感じたことのない心地よさ
最近、兼ねてから気になっていたボイストレーニングなるものを受けてみました。
「なぜボイストレーニングを?」と思われた方もいらっしゃると思いますが、50歳を目前にして、歌手を目指すわけではもちろんなく、声を出すことに伴う身体の使い方を学びたいと思ったからです。
実際に受けてみると、まずトレーニングでは身体の使い方のコツを教えていただくところから始まりました。中でも「一番大切」と教わったのは、全身を脱力して筋肉を緩め、声を出すために必要な場所だけに意識を集中するということでした。うまく歌いたいとか高音を出せるようにしたいとか、そんなことはすべて手放し、「無」の状態でただただ好きな曲を全身に響かせるイメージで。そうこうして何曲か歌ってるうちに、今まで感じたことのない気持ちよさ、心地よさを味わいました。それまでの眉間にしわを寄せ、必死で声を出そうとしていた私はもうそこにはいませんでした。
初めてのボイストレーニングを終えて感じたことは、着物を「纏う」時の心身の使い方と共通点があるのでは?ということでした。
美しく、楽に着物を着るために
私が着物を纏うとき、いちばん大切にしているのは、綺麗に着たいという気持ちはさておき、筋肉の力を抜き意識を骨に向けることです。
筋肉が過剰に働いていない状態、自然体であることは、その人が本来持っている力や美しさ——いわばポテンシャルが引き出されている状態だと感じます。
「体」という漢字は、旧字体では「骨」に「豊か」と書いて「體」と書きます。筋肉を鍛えていることが強さや健康なのではなく、骨がしっかりとあり、その骨の上に身体が自然に乗っていること。それが本来の「強く、健やかな体」だとされていたのでしょう。
体の力を抜き、その重みをそのまま骨に委ねるイメージ。着物を纏うとき、私はその感覚を大事にしています。
古武道などの身体の使い方にもヒントはたくさんあります。

たとえば、まず着物を着るときに中心となるのが背骨。背中の縫い目、背中心を自分の背骨にぴたりと合わせます。
腰紐を結ぶときも、骨盤の位置を意識します。「ウエスト」ではなく、骨盤の上に結ぶこと。そのためにはまず自分の骨盤がどこにあるのかを、きちんと捉えることが基本になります。
襟を合わせるときには、左右の鎖骨を意識します。その間にあるくぼみを基準にして、どのくらい襟を合わせるかを決めていきます。
後ろの衣紋も、首の付け根にある頸椎を感じながら、どの程度衣紋を抜くのかを、鏡を見ながらではなく「自分の感覚」で探っていきます。
帯を結んだあとのお端折りは、腰骨より下に落とさず、骨盤の上に下線が通る位置に整えます。お端折りが骨盤より下に来てしまうと、全体のバランスが美しく見えません。
そして最後に、後ろ姿を決めるのが、帯のお太鼓の下線です。これは、尾てい骨の位置に下線が来るようにします。そうすると、お尻の丸みが自然に収まり、とてもバランスのよい後ろ姿になります。
このように、着物は筋肉ではなく、骨を基準にポイントを見ていくのです。筋肉ではなく、自分の骨の位置を感じながら着物を配置していくと、自分にとって心地良く、見た目にも美しい着物の位置が自然と分かってきます。
洋服は、対照的に「肉で着る」ものだと私は感じます。洋服の着方とは少し異なる感覚を持って纏うのが、美しく、そして楽にまとうための大切なポイントなのです。
身体の内側を意識すること
「骨で纏う」という考え方は、着物を着るときだけでなく、着物を着て歩くときや座るときにも応用できます。たとえば、胸元が崩れてきたとき、衣紋がずれて前の合わせが開いてきたときに、肩甲骨をくるっと回して、生地を後ろに送るようにします。骨の位置を中心に考えておけば、体の使い方だけで、着崩れしにくく、また、着崩れしたときも整えやすい着方ができます。
目に見える部分だけに意識を向けるのではなく、見えない身体の内側を意識すること。外へと向きがちな意識を、「今、自分はどう感じているか」「何が心地いいのか」という内側の感覚へ戻すこと。
そうした感覚の積み重ねが、自分自身の心地よさを知ることにつながり、そして、他の誰でもない自分だけの感性を磨いていくことにつながっていく。私は、そう感じています。

