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Craftsmanship

2025.01.24

【特別寄稿】京都に暮らす作家・澤田瞳子さんの「手仕事」考【手仕事の京都】

京都は平安時代以来、芸術文化を紡いできた美しき都です。その歴史は、暮らしの名品から骨董、工芸、和菓子などの〝超絶技巧〟を生み出し、今も伝統が息づいています。 シリーズ「手仕事の京都」今回は、京都に暮らす作家・澤田瞳子さんの「手仕事」考をお送りいたします。

「手仕事の京都」シリーズ一覧はこちら

手仕事を愛する 澤田瞳子・文

薬味の類が大好きだ。作る料理は煮ただけ・炒めただけという雑駁(ざっぱく)なものの割に、毎日ちまちまと生姜をおろしたり、小ねぎを刻んだりしている。そんな暮しのお気に入りは、錦小路の有次(ありつぐ)さんで買った小さなおろし金。購入した際、柄の部分に名を彫りこんでいただき、かれこれ二十年近く愛用している。

普段の手入れが雑なこともあり、使っているうちにだんだん刃が鈍ってくる。あまりにそれがひどくなるとお店に持参して、目立てをしてもらう。我が家に帰ってきた直後のおろし金は新品のようにぴかぴかで、なにをおろしてもまったく手が疲れない。嬉しくなって、どんどん生姜をすりおろしてしまう。

おろし器なんて安い品がどこでも買えるのに、と思われるかもしれない。確かに百円ショップを覗けば、カラフルで可愛いおろし器がにぎやかにわたしを手招きする。プラスチックなので壊れやすいが、そうなれば捨て、また新しいものを買えばいい話だ。

だが長く使い続けてきた道具は、それ自身がわたしの日常の一部だ。このおろし器で作って成功した料理、失敗した料理、間違って生じた怪我。すべての記憶が小さな道具の中に留まっている。そんな暮しを支えてくれるのが、豊かな歴史に裏付けられた手仕事であり、一つ一つの技が生み出す様々な精緻な品々だ。

それらのほとんどは、決して華やかな品ではない。むしろ我が家の引き出しにこっそり隠れているおろし金の如く、地味で目立たぬものの方が多いだろう。

しかしわたしはそれらの静けさの中にひそむ歴史を、それぞれの道具を作り、使う人々の思いを強く愛する。なぜならそれらはただ日々の暮しで使い捨てられる道具ではなく、かけがえのない日常を共に暮し、一生にたった一つの伴侶にもなり得る暮しの伴走者だからだ。手仕事を愛するとは、自らの日常を彩るかけがえのない存在を見付け、共に生きる行為なのではないだろうか。

秋から春にかけては、生姜をたっぷりと入れて湯葉を炊く。大豆から作られる湯葉はびっくりするほど手間がかかる繊細な食べ物だが、正直、料理のメインを張るには物足りない。しかし仮にこの世の中に湯葉がなければ、わたしの生活は一本、芯が欠けたように張りのないものになるだろう。

衣食住、あらゆる分野にわたる手仕事が共にあればこそ、雑駁なわたしの日常はただの日々の連続ではなく、人の思いを、長い歴史を間近にし得るものとなる。そんなありがたい人生の伴走者たちには、つくづく御礼を言わねばなるまい。

澤田瞳子 さわだとうこ

1977年、京都府生まれ。同志社大学文学部卒業、同大学院博士前期課程修了。デビュー作『孤鷹(こよう)の天』で中山義秀文学賞受賞。2016年『若冲(じゃくちゅう)』で親鸞賞、2021年『星落ちて、なお』で直木賞受賞。また、京都で生まれ育った著者ならではの視点で綴るエッセイ『京都はんなり暮し』『天神さんが晴れなら』も。近著に、平安時代の宮中を描いた『のち更に咲く』『月ぞ流るる』がある。

和樂webにて澤田瞳子さん連載中!
シリーズ「美装のNippon」

湯せんにかけた豆乳の表面に薄く膜を張る湯葉。一枚一枚、薄い膜を竹串で引き上げる工程は熟練の技。分厚くても薄すぎてもだめ、その加減を手で確かめながら素早く丁寧に引き上げていく、まさに繊細で根気のいる手仕事。澤田さんも大好きだという錦市場「湯波吉(ゆばきち)」にて撮影。

「湯波吉」の「乾燥ゆば詰合せ」(木箱)8,208円

「湯波吉」店舗情報

読み方:ゆばきち
住所:京都市中京区錦小路通御幸町西入ル鍛冶屋町213
電話:075-221-1372
営業時間:9時~18時
休み:第4木曜・日曜
公式サイト:http://yubakichi.jp/

※本記事は雑誌『和樂(2024年4・5月号)』の転載です。
※掲載価格はすべて税込です。掲載商品は、売り切れや販売期間の終了の場合があります。価格や営業時間も変更される可能性がありますので、お出かけの前に公式サイトなどでご確認ください。

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和樂web編集部


構成/田中美保 撮影/内藤貞保
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