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Fashion&きもの

2025.05.01

過去と未来をつなぐ和紙の美。日本家屋の「闇」の美しさとは 【伊藤仁美+和紙作家・ハタノワタル 対談】前編

京都・両足院に生まれ育った着物家・伊藤仁美さんの連載和を装い、日々を纏う。連載に伴う特別企画として、古来の自然観や価値観を受け継ぐ人々と仁美さんが対談し、日本の美の源泉を探ります。

今回は、800年の歴史を持つ「黒谷和紙」の産地・京都府綾部で和紙を漉くハタノワタル氏と、「和紙と美装」をテーマに語り合っていただきました。

和紙の持つ歴史をどう紡いでいくか

伊藤仁美(以下、伊藤) 先ごろ京都にオープンした「襲園(しゅうえん)生活京都北野」で一緒にお仕事をさせていただき、ありがとうございました。そのときに対談の打診をさせていただいたら、その場でご快諾くださって。

ハタノワタル(以下、ハタノ)  こちらこそありがとうございました。僕は今回「襲園生活京都北野」の内装に使う壁紙をつくらせていただきました。みなさんにご好評を頂いたようで、対談のお話まで頂いて、嬉しいです。

ハタノワタル(和紙職人/和紙作家)1971年、淡路島に生まれ。多摩美術大学絵画科で油画を専攻したのち、京都北部の地場産業・黒谷和紙の研修生に。2000年に黒谷和紙漉き師として独立、工芸のフィールドを中心に活動する傍ら、和紙を使った空間をデザインや施工を行う。また国内外で展覧会を重ね、和紙の魅力を伝えると同時にアート活動も並行して行う。大阪・南船場に自身のアートに特化した「Wa.gallery」を開廊。京もの認定工芸師。

伊藤 私の周りにもハタノさんの作品を好きな方が多くいます。私もinstagramなどを拝見して、和紙というものへの概念が全く変わるような作品にびっくりしました。以来、ぜひ本物の作品を見てみたいという思いと、ハタノさんご本人にお話を伺いたいと思っていたんです。

台湾を代表する建築家 李靜敏(リー・ジンミン)氏率いる総合ライフスタイルカンパニー「台湾襲園(シュウエン)グループ」が手掛ける「京都町屋再生プロジェクト」として2025年1月に誕生した「襲園生活京都北野」(上京区三軒町56-1)。このプロジェクトは「利回り不動産のクラウドファンディング」を通じて町家を守り、未来につなげることを目的とするもの。着物家 伊藤仁美さんが参加するとともに、インテリアにはハタノワタル氏が手掛けた和紙を用いている。伝統的な京町屋の構造を維持しながらリノベーションされた1階はワークショップなどを行うパブリックスペースとして、2階は宿泊スペースとして活用される。(写真:襲園生活 轟あずさ)

ハタノ 今日は綾部の工房までお越し頂いてありがとうございます。

伊藤 ここはどういう施設なのでしょう。


ハタノ 職人としての活動の傍らでアーティストとして作品づくりもしているのですが、ここはそれらを鑑賞していただけるギャラリー兼アトリエです。「和紙の持つ歴史をどう紡いでいくか」を具体的に考えるためにこの場所を作り、同時に工房も運営しているという感じです。

伊藤 私はこの作品がすごく印象的でした。先ほど伝統的な家屋をリノベーションしたご自宅をご案内頂いた際、大きな梁が走る天井の「闇」について語ってくださいましたよね。そのときの闇を思わせる作品だなと思いました。

ハタノ 闇にもいろんな要素があるんです。これは「積み重なったもの」の闇を黒く染めた和紙で表現しています。夜になってだんだん暗くなってくると、こういう真っ黒になるんですよ。複雑に絡まったものに当たる光がだんだんなくなって闇になっていく。いろいろなものを重ねて作った作品です。

対談に先立って、ハタノワタルさんの黒谷和紙の工房を見学した伊藤仁美さん。黒谷和紙とは、京都府綾部市黒谷町で生産される手漉き和紙のこと。京都府の無形文化財にも指定されている。

月光の美しさは闇があるからこそ

伊藤 興味深いです。天井が凹んだ部分が暗くなっているのも、闇を表現するためですか?

ハタノ はい。このギャラリーは「闇をどうやって立体的に見せようか」と考えて作りました。昔の日本家屋には、屋根裏などにこういう場所がありましたよね。子供の頃はそういう場所はすごく怖かったし、けれども同時にすごく想像力を掻き立てられる場所でもありました。闇があることによっていろいろな想像ができるし、自分以外の人とチャネリングできるような、闇とはそういう存在のように思います。

伊藤 私が生まれ育った両足院もまさにそのような建物でした。西洋風の住宅に見る3LDKというような概念ではなくて、ズドーンと広い空間を障子1枚で隔てて、その場所に意味を持たせて居場所を作るという感じです。


この作品を見たとき、実家のお寺で見た光景を思い出しました。真っ暗な廊下があって、そこに月光が差している光景です。街の中にいると月の光が「柱」になって見えることが少ないですが、暗闇があるからこそ月光の美しさに気づくし、私自身は実家を出て初めて、そうした光景の美に気づいたんです。

