かすり傷ひとつない、美しく丈夫なおはきもの
これは20年ほど前のこと。年末の忘年会シーズンに、着物で出かけたことがありました。年の瀬も押し迫る金曜の夜はタクシーが捕まらず、午前2時を過ぎても帰れそうにないので、仕方なく歩いて帰ることに。
家までは歩いて30分くらいの距離でしたが、着物姿で千鳥足、途中登り坂もあり、1時間くらいかけて帰ったことと思います。次の日足袋を見ると踵が擦り切れていました。足袋がこうなら、はきものはさぞかし傷んでいるだろうと絶望的な気分で手にとり、踵の当たる部分と底を見たのです。
ところが、全くのノーダメージ。酔っ払いの千鳥歩き、足を引きずって歩いていたかもしれないのに、かすり傷ひとつないのです。その美しさと丈夫さに、愛おしい気持ちが溢れてきました。これが「祇園ない藤」のおはきものだったのです。
20年ぶりに「祇園ない藤」へ
初めて「祇園ない藤」を訪れたのは、着物に興味をもち、着付けを習って自分で着られるようになった頃。モデルの先輩と仕事で京都へ行った時、なんでも「ない藤」というおはきものの老舗があって、着物好きの方々が足を運んでいるらしいという情報を得たのでした。
私達はさっそく電話で予約を取り「ない藤」に向かいました。出迎えてくださった女将さんの凛とした佇まいに、一瞬足がすくむ思いがしましたが、素敵なおはきものを見せていただこうと、勇気を振り絞り足を踏み入れたことを覚えています。
店内に入ると、そこには数点のおはきものが並んでいるだけ。お店に行けば好きなものを買えるものとばかり思っていましたが、こちらは“お誂え”のお店だということを知りました。その頃は今のようにインターネットですぐに検索できる時代ではなく、詳しい情報を得ず来てしまった事に戸惑いましたが「せっかくここまで来たのだから、何がなんでも素敵なおはきものを誂えて帰りたい」という一心で、女将さんにご指南いただきながら初めての“誂え”を体験したのでした。
おはきものの誂えは、台座から花緒、緒の付け根の前坪など、それぞれのパーツのサンプルから一つひとつ決めていきます。20年前当時、色や素材、前坪の色等々がどれも美しく感動したことを覚えています。あれから20年たって今年訪れた際も、「祇園ない藤」の現在のご主人とお話ししながら、丁寧に誂えていただきました。
玉手箱を開けるかのように……
初めて誂えたおはきものが届いた時のことは鮮明に覚えています。まるで玉手箱が届いたかのような高揚感で、蓋を開け、薄紙をそっとめくり、おはきものをそ~っと手に。上から眺めたり、持ち上げて高さや台座のラインを観察したり……。ひっくり返してみると、左右が分かりやすいよう、右側にだけ赤い字で「右」との表示がありました。美しさだけでなく、その素敵な心配りも私を虜にしたのです。
次回は「祇園ない藤」で伺ったことや、私の第二の着物生活についてお話します。今回新たに誂えたおはきものもお披露目しますので、お楽しみに。
祇園ない藤
住所:京都市東山区祇園縄手四条下ル
電話:075-541-7110
営業時間:午後1時から午後6時
定休日:毎週火曜日、第2第4日曜日
公式サイト:http://gion-naitou.com/
撮影/篠原宏明