和樂web編集長セバスチャン高木が、日本文化の楽しみをシェアするためのヒントを探るべく、さまざまな分野のイノベーターのもとを訪ねる対談企画。第3回は、ボードゲーム『枯山水』の作者・山田空太さんです。
ゲスト:山田 空太(やまだ くうた)
1981年、兵庫県生まれ。兵庫県宝塚市でボードゲームの企画・制作をする「イマジンゲームズ」の代表でゲームデザイナー。代表作は第1回東京ドイツゲーム賞『枯山水』や『ポストマンレース』『でんしゃクジラ』『フタリマチ』ゲームマーケット大賞2017エキスパート賞の『エンデの建国者』。最新作は『つみきの王子さま』
デビュー作にして話題作『枯山水』の開発秘話
高先日『枯山水』の記事を公開したところ、SNSでたくさん反響をいただきました。山田さんの職業は、ゲームデザイナーなんですか?
山本業は医療関係で、副業でボードゲームデザイナーをしています。
高山田さんとボードゲームの出会いを教えてください。
山僕がボードゲームに出会ったのは25年以上前です。小学生の頃、友人が家族でドイツへ引っ越して、しばらくして帰国したときに持ち帰ってきた『スコットランドヤード』が、出会いでした。ロンドンを舞台に、ひとりが泥棒になり残りの人が探偵になって泥棒を追いかけるボードゲームなんですけど、めちゃくちゃおもしろかったので今でも覚えています。
高じゃあそれ以来、ずっとボードゲームに熱中しているんですか?
山いえ。その出会いから20年くらいボードゲームから遠ざかっていました。30歳くらいになって、ちょっとした会話をきっかけに「あのゲームなんだったっけ?」と思い出したんです。それで「ボードゲーム_警察_追いかけっこ」みたいなキーワードで検索したら、「ドイツゲーム大賞」に行き着いて。これはボードゲーム界のアカデミー賞みたいなコンテストなんですが、そこに入賞しているボードゲームを買って遊び始めたら、どれもものすごくおもしろくて、どハマりしたんです。
「徳」はどうして生まれたの?
高ボードゲームにのめり込んだ末に、自分でも作ってみよう!と思い立ったんですか?
山はい。ちょうどその頃に「第1回東京ドイツゲーム賞」が開催されることを知って、初めて作ったボードゲーム「枯山水」を応募したら、入賞したんです。
山一般的にボードゲームを制作するときは、ゲームのシステムにテーマを落とし込んでいくので、テーマとシステムの連携していないものが多いんです。でも『枯山水』は、テーマありきで研究して、要素を解体して、手探りで再構築していきました。なので、テーマ×システム×ゲームとしてのおもしろさが、ちょうどよいバランスになっていると思います。
高『枯山水』はデビュー作にして、コンテストの入賞作だったとは。すごいですね。日本庭園をテーマに選んだ理由は何かあったんですか?
山当時、自分の興味のあるテーマが「日本庭園」と「ボードゲーム」だったんです。なので、ボードゲームを作るなら「テーマは絶対に日本庭園!」と決めていました。
高日本庭園は、ゲームを作るために選んだテーマというよりも、もともと興味があったんですね。
山はい。ボードゲーム熱に火がつく数年前、友人から「重森三玲はすごいぞ」と教えてもらったんです。勧められるままに『日本庭園史図鑑』など著書を読んだら、とてもおもしろくて。重森さんは、日本庭園史の研究者として全国の庭園を500近く実測調査して体系化している人で、彼の手がけた東福寺の方丈庭を観に行ったり、京都のいろんな庭をまわるようになって、日本庭園の魅力にのめりこんでいきました。
高『枯山水』のルールはどうやって設計していったんですか?
山最初に決めたのは、勝敗を決める点数です。でも点数だけだと、なかなかゲームとしておもしろくならなかったので、お金的な役割として「徳」という概念を追加しました。名前をそのまま「金」にするといやらしいから、じゃあ「徳」かな? みたいなかんじで決めたので、もっといい言葉があったかもしれないんですけど…(笑)。
高いや! ゲーム中に「徳を積みます」って言いあうのがおもしろいじゃないですか。この石の置き方だって、実際は無限にありますよね? どうやって点数に落とし込んだんですか?
