月を待つ
中国から伝来し、平安時代から始まったという日本のお月見。
江戸時代以降は秋の収穫に感謝し、翌年の五穀豊穣(ごこくほうじょう)を祈る行事として定着しましたが、昨今はその意味が薄れ、とかく“月を愛でる”ことだけに目がいきがちです。
ところが、ここ瓢亭には古くからの風習がしっかり残っていました。
「初月夜(はつづきよ)のころ(陰暦8月初め)から、床几(しょうぎ)の上に月見の飾りをしつらえるのが恒例ですね」と英一さん。
初月といえば、夕方に見え始め、日没には沈んでしまうごく細い月。その月が日ごと満ちて、陰暦8月15日の夕方から出る月が「中秋(ちゅうしゅう)の名月(十五夜)」といい、1年で最も美しく見えるといわれます(今年は9月25日)。
【中秋の名月(十五夜)のお飾り】
「昔の人にならって、秋の月は2か月にわたって楽しみます」 高橋英一 瓢亭14代主人

また、翌月(陰暦9月)の「十三夜の月」は、十五夜に並ぶ名月といわれ、「後(のち)の月」(今年は10月23日)との名が。
「後の月」を愛でるのは日本独自の文化だそうですが、この約2か月はちょうど稲や穀物が収穫期を迎えるころ。前半・後半とお供えに変化をつける伝統にならって、瓢亭も初月のころから中秋の名月まで、それから後の月までと供物を変えています。
【後の月(十三夜)のお飾り】
「旧暦8月15日をカレンダーで確認して月見の準備を始めます」 高橋義弘 瓢亭15代主人

床几の上に置かれた漆塗りの三宝(さんぽう)。
ここに、すすきを中心にした秋の花、御神酒(おみき)、季節の農作物が置かれますが、前半は、芋をかたどった餅がお供えに。
後半は、収穫したばかりの丹波栗と枝豆が入ります。
また英一さんの生ける花も、雰囲気が一変。前半はちょうど店先の庭に咲き始めた萩が入って華やかな印象ですが、後半、10月に入ると秋も深まり、貴船菊(きぶねぎく)やほととぎすなどの侘(わ)びた花に。
「秋の花はどれも細かくて、そこがかわいい」と庭から切り出した花をそろえる英一さんは、ふだんとは異なるしつらえに、心が弾んでいるようです。
「夕方になるとろうそくを灯(とも)して、営業が終わるまでずっとつけているのですが、障子にゆらめく炎にも風情があっていいんですよ」と目を細める義弘さん。

茶店を前身とする瓢亭は、今も“玄関があるようでない”つくりを保っています。それだけに、通りに面して置かれた床几は瓢亭にとって玄関のような場。
月見のお飾りを介して、道行く人々や近所の方、お客様と1年の無事を祈り、分かち合うことを大事にしています。

さて、中秋の名月のころまで店でふるまわれる料理にも、月見にかけた一品がありました。
「すっぽんを京都ではマルと呼びますが、マルと満月をかけた『丸玉(まるたま)のお椀』が定番です」と義弘さん。
食べやすく切ったすっぽんにしっかりと味を含ませて、卵とじ(玉締め〈たまじめ〉)にした満月の玉子豆腐が、生姜を利かせた吸い地に浮かぶ、なんとも風流なお椀です。
【丸玉のお椀】
「すっぽんを玉締めにして、お月さんに見立てた椀ものは、この時期だけの一品。“月とすっぽん”の取り合わせの妙をお楽しみください」 義弘さん

すっぽんの玉締めに添えた三度豆(さんどまめ)はすすきを、白髪ねぎがたなびく雲を表しているそう。実は、すっぽんは瓢亭ではこの時期しか扱わないそうで、この時期がいちばん身に脂がのっていて、滋養にもいいそうです。
「月とすっぽんは昔から相性がいいですから(笑)」というオチまでつくのが楽しい、美味しいお椀です。
中秋の名月を過ぎると、お椀は名残の鱧(はも)と走りの松茸(まつたけ)を合わせたものへ移行しますが、料理に関しては暦どおりにはいかないとか。
「献立も陰暦の8月15日を軸に考えるわけですが、あたりまえですが毎年ずれるし、ずれる幅が10日ぐらいあると、食材が重なってきたりします。
しかも、松茸の出荷が年々早まってきたりして。『丸玉のお椀を出したいのに、松茸もある。どうしようかな』と悩むことが増えました。
とはいえ、こんな話題ができるのもお月見ならでは。『今年は早く来たな』とか『遅かったな』と言いながら、季節の巡りを感じて楽しんでいます」
高橋英一 1939年生まれ。東京、大阪の料亭での修業を経て28歳で瓢亭14代主人を継承。2013年に料理人として初めて京都府指定無形文化財「京料理・会席料理」保持者に認定。2025年、文化功労者に選定。
高橋義弘 1974年生まれ。金沢の料亭での修業を経て、2015年より瓢亭15代主人を継承。2018年「瓢亭日比谷店」を開業し、京都と東京を行き来しながら料理に励む。
瓢亭本店 DATA
住所:京都府京都市左京区南禅寺草川町35
電話:075-771-4116
公式サイト:https://hyotei.co.jp/
趣の異なる4つの館で茶懐石にのっとった懐石料理を提供。
※日比谷店で季節に応じた料理発送サービスが始まりました(https://www.umai-mon.com/)。
※高橋英一さん・高橋義弘さんの【高】は「はしごだか」が正式表記です。

