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Fashion&きもの

2025.05.08

奥まで踏み行ってみて「そこが入口」だと気づく。着物と和紙の共通項【伊藤仁美+和紙職人ハタノワタル 対談】中編

前編はこちらから:過去と未来をつなぐ和紙の美。日本家屋の「闇」の美しさとは 【伊藤仁美+和紙作家・ハタノワタル 対談】前編

生産から販売まで手掛ける理由

伊藤仁美(以下、伊藤)  ハタノさんは多方面で活躍しておられますが、しいて肩書きをお尋ねするとすれば何でしょう?

ハタノワタル(以下、ハタノ)  「和紙職人」ですね。ただ、紙漉き職人としてやってるんだけど、僕の中では「表現」しているっていう意識があるんです。自分が学んできたことを形にして、型として残すことも「表現」といえるし、そもそも紙を漉くこと自体が自分の表現であもる。それらを「アート」と捉えるとすれば、アートとして和紙で表現しているとも言えますよね。そういう意味では「表現者」という言葉が近いかもしれません。

対談に先立って、ハタノワタルさんの黒谷和紙の工房を見学した伊藤仁美さん。黒谷和紙は良質な楮(こうぞ)を原材料として、職人の手漉きで一枚一枚丁寧に作られる。特徴は丈夫で強く、長持ちすること。大正時代には政府から日本一強い紙として認められた歴史もある。ハタノのさんの工房では、壁紙などインテリアとしての和紙も多く手掛けている。

伊藤 なるほど。

ハタノ もともと僕が職人の見習いとして仕事を始めたころは、黒谷和紙は組合や問屋さんなど生産者と消費者の間に介在する人が多過ぎて、職人が自由に物を売ることが難しかったんです。今も組合などに所属してはいますが、現在は自分たちで作ったものは100パーセント自分たちで販売しています。

ハタノワタル(和紙職人/和紙作家)1971年、淡路島に生まれ。多摩美術大学絵画科で油画を専攻したのち、京都北部の地場産業・黒谷和紙の研修生に。2000年に黒谷和紙漉き師として独立、工芸のフィールドを中心に活動する傍ら、和紙を使った空間をデザインや施工を行う。また国内外で展覧会を重ね、和紙の魅力を伝えると同時にアート活動も並行して行う。大阪・南船場に自身のアートに特化した「Wa.gallery」を開廊。京もの認定工芸師。

伊藤 そうだったんですか。

ハタノ 黒谷和紙を次の世代につなげていくということはすごく難しいことでもあって、まず経済的に非常に厳しい。僕の工房では和紙職人を二人抱えていて、当然ですが給料を払わなければいけない。だからまずは自分たちで物の値段を決められるシステムを作ることからはじめました。何事も続いているものの背景には誰かの努力があるんですよね。

左官職人でいま世界的にも注目を集めている久住章という方がいて、工房や自宅の壁を塗っていただいたことがあるのですが(写真下)、彼は自分が学んだり研究したりして手に入れた技術を、惜しげもなく全部公開しているんです。私の知人が聞きたいことがあって電話をすると、20枚ほどの研究データがすぐに送られてきたこともあったそうです。普通は苦労して手に入れたものを簡単に人に教えたりしないけれど、久住さんは「つなげる」ために努力されているんだなと思ったんです。

伊藤 すごいですね。

ハタノ でもきっと、この近所の農家さんや職人さんたちもそれぞれ積み重ねてきた技術やノウハウがあるんじゃないかと思うんです。それらをつなげていけば、おそらくこの集落だけで持続可能な暮らしができるんじゃないかな。いずれにせよ、今の世代は僕が学んだことをうちのスタッフや他の和紙職人に伝えていこうと思っています。いろいろなことを手掛けてはいるけれども、根本にあるのはそういう思いです。

