『国宝』聖地巡礼スポットとして大人気!!
JR豊岡駅からタクシーに乗車して、約20分ほどで出石永楽館に到着。映画『国宝』の歌舞伎の場面は、京都・南座など名だたる劇場が撮影に使われていますが、封切り開始より「これは、どこの舞台なのか?」と話題になっていたのが、出石永楽館でした。館長の赤浦毅(あかうら つよし)さんは、「最初は吉沢亮さんのコアなファン層の方たちが、遠方から来られるようになって。その後映画ファンの方たちが、口コミで来館されるようになりました。連休の期間には、過去最高の1日1200人の日もありましたね」と話します。

吉沢亮さんと横浜流星さんの映画のクランクインは、この出石永楽館だったのだそうです。「撮影中は事務所にいましたので、どのような場面を撮影しているのか、全く知りませんでした。映画になってから、永楽館で撮影された印象的なシーンが多くて、感激しましたね」。美しく舞う「二人藤娘」の艶姿と、バックに映るレトロな芝居小屋のコントラストに、心を掴まれた人も多いことでしょう。

館内に入ると、入り口に『国宝』関連の展示があって、聖地巡礼として訪れる人の心をぎゅっと掴む仕掛けになっています。取材中も来館者が途切れない状態で、反響を肌で感じることができました。幅広い年齢層の人たちの支持を集めているようです。

吉沢亮が実際に使った楽屋は、珍しい構造だった!?
出石は「但馬の小京都」とも呼ばれています。出石永楽館の周囲には、趣のある古い町並みが残っていることも、口コミで人気が広がっている理由かもしれません。徒歩圏内には「出石皿そば」が味わえるそば店が、約40軒もあります。
出石永楽館は、明治34(1901)年に開館し、歌舞伎をはじめ新派劇や寄席などが上演されて、大変栄えたそうです。時代と共に映画上映が中心となり、テレビの普及や娯楽の多様化などで昭和39(1964)年に閉館。その後、往事の永楽館を懐かしむ声があがるようになり、約20年にもわたる復元に向けた活動により、平成20(2008)年に大改修をされて蘇りました。

吉沢亮扮する喜久雄が、楽屋から階下へ降りていって、その後三浦貴大扮する興行会社の社員と殴り合いをする場面があります。私は個人的に、この場面がとても印象に残ったのですが、不思議な造りの建物だなぁ、どこで撮影をしたのだろうと気になっていました。2階部分にある簡易な形の楽屋で、背後に壁がなく丸見えになっていて、しかも1階部分には、部屋らしいものはない。どうしてなんだろう? その謎を、赤浦さんの解説で解くことができました。
「舞台の真裏が民家で、楽屋を造る場所がなかったので、舞台の奥に楽屋をしつらえているのです。これは当初からの設計で、苦肉の策だったようですね。通常は道具部屋を挟んで楽屋を造るのですが、この芝居小屋では2階が楽屋で、下が道具部屋になっています。これは他の芝居小屋では見られないですね」。李相日(リ・サンイル)監督は、花道と舞台奥の楽屋が1ショットで撮影できる、独特な構造をとても気に入っていたそうです。この芝居小屋だからこそ生まれた、名シーンだった訳ですね。

ビンテージショップのバイヤーから館長へ
赤浦さんは、出石永楽館が復元されて開館した平成20(2008)年から、館長を務めておられます。「以前は神戸市に住んでいたのですが、ちょうど子どもが誕生したこともあって、妻の故郷である出石に移住してきました」。自然豊かな土地での暮らしは、時に涙が出るぐらい美しい景色に出合うこともあるそう。また周囲の人たちの優しさにも、日々気づくことができると、出石町の魅力を語ってくださいます。出石に来て転職するに当たり、この町の役に立ちたいと、出石在住者で募集していた「株式会社出石まちづくり公社」へ入社。ちょうどこの時、永楽館が出石の人の手で復元する活動が行われて、開館するというタイミングだったそうです。

