2018年3月21日まで、東京国立近代美術館で「没後40年 熊谷守一 生きるよろこび」が開催中です。美術ジャーナリストの藤原えりみさんにみどころを解説していただきました。
比べてわかる 美術のヒ・ミ・ツ
猫は液体なのか!?
イグ・ノーベル賞という賞をご存じだろうか?毎年マスメディアの話題となるノーベル賞に対して、「人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究」を奨励する目的で、1991年に創設されたノーベル賞のパロディー版。
パロディー版とはいえ、基本的には真面目な科学研究に対して与えられる賞なのだが、研究対象や目的に笑える要素が入っていないと受賞対象にはならない(平和賞は受賞理由が皮肉満載であることも)。しかも選考委員はノーベル賞受賞者で構成されるという凝った趣向なのだ。実は日本人の受賞率は高く、2017年までの27回のうち20回はいずれかの部門で受賞!2017年も雌雄の性器が逆転している昆虫研究で、吉澤和徳(北海道大学准教授)と上村佳孝(慶應義塾大学准教授)が生物学賞を受賞している。
だが、今回のお題は、物理学賞を受賞したパリのディドロ大学のマルク=アントワヌ・ファルダン氏による「猫は固体と液体の両方になれるのか?」。液体の定義が「容器の形に応じて変形し隙間無く収まること」だとすると、ひょっとして猫は液体なのか?というニュースサイトの記事に触発された研究で、流体学に基づき、物質の流動性を示す「デボラ数」などを用いて猫の身体の流動性と伸縮性を分析。大まじめな研究なのだが、参考画像を見ると大爆笑。ワイングラスからキャンディボックス、洗面台、細い樋まで何にでもすっぽり収まる猫軍団。人間と同じ脊椎動物は思えない背骨と内臓の柔軟性は一体何!?という驚愕の生態が明らかに。
で、美術との関係はといえば、古今東西猫を愛する民族や画家・彫刻家は多々あれど、猫の液体化現象の絵画化に成功しているのは、我が国の近代絵画を代表する熊谷守一と、人知れずコツコツと画業を積み重ねていた長谷川潾二郎ではないか、というお話。くにゃ〜んとしたこの形態。ふたりとも愛猫家であり、日頃から猫の生態観察を行っていたからこそ可能になった、固体から液体に進行中のくねくね具合の見事な造形化。思わず触ってみたくなるモフモフ&ヤワヤワの猫の温もりが伝わってきそうだ。
熊谷守一 「猫」 1965年 愛知県美術館 木村定三コレクション/熊谷守一(1880〜1977年)は東京美術学校で油絵を学び、写実的な画風で将来を嘱望されるが、画壇での成功を望まず、困窮生活を送りながら制作を続ける。76歳以降は、妻の実家の援助を受けて建てた小さな家に引きこもった。単純な形態と明快な色彩で身近な生き物や静物を描き始めるのは60歳頃のこと。禅僧の仙厓の墨絵のような、達観した境地を感じさせる素朴さがなんとも微笑ましい。
長谷川潾二郎 「猫と毛糸」 1930年 個人蔵/長谷川潾二郎(1904〜1988)は、父はジャーナリスト、兄は小説家、弟二人も作家という文学的な環境で育ち、探偵小説を書いたこともある。画家を目指してパリに1年間滞在するが、絵はほぼ独学。木訥な味わいの写実的な画風で身近な風景や静物を描いた。この仔猫は弟が飼っていたニコ。雷に怯えて駆け戻った時に雨戸に挟まれて死んでしまったため、ひげを描くことができなかったという。愛らしい姿が哀しさをそそる。