それで「いままでどうしてこんな美しい光景に気づかなかったんだ」と思っていたんですが、最近「この暗闇を味わってないな」と思ったときに、ここに月光が見えたし、闇に人が投影できる景色や余白がたくさんあるというふうに感じました。

ハタノ 合理性が重要視される現代では、インテリアでも隅々まで照らそうとするじゃないですか。でもそれによって、同時に「人間性」の逃げ場がなくなるような気もするんですよね。闇があることによって、怖さもあるけれど、余白を広げられるような気がするんです。

視覚をふさいで生まれる「豊かさ」

伊藤 私は着物を目をつぶって着ることがあります。鏡を見たりしない。視覚を閉じて、風や湿度、音などを感じながら、それらも全部纏っていくイメージ。そうすることで、自分の内側と外の環境をつなぐ作業をしていて、着物を通して自然に生かされているということを感じています。そういうことも、昔の人は当たり前にしてきたはず。ずっとつながってきているもの、それを着物を通して見極めていきたいし、残っているものを未来へつなげたいと思っています。

ハタノ おもしろいですね。昔の人は闇の中に怖れと同時に、守られているというのも同時に感じていたんだと思います。昔話によく「良い妖怪」と「悪い妖怪」が出てきますが、そういうことなんじゃないかな。闇が怖いだけの存在だったら、妖怪も全部悪い・怖い妖怪だけだったはず。良い妖怪もいるというのは、闇の中に「何か豊かなもの」が〝蠢いている〟とも感じていたんじゃないですかね。

伊藤 私は妖怪や怪談話は、昔の人々にとって「人間には計り知れない物事が世界にはある」ということを納得するための術だったのではと思います。厳密に「なにか」はわからないけれど、人知を超えた何かが存在することを妖怪や鬼などとして理解しようとしていたんじゃないでしょうか。現代ではすべてがわかったように思っているけれども、やはり人間の力が及ばないことはある。「闇」を消していったことでそれらを心に納得させる術を失ってしまったのかもしれませんよね。

ハタノ まさにそうだと思います。

伊藤 現代では悩みを抱えている方は、人とのつながりの中での悩みが原因であることが多いように思います。昔の人はもっと自然に目を向けていたし、そうした景色や月の明かりからエネルギーをもらったり、ストレスを解消してもらったりしていたように思います。そういう意味でこの場に来て、いろいろな場所で自然と共存しているというのをとても感じさせてもらっています。まさに、マインドチェンジしていくということにあらためて気づいたといいますか。

ハタノ 日本家屋とは単に建築様式の上での話ではなくて、そういう心のあり方や考え方も受け継がれる場所なのだろうともいます。奥座敷があって、仏間があって。よく考えると、それぞれの家に仏さまのための場を作っていたというのも僕にはかっこよく思えるんです。

伊藤 「襲園生活京都北野」は京町屋の構造を大切にしながら現代に蘇らせていて、そういう点で私もとても居心地の良さを感じる空間でもありましたよね。

2025年1月17日に行われた「京都町屋再⽣プロジェクト」の完成を祝うオープニングレセプションには、伊藤仁美さんとハタノワタルさんも出席。完成を記念して開催されたトークセッションでは、伊藤仁美さんとハタノワタルさんのほか、陶芸家で茶⼈の⼭⽥翔太⽒(写真右)、プロジェクトを⼿掛けた李靜敏氏(下写真)も参加した。(写真:襲園生活_郭仁傑)

(写真:襲園生活_郭仁傑)

中編に続きます

(Text & Photo by Tomoro Ando/安藤智郎)

Profile 伊藤仁美
着物家
京都の禅寺である両足院に生まれ、日本古来の美しさに囲まれて育つ。長年肌で感じてきた稀有な美を、着物を通して未来へ繋ぐため20年に渡り各界の著名人への指導やメディア連載、広告撮影などに携わる。
オリジナルブランド「ensowabi」を展開しながら主宰する「纏う会」では、感性をひらく唯一無二の着付けの世界を展開。その源流はうまれ育った禅寺の教えにある。企業研修や講演、国内外のブランドとのコラボレーションも多数、着物の新たな可能性を追求し続けている。
▼伊藤仁美さんの連載はこちら
和を装い、日々を纏う。

Profile ハタノワタル
和紙職人/和紙作家
1971年、淡路島に生まれ。多摩美術大学絵画科で油画を専攻したのち、京都北部の地場産業・黒谷和紙の研修生に。2000年に黒谷和紙漉き師として独立、工芸のフィールドを中心に活動する傍ら、和紙を使った空間をデザインや施工を行う。また国内外で展覧会を重ね、和紙の魅力を伝えると同時にアート活動も並行して行う。大阪・南船場に自身のアートに特化した「Wa.gallery」を開廊。京もの認定工芸師。

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伊藤仁美

着物家/伊藤仁美 京都の禅寺である両足院に生まれ、日本古来の美しさに囲まれて育つ。長年肌で感じてきた稀有な美を、着物を通して未来へ繋ぐため20年に渡り各界の著名人への指導やメディア連載、広告撮影などに携わる。 オリジナルブランド「ensowabi」を展開しながら主宰する「纏う会」では、感性をひらく唯一無二の着付けの世界を展開。その源流はうまれ育った禅寺の教えにある。企業研修や講演、国内外のブランドとのコラボレーションも多数、着物の新たな可能性を追求し続けている。
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和樂web編集部

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