山砂紋や石のルールは『作庭記(※)』や重森三玲の『新作庭記』を参考にしました。日本庭園に関する知識は、重森三玲の書籍が、ほぼ全てです。(※平安時代に書かれた日本最古の庭園書)
高石に関してもうひとつ気になっていたのが『枯山水』の石の駒は、ひとつずつ造形が違いますね。
山これはゲームとしては余分な要素ですし、お金もかかるので、ふつうだったら作りません。でもその余分なところが楽しいし、自分がやりたかったことでもあるので、出版元であるNew Games Orderさんに無理をお願いしました。こういったアイテムを集めたり選んだりする行為に、プレイヤーの性格がでて、『枯山水』ならではのおもしろさがあるのかもしれません。
ポイントは「粋」!江戸の町人文化をテーマにしたゲーム
山今日は僕の作ったゲームを持ってきました。江戸時代の町人文化をテーマにした『IKI』というボードゲームなのですが…。
高ずいぶん豪華ですね! どんなゲームなんですか?
山江戸の町を舞台にプレイヤーが親方になって、さまざまな職人や物売りたちを雇って、成長させて、お金を稼いで、長屋を盛り上げて、「いきてん」を獲得していく。春夏秋冬を通して、最も粋な江戸っ子になるのがゴールです。
高こっちのゲームのポイントは「徳」じゃなくて「粋」なんですね(笑)。
山はい。ちなみにそのほかにも「火消し力」を上げる必要もあります。江戸時代なので、火事がたくさん起こって、急に自分の持っている職人が死んでしまったり、どんどん火が移ってしまうので…(笑)。
高『IKI』もおもしろいテーマ設定ですが、なぜこのゲームを作ることに?
山これも本がきっかけだったんです。図書館でたまたまみつけた三谷一馬さんの著作群を読んで、どうしても作りたくなっちゃって。『江戸商売図絵』なんかに載っている江戸時代の職業の数にびっくりしたんです。すごいですよね。当時の職業って、700とか800種類とかべらぼうにあるんですよ。
高そうそう。江戸時代って「そんな職業で生きていけるの?」ってくらいめちゃくちゃ細かく仕事が分かれていて、意外な仕事でも、みんなそれなりに食って生きていたんです。ちなみにゲームの舞台は日本橋でしょうか?
山そうです。ゲームボードは『熈代勝覧(きだいしょうらん)(※)』という日本橋を描いた絵巻物を参考にしました。実物は12メートル超の絵巻物に600以上の人や動物が描かれていて、どうしてもこれをゲームで再現したいなと思ったんです。
山ちなみに、ゲームボードや箱の絵はイラストレーターさんに描いてもらったんですが、この職業カードのイラストは、ほとんど自分で描きました。「たくさんある江戸時代の職業をゲームにしたい!」というモチベーションで作り始めたので、この作業は楽しかったです。
高こんな手の込んだゲーム、作るのは相当大変だったんじゃないですか。
山正直、ものすごく大変でした。海外へ販売する目的で作っていたので、まずアメリカのクラウドファンディングで800万円くらい資金を集めて。クラウドファンディングの期間中はお祭りみたいで楽しかったのですが、そこから、ドイツで製造して、在庫を抱えて、販売して…と疲れ果ててしまいました(笑)。でもゲームを作っているときは熱量があったので本当に楽しかったです。
源氏物語?参勤交代?和樂でゲームを作るなら?
高国内のボードゲーム市場はどうなっているんですか?