「豊かさ」は足元にある

伊藤 文化を残していくという意味で、私も同じような気持ちでいます。着物の話で言えば、現代は着物が「礼装」に変化してから、とにかく着物は「綺麗に着なければいけない」という思い込みが広がって、それが着物離れにもつながっている気がするんです。それ以前はといえば、みんな自由にその人となりが出るような着こなしをしていた。私はいま一度、そのころの文化に戻したいとすごく思っています。

ハタノ そうですよね。

伊藤 それに、着こなしに正解も不正解もないと思っているんです。もちろん、礼装で結婚式に着る場合には守るべき礼節がありますが、それよりもまずはみんなが「美しいものを美しい」と言える社会をつくりたいし、着物を通して自分が「美しい」と思うものを表現して、「それって美しいね。でもこの美しさもいいよね」と、着物を通して人と人の心をつないでいきたい。

私は生まれが禅寺ということもあって、禅語を聞くことが多かったんです。ハタノさんのお話は「知足」そのものだと思いました。実は、私たちは満ち足りた世界に生きていて、外に探しに行ったり、違う国の文化に憧れたりもするけれど、よく見ると持続可能な豊かなものが手の中にあるという、そんな感じがしました。

ハタノ 誰の言葉だったか、「奥まで行ってみて、初めてそこが入り口だったことに気づく」という言葉があって。先ほどの闇の話にも通じるんですが、奥深くまで踏み込んでみて見える景色があるし、奥に行ってみたらそこからまた始まる何かたくさんあるんですよね。松尾芭蕉の『奥の細道』もそういうことだったんじゃないのかな。

伊藤 深い言葉ですね。

(Text & Photo by Tomoro Ando/安藤智郎)

【後編に続きます】

Profile 伊藤仁美
着物家
京都の禅寺である両足院に生まれ、日本古来の美しさに囲まれて育つ。長年肌で感じてきた稀有な美を、着物を通して未来へ繋ぐため20年に渡り各界の著名人への指導やメディア連載、広告撮影などに携わる。
オリジナルブランド「ensowabi」を展開しながら主宰する「纏う会」では、感性をひらく唯一無二の着付けの世界を展開。その源流はうまれ育った禅寺の教えにある。企業研修や講演、国内外のブランドとのコラボレーションも多数、着物の新たな可能性を追求し続けている。
▼伊藤仁美さんの連載はこちら
和を装い、日々を纏う。

Profile ハタノワタル
黒谷和紙漉き師
1971年、淡路島に生まれ。多摩美術大学絵画科で油画を専攻したのち、京都北部の地場産業・黒谷和紙の研修生に。2000年に黒谷和紙漉き師として独立、工芸のフィールドを中心に活動する傍ら、和紙を使った空間をデザインや施工を行う。また国内外で展覧会を重ね、和紙の魅力を伝えると同時にアート活動も並行して行う。大阪・南船場に自身のアートに特化した「Wa.gallery」を開廊。京もの認定工芸師。

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伊藤仁美

着物家/伊藤仁美 京都の禅寺である両足院に生まれ、日本古来の美しさに囲まれて育つ。長年肌で感じてきた稀有な美を、着物を通して未来へ繋ぐため20年に渡り各界の著名人への指導やメディア連載、広告撮影などに携わる。 オリジナルブランド「ensowabi」を展開しながら主宰する「纏う会」では、感性をひらく唯一無二の着付けの世界を展開。その源流はうまれ育った禅寺の教えにある。企業研修や講演、国内外のブランドとのコラボレーションも多数、着物の新たな可能性を追求し続けている。

京都・両足院に生まれ育った着物家・伊藤仁美さんの連載和を装い、日々を纏う。連載に伴う特別企画として、古来の自然観や価値観を受け継ぐ人々と仁美さんが対談し、日本の美の源泉を探ります。

今回は、800年の歴史を持つ「黒谷和紙」の産地・京都府綾部で和紙を漉くハタノワタル氏と、「和紙と美装」をテーマに語り合っていただきました。
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