作り手と燗酒に強い酒屋を記録してきました。

いきなり名言!(?)


さかのぼること1年前、次なるお燗酒のフェーズに突入。出会いは突然やってくるもので、鳥取の梅津酒造に滞在中に「わたし以上に上手に燗酒をつけることができる人はこの世にいない」と豪語する酒屋店主と遭遇。この1年を通して、おいしいお燗のつけ方、そこに潜む「秘策」を教え請うてきたのです。

お燗酒をもっとおいしく飲む秘策。それは「割水燗」(わりみずかん)と呼ばれる飲み方。ツウなら「加水(かすい)してー」のひと言で通じるようです。

ツウじゃないけど気になる!

こんなときだから、おうちで燗酒してみない? 割水燗ができると、家飲みがかなり楽しくなる

割水燗って、字のごとく、お酒を水で割って燗につけること。

すると、どうなるのか?

「味が変わるね」、「飲みやすくなったね」って驚きがあるのですが、いちばんの発見は「ごくごく飲んだのに、翌朝の身体がラクじゃない?」。

こんな魔法、早く知りたかったなー。

お燗をつけるって、特別な道具がなくたっていい。ラクに考えていきましょう。

ということで、記事の最後に自宅で割水燗をする方法も紹介しちゃいます。まずはわたしに割水燗を伝授してくれた師匠に登場してもらいましょう。

へぇー。師匠、待ってました!

日本一お燗をつけるのが上手な講師(自称)は、岡山と兵庫と鳥取の県境の山奥にいた!

それは日本がまだ新型コロナの話題でもちきりになる前のこと。電車を死ぬほど乗り継いで、師匠のいる岡山県西粟倉村にやってきました。

廃校になった小学校の中に2014年春、酒屋「酒うらら」は開店。店主は1年で消費する酒量が2石(一升瓶にして200本)という酒豪のオンナ。関西圏では特に、いや、燗酒界では知らない人はいない、辛辣にして確かな舌をもつ女店主で知られています。

こちらが店主の道前理緒(どうまえ・りお)さん。お燗をつけさせたら日本一、自称「飲ませる酒屋」と豪語する主ですが、店主同様「酒うらら」のあり方もユニーク。実店舗が開くのは週に2日、残りは飲食店の燗酒実技指導やイベントのお燗番などに充てているとか。

自称…!!

店主は笑顔が苦手で常に塩対応。が、ピタッと客の好みの味を見つける勘の鋭さは女の特性かもなぁ。

棚にあるお酒の説明も面白い。そこには「店主の気分」がつれづれなるままに。

えー香ばしいお布団ってどんな味だろう?



ん、これでよくない? 「辛口」とか「吟醸」とか、「山田錦」とかスペックを目で追うよりも、「飲んだらこんな気分になるのか」って想像がついたほうが手が伸びるかも。

日本酒界で絶賛人気の「天穏(てんおん)」も「酒うらら」の手にかかると、こう。

楽しいなぁ。わたしはこのコメントを肴に一杯飲める自信があります。さすがは、日本一飲ませるのが上手な酒屋。棚のお酒を見てのとおり、「酒うらら」は燗酒に向くお酒をそろえる店。鳥取と島根(道前さんの故郷)を中心に、店のある岡山の蔵も充実。

「お燗酒に向く酒のおいしさはスペックだけで決まるものではないんです。温度によっても味わいの感じ方が違うし、加水することでも味はいかようにも変わる。自分でお燗をつけてみて、飲むことを繰り返しながら、好みの味を見つけていったほうがいい」ときっぱり語る道前さん。

師匠。そうは言ってもみんな自分で燗をつけることに苦手意識があるから、スペックに頼ってしまうわけで。どうしたら自分でおいしくつけられるようになるのかしら?

ということで、場所を移して道前さんに燗をつけてもらいながら、「日本一、燗酒を飲ませることが上手」なプロの信条を聞いてみましょう。

気になる気になる!

飲ませ屋の極意1。燗酒はただ温めるのではなく、お酒の味わいを引き出すことにあり


わたしが滞在した西粟倉村のゲストハウスにあった「とっくり」。昭和の遺産というか、なんてことない徳利だ。道前さんによると、これが燗をつけるには最適だとか。へぇ?