山ボードゲームの本場はドイツで、日本国内の市場は、まだまだ発展途上です。これまで、国内の出版社は海外ボードゲームの日本語版が主体でした。しかし、この2、3年は、日本発のオリジナルボードゲームが出版されるケースが増えています。今はちょうど潮目が変わりつつあるときかなという気がします。「日本文化」や「日本の歴史」をがっつりとテーマにしたものはあまり多くなくて、例えば「歌舞伎」や「戦国時代」など、他のマーケットではやりつくされているメジャーなテーマもまだまだ開拓の余地があります。日本文化の王道ボードゲームにはチャンスがあります。
高事前に少しお伝えしていましたが…実は和樂オリジナルのボードゲームを山田さんと一緒に開発したいんです。
山ぜひ開発しましょう! 和樂らしいゲームを作るなら『枯山水』と同じようにひとつの日本文化のテーマを掘り下げて、新しくシステムを作っていくほうがおもしろくなりそうです。なのでまずは、メインテーマから決めていきましょう。
高じゃあテーマは「源氏物語」なんて、どうですか? 歌人たちの読んだ歌を全て解体して、5・7・5・7・7…それぞれをカードにして、和歌を作る。
山ありですね。
高あとは「参勤交代」。まず最初に、プレイヤーは日本のどこかに飛ばされる。飛ばし先を決めるカードを引いたら「あ〜薩摩か〜」とか。でも薩摩だと国力があるから、金はある。最初に江戸に近いところに飛ばされてしまうと、金はないけどゆっくり行ける…とか。ゲームのタイトルは『THE 参勤交代』。映画とタイアップできるかもしれませんね。
山いいですね、いいですね!
高もうひとつ「江戸の貿易」もいいな〜と思っていて。日本地図があって、各地の特産品が決まっていて、陸路と海路、それぞれ馬と北前船を使って貿易していく。各地の特産品の勉強にもなる。…もうゲームになりそうですよね? タイトルはずばり『エドノミクス』で。
山具体的で、すごくいいです(笑)。ゲームとしては完成形が見えやすく早くまとまりそうですが、ただちょっとニッチですかね。できるだけ分かりやすいテーマで、体系化された本が支柱にあると作りやすいんですが…。
和樂のボードゲーム、テーマはこれだ!
山実は、和樂とボードゲームを作るならこれしかテーマはないんじゃないか?と、事前に読んできた本があるんです。…茶の湯の本なのですが。
山「茶の湯」がテーマだと、信長とか利休とか、キャラクターも立っていますし、茶会をどうやってプロデュースするか? どうやってお客さんを満足させるか? 茶碗や掛け軸…得点にしやすい要素も多いですよね。
高それは良かった…! 僕もこれは茶の湯しかないなと思ってました(笑)! 雑誌で過去に茶の湯を特集したことがあって、最初は真面目にやってたんですけど最終的には「茶の湯レボリューション」とか「茶の湯ROCK」みたいな企画になっちゃったのがあるんです。
山なかなか尖った企画ですね!
高でも茶の湯って、そもそも革命の歴史だったり、ロックみたいな破壊衝動のある人がやっているものだったので、そういう情熱をボードゲームに託して伝えたら、おもしろくなる気がしています。例えば、プレイヤーを織田信長とかチャップリンとかスティーブ・ジョブズに設定にしてみると、楽しそうじゃないですか?
山メチャクチャおもしろそうです。
高『枯山水』は、日本庭園がボードゲームになるっていう、良い意味のギャップがウケたと思うんです。だから茶の湯をテーマにするなら、茶の湯のイメージは静かな印象だから「世界の革命家たちがティーマスターを目指す!」みたいな熱い内容で、箱には『巨人の星』風の利休が描かれているんです。
山すごくいいと思います。ゲームのキャッチーさや意外性って、素人にも玄人にも刺さる大事なポイントですし、作り手の自己満足になっちゃうと、どうしても退屈になるので、みんなが喜んでくれる接点を探すのが大切です。
高素人も玄人も興味を持つようなキャッチーさと意外性……。
高…じゃあ、プレイヤーが世界の革命家になれるのに加えて、ポイントを「侘び(わび)」にするのなんて、どうですか? これでタイトルが『茶の湯』だとちょっと弱いですから、『THE利休 〜Master of Tea〜』でどうでしょう。『信長の野望』に負けない気がしてきました。
山めちゃくちゃキャッチーになりました(笑)。
高なんだかイメージが固まってきましたね。この企画、制作過程もオープンにして進めてもいいですか?
山もちろんです。僕もオープンにしながら作ってみたいと思っていました。これから楽しみです!
ということでこの続きは「茶の間ラボ」で、プロジェクトとして進めていきます。今後の展開をお楽しみに!
撮影:伊藤 信