以前のお仕事は、ビンテージジーンズの買い付けなどで、世界各地を回るバイヤーでした。「芝居小屋とは無関係だったのですが、この場所へ初めて来たときに、カッコイイと思ったんですよ。スーパービンテージの世界だと思ったら、すんなりと向き合うことができました」。年代物ジーンズの、エイジングと呼ばれる色落ちや風合いの変化を表現するのが、赤浦さんは得意だったと話します。ジャンルは違えど、歴史を重ねた価値を見いだすところに、共通点を感じられたようです。

芝居小屋の客席の上部には、昭和のレトロな手描き看板がそのまま残っていて、ずらりと並ぶ光景が目に入ります。これは出石の看板屋さんによるもので、広告主は全て地元の商店。今も数軒営業しているそうです。
事業的に難しい局面の時に、今ある看板を取り外して、広告収入になる看板に変更する案が出たこともあったそうです。「どうしようかと迷っていた時に、以前に西垣表具店を営んでいた方が、『ここへ来ると看板がかかっているのが嬉しい』とおっしゃったんです。もうお店は閉めてしまわれたのですが、それだけが喜びだと聞いて、これは絶対に看板を残さなくてはいけないと思いました」
落書きもそのまま残る囃子場
出石永楽館は、貴重な劇場機構がそのまま残されているのが魅力です。舞台向かって右側の上手(かみて)には、囃子場(はやしば)という小部屋があり、今も三味線や太鼓などが演奏する部屋として使われています。特別に中に案内していただくと、壁には墨で書かれた文字がびっしり! このような落書きがあるのも、面白いですね。

役者との距離が、驚くほど近い花道
映画で藤娘として登場する花道の場面も、鮮烈な印象を受けました。実際に歩いてみると、客席との距離が近いことに驚きます。 来館者も藤の枝を肩にかかげて、花道でポーズを取ることができるので、皆記念撮影をしていました。「着物も自由に試着していただけるようにしています。この着物は、地元の方たちが寄付してくださったんですよ」

今も使用できる廻り舞台
舞台の床は丸く直径6.6メートルに切り抜いてあり、廻すことが可能な廻り舞台になっています。この舞台下へ移動すると、奈落(ならく)があり、人力で廻す機構を間近で見ることができます。

「この芝居小屋は、出石高校の文化祭での演劇発表の会場になっています。その公演時には、廻り舞台を使っています」。奈落とは「地獄」を意味する仏教用語が語源で、「奈落に落ちる」という表現もここから生まれたとされています。「なかなか見られない場所なので、来館されたら、是非この場所は見ていただきたいですね」

映画『国宝』を観た人に、生の歌舞伎を体験して欲しい
赤浦さんが館長に就任して以来力を注いでいるのが、毎年片岡愛之助さんを迎えて上演する歌舞伎公演です。「2008年の杮(こけら)落とし公演より、座頭(ざがしら・一座の首席役者)をつとめてくださっています。コロナ禍で中断もありましたが、2023年に復活させることができました。色々な場所で、『出石永楽館の歌舞伎は、私のライフワーク。命のある限り続けたい』と愛之助さんがおっしゃってくださっていて、有り難いですね」

現在、来館者が途切れることがなく、嬉しい悲鳴をあげている状態だそうです。「是非、この芝居小屋で、生で演じられる歌舞伎を観て欲しいですね」。永楽館歌舞伎では、観客から人気の高いお目見得口上が毎回ありますが、舞台上の役者たちが冗談を言い合う楽しい内容。また定員360席の芝居小屋なので、役者との距離が近く、大劇場とは違う歌舞伎の迫力と一体感が味わえます。
豊岡市ではこの公演を継続させるために、「ふるさと納税」で応援してもらう試みも始めました。映画をきっかけに、レトロな芝居小屋で歌舞伎デビューも、いいかもしれませんね。
▼永楽館歌舞伎を応援する「ふるさと納税」の詳細はコチラ
https://www.city.toyooka.lg.jp/1019810/1019866/1031153.html
出石永楽館 基本情報

兵庫県豊岡市出石町柳17ー2
営業時間:9:30~17:00(最終入館時間16:30)※興行・貸館時は入館不可。
入館料:大人400円、学生240円、中小学生以下無料。
休館日:毎週木曜日、12月31日、1月1日休館。
公式ウェブサイト:http://eirakukan.com/
取材協力/出石永楽館
アイキャチ:出石永楽館提供