「燗酒に目覚めた人って、いきなり錫のチロリを買ったりしちゃうけど、ダメです。熱伝導率のいい酒器は温度の上がりが早いので、扱いに慣れが必要。一気に温度を上げるとお酒の味が抜けちゃう。電子レンジで急速に温めてもおいしくならないのと同じです。お酒はゆっくり温度を上げてあげることで、香りが広がったり、ふくらんだりするんです」

ということで、ちょっとダサいぐらい厚みのある陶器やガラスの徳利(お土産用に蔵元が出しているものを再利用)がシロウト向きだそう。マグカップのあの厚みも、燗をつけるには実はアリだとか!

なるほど。見た目おしゃれな方がいいのかなって思ってました…


ちなみに、錫のチロリでつけたお酒の味と分厚い徳利でつけたものと飲み比べたところ、チロリの方が味がシャープに感じました。それはそれでおいしいけれど、一直線の味わいといいますか。ゆーっくり温度が上がっていった方が、ふっくらしていて、やわらかい。

「早く飲めたらいいのか、おいしく飲めるのがいいのか、考えたら自ずとわかるよね」と辛辣な言葉を発する師匠。同じお酒でも、温まり方でこんなに味が変わるとはびっくり! そして、道前さんのつけるお酒のうまいこと!!

飲ませ屋の極意2。燗酒の温度に正解はない!

「プロの私がお燗をつけるときは、常温でその酒を見極めて、1回で適温にもっていきます。でも家で飲むときは、少しずつ温度が上がっていくなかで、そのつど口にしてみたらいいと思うんです。そうやって1本のお酒を味わい尽くすのも家だからできること。たった1つの正解を求めようとするのはどうかなぁ」と道前さん。

たとえば、「燗冷まし(かんざまし)」。温めたことで味が開いたお酒が、開いたまま温度が下がってきたときのおいしさ。これは常温で飲んだときとは、まったく異なる味わいがある。沁みるーって感じ。これ、知ってました?

いいえ、知りませんでした!


このお酒は島根にある玉櫻酒造の純米酒「玉櫻 純米五百万石」。

「お店でいい温度につけてもらったとき、もしくは家で上手にお燗がつけられたとき。おいしいからって、温かいうちに飲みきってしまうのはもったいない。燗冷ましの味って、そのお酒の実力が明快になるんです。これを味わうと、お燗酒にますますハマりますよ」

「たった1つの正解を求めなくていい」。これを聞いて気がラクになりません? お酒の状態だって開栓したばかりのものと、ある程度空気に触れてきたものでは味は違うし、飲み手の体調だって日によって違う。「適温はない」とわかれば、燗をつけることのハードルがぐっと下がるはず。

飲ませ屋の極意3。温めたことで旨みが濃すぎるように感じたら、お酒に水を加えてみる

お酒を温めると、常温にない香りや甘み、酸味が出てくる。それが燗で味わう楽しさではあるけれど、旨み成分が華開くことで、「濃すぎ」と感じることもある。外食時のような気分が高揚しているときや、味の強い料理と飲んでいるときは、気にならないかもしれない。

だがしかし。食中酒として毎日のように楽しむなら、ほどほどの加減でいいんです。
そこに登場するのが「水を加えてみたら」という発想。具体的には、1割ほどの水を加えて燗をつける。お酒が温まったときに、ちょうどいいと感じる味わいに着地するというわけ。

なんと燗酒を飲みなれている人たちは、この作業をあたりまえのようにしていた。量をたくさん、長い時間かけて飲みたい「のんべえ」が考えついた知恵というものなのかしら? 「割水燗」は日本に昔からある飲み方なんだとか。

1番最初に考えたの誰なんだろう〜

実践! 割水燗をおうちでやってみよう

ということで、道前さんが実際に割水燗をつけるところを再現してもらいました。先の「飲ませ屋の極意」を踏まえてやってみると、より実感がわきますよ。

お酒、徳利(に代わるものでも)、水、お鍋、電源を用意する

道前さんのお気に入りの岡山・落酒造の「大正の鶴」。左のグラスにある水は、お酒を飲むときの合いの手になる「やわらぎ水」。

電子ポットの中に徳利を突っ込むという手もあります。コンロの前に立ってやるのももちろんアリ。

お鍋に水をはり、温める


鍋に水を張る量の目安は、徳利が半身浴できるぐらい。
温度は「ちょっとぬるいなー」ぐらいから始めましょう。決して温度計とにらめっこしないように。家でそれをしちゃうと「家飲みの楽しさがなくなるから」と道前さん。

