かぐや姫の玉手箱が登場するのは、物語でいちばんの山場となる天からのお迎えの場面。「雲に乗りて降り」てきた天人の一人が箱を持参していたという。箱の中には、なにが入っていたのだろう。なにせ天から届けられた箱である。中身が気にならないわけがない。
知られざるかぐや姫の玉手箱

出典:国会図書館デジタルコレクション(https://dl.ndl.go.jp/pid/1287221/1/5)
天人がかぐや姫を迎えに来た日のことは、次のように語られている。
天人の中に持たせたる箱あり。天の羽衣入れり。又あるは不死の薬入れり。ひとりの天人言ふ、「壺なる御薬たてまつれ。穢(きたな)き所の物きこしめしたれば、御心地悪しからむ物ぞ」とて、もて寄りたれば、わづか嘗(な)め給ひて、すこし形見とて、脱ぎをく衣(きぬ)に包まんとすれば、ある天人包ませず。御衣をとり出て着せんとす。その時にかぐや姫、「しばし待て」と言ふ。「衣着せつる人は、心異になるなりといふ。物一(ひと)こと言ひをくべき事ありけり」と言ひて、文書く。天人、おそしと心もとながり給ひ、かぐや姫、「もの知らぬこと、なの給(ひ)そ」とて、いみじく静かに、公に御文たてまつり給。あはてぬさま也。
ここで注目したいのが、雲に乗って降りてきた天人が持参していたという「箱」のことである。話によれば、その中には「天の羽衣」と「不死の薬」が入っていたとある。欲にまみれた地上人としては、どちらも喉から手が出るほど欲しい代物である。
天の羽衣
天の羽衣とは、その名からしてすでに艶やかな薄絹のはためく様が想像されて、ぜひとも触れてみたいと思わせる響きがある。ただ、うかつに手を伸ばしてはいけない。
本文には、天の羽衣を「着せつる人は、心異になる」と、あるのだ。天人はさらに、こうも言う。
天人「ふと天の羽衣うち着せたてまつりつれば、翁をいとおしく、かなしと思しつる事も失うせぬ。此衣着つる人は、物思ひなくなく成(な)りにければ……」
文面によれば、かぐや姫に天の羽衣を着せてしまえば、人の心、つまり感情を失うのだという。物思いも無くなるのだ、と。翁のことを大切と思う気持ちも絹がすべるように流れてしまうのだろうか。
天の羽衣がなにで作られているのかは分かりかねるが、ただ美しいだけの衣でないことは確かだ。あるいは美しいからこそ、着ることを危ぶまれるような妖しさを放っているのかもしれない。
なんにせよ、天界から箱に詰めて持ってきたくらいだから、昇天するのに欠かせない必需品であることは間違いない。だとしたら、天人は皆心無い者たちばかりなのだろうか。天界は不老不死と聞く。不死であるためには、情緒は不要ということなのかもしれない。
不死の薬
箱の中には、もう一つ天から持参してきたものがある。不死の薬だ。
天界からもたらされた不死の薬は、「穢(きたな)き所の物きこしめしたれば、御心地悪しからむ」働きがあるという。穢き所とは、かぐや姫がこれまで暮らしてきた下界のこと。ここで食べてきたものによって醸し出された「御心地悪しからむ」つまり悪い心を、薬によって清算しましょうと天人は言うのだ。
これには、地上人としてちょっと複雑な気持ちだ。
天人がどれだけ清い存在なのかはさておき、かぐや姫もまた昇天するにあたって清浄な心を持つことを求められた。下界で蓄積した悪い心を清めること。それが「不死の薬」の効能なのである。
浦島太郎の玉手箱
天界の箱は大空から雲に乗って降りてきた人が持っていた、とある。ということは、この箱もメイド・イン・天界ということになる。それなら「天の羽衣」と「不死の薬」を収めた箱もまた、昇天に欠かせない三点セットとみなすべきで、この箱にもなにかいわれがありそうだ。
玉手箱といえば、あの人の持っている玉手箱が思い出される。そう、浦島太郎である。助けた亀に連れられて訪ねた竜宮城で、帰り際に乙姫様から手渡されたありがたい箱。日本でもっとも有名な箱、と言っていい。
この箱は、浦島太郎が海中にある異境の城(蓬莱の国)で暮らしたとされる七百年もの齢をたたみ入れた箱だった。七百年という月日は人間の寿命をとうに超えている。捉えかたによっては、浦島太郎は(ほぼ)不老不死を得たといってもいい。
浦島太郎はすでに神仙の存在だったのかもしれない。だからこそ、地上で玉手箱を開けた途端に七百年もの月日をその身に浴びて鶴となり、天界へ飛び立つことができたのではないだろうか。そういう意味では『浦島太郎』の玉手箱も『竹取物語』の箱も基本的には同じものだ。どちらも不老不死の仙薬を閉じこめたありがた(迷惑)い箱なのである。
玉手箱とかぐや姫の罪

出典:国会図書館デジタルコレクション(https://dl.ndl.go.jp/pid/1287221/1/5)
異境からやってきた女性がこの世で富ないし幸福をもたらし、やがて月へ母なる国へ帰って行く『竹取物語』。そもそも、かぐや姫はどうして地上にいるのだろう。
かぐや姫が天界から下界へ来迎することと、死により下界から昇天することはよく似ている。これは私の考えに過ぎないのだけれど、もしかするとかぐや姫は天界から下界へ落とされたのではないだろうか。人間があの世で罪を償うのとは反対に、かぐや姫は罪を償うために下界へ来たのではないか、私にはそう思えてならない。
かぐや姫が犯したであろう罪については、作中ではっきりと語られていない。それが人に関わる罪だったかどうかもわからない。心を持たない天人の決めたことだから、人の想像の及ばない理由があるのかもしれない。
それでも私はかぐや姫を愛した人たちのことを思うと、同情せずにはいられないのである。『竹取物語』はかぐや姫が人間的な心を手に入れ、手放す物語でもある。昇天のための羽衣を着ることによって、かぐや姫の心は失われる。愛する人たちに見守られて、大切に、育てた心だったのに。それはあまりにも残酷ではないだろうか。
おわりに

出典:国会図書館デジタルコレクション(https://dl.ndl.go.jp/pid/1287221/1/5)
日本の昔話はいろいろあるけれど、そしてそのどれもが面白いけれど、いちばん好きな昔話を聞かれたら『竹取物語』と私は答えるだろう。そして好きな理由を聞かれたら、文学史上に重要な位置をしめる作品だからとか、あらゆる民話の祖型だからとか、アジア固有の民俗学的文化伝承と関りがあるからとか、小難しい理由を挙げながらも心の底では、そんなことは『竹取物語』の面白さのほんの一部でしかない、と思っている。
作者不明。成立したのは十世紀の初め頃、平安初期。空洞化した竹から生まれるという謎の出自、難題求婚の数々、育ての親との涙の別離、異域の天上世界。
日本最古の説話文学作品とされる『竹取物語』には人を惹きつける魅力がある。なにせ一千余年もの永い時間を経て、いまだ読み継がれているのだから。この物語を読んできた人たちの息づかいまで聞こえてきそう。
というわけで、読者の皆様はもう飽き飽きかもしれませんが今後も(和楽web編集部の許す限り)かぐや姫について語らせていただきます。なにせ私は大人になった今もまだ、この物語に、ぞっこんなので。
【参考文献】
『竹取物語 伊勢物語』(新日本古典文学大系17)、岩波書店、1997年
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