うつわの半分ぐらいお酒を注ぎ、その「1割」を目安に水を加える

写真の説明をわかりやすくするために、徳利ではなくガラスびんに変更してます。

加水する前に、まず常温でお酒を飲んでみる。これは重要。そこで「そんなに足さなくてもいいのかな?」「けっこう水を加えてもいいのかも?」など自分なりの予測を立ててみる。「それがあたっても、ハズレても、最初はいいの。薄かったら、またお酒を足せばいいんだから」。

じっと温度が上がっていくのを待つ。途中でちびちび味の変化を見るのもよし


うつわの中の酒の量が少なすぎると、浮力でひっくり返ってしまうので要注意。「ま、それも家なんだから、笑ってまた注ぎ足せばいいんですよ」。

こぼしたら笑ってごまかします

匂いで判断! ふわーっと香りが広がってきたらそこで飲む


適温を感じる目安は「匂い」(温度計ではなく)というのが、さすが、日本一の飲ませ屋。言うことが人とは違います。そう! 体調や気分は日によって違うんだから、温度計よりも自分の感覚を信じたほうが確実。匂いで判別するためには、うつわにある程度の量のお酒が入っていたほうがうまくいく、というのも書き添えておきましょう。

あとは飲むだけ! もし「薄いなー」と感じたら、ちょい足してまた燗をつければいいんです。

わたしは最初から水を多く足しがちで、道前さんから「攻めすぎ!」って指導が入るのですが、回数を重ねていくと加減がつかめるようになる。ちょっと薄くなっちゃった、という場合でも体調によっては今日はこのぐらいでもいっか、とそのまま飲むことも。

そう考えたら、おうちでお燗に失敗はなし。楽しい時間だけが待ってます!

つけてみたくなった!

割水燗のススメ、そこには3つのいいことがあった

最後に改めて、なぜお燗をする際に割水燗にしたほうがいいのか道前さんに聞きました。

その1「お酒の度数が下がる」。身体に優しい! 特に「原酒」とラベルに書いてあるようなアルコール度数が高いものは、加水した方がぜったいに飲みやすい(し、酔いがゆっくりになる)。

その2「お酒の量がかさ増しになる」。えへへ、飲める量が増えますね。お財布にも優しい。だからって飲みすぎには注意しましょう。

その3「加水することでそのお酒の良さが見えてくる」。割水燗とは水で薄めるというよりも、水で酒の旨みをのばしてあげるための手間だと考えて。そのまま飲むとキツイ、ダルいと感じたお酒も、水を少し加えて温度を上げることでバランスが整うこともあるそう。「見えない味が、見えてくることがあるんです」。ようやく腑に落ちました。だから酒のプロもこの飲み方を推奨するわけね!

締めに金言が出ました。「燗酒を飲む楽しみって、そのお酒の味が化けるときに立ち会えること。それって誰もが体験できることなんですよ」。

道前さんは、だしを含んだ料理と燗酒をあわせるのが好きなんだとか。「燗酒向きのお酒がそもそもだしのような味わいなので、おでんはもちろん、だしの効いた料理と相性がいいですよね。煮炊きした野菜で飲むのも好きです」。

同感! 燗酒って地味だけど、滋味なる料理に寄り添うにはこいつしかないって感じ。
家でのんびり、ゆっくり酔いたい気分。そんなときに「割水燗」、おすすめですー。

酒うらら
記事に登場する「玉櫻酒造」や「落酒造」など、お気軽に問い合わせください。全国発送可能。

書いた人

職人の手から生まれるもの、創意工夫を追いかけて日本を旅する。雑誌和樂ではfoodと風土にまつわる取材が多い。和樂Webでは街のあちこちでとびきり腕のいい職人に出会える京都と日本酒を中心に寄稿。夏でも燗酒派。お燗酒の追究は飽きることがなく、自主練が続く。著書に「Aritsugu 京都・有次の庖丁案内」があり、「青山ふーみんの和食材でつくる絶品台湾料理」では構成を担当(共に小学館)。

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1995年、埼玉県出身。地元の特産品がトマトだからと無理矢理「とま子」と名付けられたが、まあまあ気に入っている。雑誌『和樂』編集部でアルバイトしていたところある日編集長に収穫される。趣味は筋トレ、スポーツ観戦。