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Gourmet
2019.10.07

徳川吉宗もうなった富山の鱒寿司。ますのすし本舗『源』でこだわりの駅弁の心意気を目撃!

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北陸のうまいものを食レポする企画。その第一弾として目をつけたのが、知る人ぞ知る富山の銘品「鱒寿司(ますずし)」だった。鱒寿司とは、押し寿司の一つで、わっぱに敷いた笹の上に、酢飯、鱒の切り身をのせて詰め、笹でくるんだスタイルの寿司のこと。

今回、ますのすし本舗『源(みなもと)』を取材して、食レポというより、純粋にその深い「思い」を伝えたいと思った。

食材はもちろん、一つ一つの製造工程、容器からパッケージまで。
あくまで「駅弁」であることから脱却せず、一方で進化し続ける真のこだわりが、ここにはあった。

ますのすしの全てがわかる「源ますのすしミュージアム」

訪れたのは、富山市の新保企業団地(現在はオムニパーク)内にある「源ますのすしミュージアム」。

源ますのすしミュージアムは、昭和62(1987)年にますのすしを製造する株式会社『源』の本社や工場と共に建てられ、平成21(2009)年にリニューアルオープンした食のテーマパークである。

入ってまず目を引くのが、地域の方から寄贈された高さ12メートルの山車「夜高あんどん」。

その右奥には700名が収容できるレストラン、左手にはズラッと並ぶますのすしが見学者を出迎える。もちろん、自社商品だけでなく、富山名物の様々な逸品も並ぶ大きな売店だ。

奥へ進むと、鱒寿司や『源』の歴史が紹介され、製造工程がガラス越しに見学できる。見せ場の一つである「伝承館」では、名乗ることを認められた2名の職人が100余年の歴史を持つ技巧を披露する。向かいではますのすしの手作りも体験できる。これまでの弁当の歴史、駅弁文化の貴重な資料も興味深い。

全国の駅弁の掛け紙の展示

創業130年の歴史を誇るますのすし本舗『源』とは?

『源』の歴史を語るには、江戸時代まで遡らなければならない。

創業者は、旅篭町(はたごまち)で旅館を営んでいた源梅山(みなもとばいざん)。生業を料理業として旅館である吉川屋を営み、明治時代になると、子の源金一郎が高級料亭や富山ホテルを開業する。その後、富山市に鉄道が開通したのをきっかけに、料亭客の勧めもあり、「駅弁業」へと大きく舵を切ることになる。

大正元(1912)年には駅弁にて「ますのすし」の販売がスタート。酸味がほどよく効いた鱒の味わい深さはもちろん、日持ちが長いこともあって瞬く間に人気となり、現在では富山の郷土料理と認められるほどに。鱒寿司を全国に広めた『源』の功績は大きいといえる。

工場地を選んだその驚くべき理由

さて、ミュージアムも兼ねている『源』の工場は、富山空港や富山インターからは車で8分の距離だが、富山駅からは決して近い場所ではない。正直、公共交通機関を使うのであれば、少々不便な場所だ。

「水がね、おいしいんです」
そう話すのは、ますのすし本舗『源』の広報担当の入江健氏である。

というのも、『源』は現在の工場地を購入した際に、まず井戸を掘り始めたという。ちょうど周囲の会社が建設ラッシュにある中で、それでも井戸を掘り続け、周囲からは温泉を掘っていると疑われたとか。しかし、これも日本の名峰、立山のおいしい雪解け水を、年間を通して安定して使えるようにとのこだわりがあるからだ。

水もコメも鱒もこだわり抜く一本気

水だけではない。コメにもこだわりがある。毎日コメを仕入れ、仕入れた分だけその日に炊く。

コメは、富山県産のコシヒカリを中心としたブレンド米。こだわりがあるというが、コシヒカリ100%ではないことが意外だった。なんでも、コメは季節によって新米や古米と変わるため、柔らかさなども一定になるとは限らない。そのため、押し寿司に最もあう最適なかたさやおいしさを一定に保つために、あえてブレンド米にしているのだという。もちろん、コシヒカリ以外のコメもAランクのお墨付きだ。

鱒はサクラマス。

雪解けのシーズンに、北海道の漁師に頼んで天然のサクラマスを捕獲してもらうという。ただ数が少ないため、伝統の技を伝える『伝承館』のますのすしのみに使用し、他の商品には海外から養殖のサクラマスを取り寄せている。

手作業で丸2日!手間暇かけるますのすし

「年末は最盛期で、1日3万食作ります」

どうみても手作業である。他にも工場があるのかと尋ねたが、ここだけですとの返事が返ってきた。

じつは、鱒寿司の作り方は、至ってシンプルだ。酢飯に鱒をのせて笹でくるみ押すだけだ。しかし、実際の工程は思いのほかたくさんある。『源』では、製造に丸2日かかる。まず、前日の午後からわっぱに笹を敷く。笹は自然のものなので形が不揃いだ。それを瞬時に判断して11~12枚ほどを合わせて敷く。源ますのすしミュージアムで行われている手作り体験では、だいたいこの作業だけで3~5分かかるという。

わっぱに笹の葉を敷く作業

前日の作業はさらに続く。鱒、コメの準備が必要なのだ。新鮮な鱒がおいしいというわけではなく、鱒はそのまま使わない。スライスして手作業で骨を抜く。そして、旨味を増すために一度塩でしめるという。夜にはその日仕入れたコメを炊いて準備をする。

ますのすしが宙を舞う?機械よりも正確な職人芸

そしてようやく当日。一定の水分が抜けた鱒を酢で洗う。色味が優しい桜色に変わる頃合いで引き上げる。敷かれた笹の上に酢飯をのせ、その上に切り身の鱒をのせる。

鱒ののせ方を確認しふたをする作業

のせ方にも『源』ならではの一工夫がある。脂が少し乗った切り身を真ん中に置くというのだ。ちょうど6等分にカットされたときに、真っ先に口に入る部分だからだとか。ファーストアタックで、いい感じに脂がのった鱒が口の中でとろけるように計算されている。ただその味わいが続けば重く感じるので、最後にはあっさりとした風味となるように、外側には脂身ではない部分を置くという。

鱒がきれいに置かれているかを確認すれば、笹でふたをしてゴンドラへ。

一定の圧をかけて押しながら、次々とますのすしが空を飛ぶ。

それは遊園地のアトラクションのような不思議な光景で、見学に来ていた小学生からも歓声が上がるほど。そうして、ぐるぐると一周して戻ってきた押し寿司に、竹を挟んで自社で開発したゴムをかける。

「だいたい1日平均7000食程度。年末やハレの時期である3月などは、2万~3万食に増えます」

お正月や冠婚葬祭にも食される『源』のますのすし。食べる前には神前にお供えをする風習も富山にはあるらしい。実際、神社にも奉納されるというが、違う意味で、このこだわり抜いた鱒寿司を食す前に神棚へと運びたくなる。

中身が大事、でも外側も大事

こだわりはこれだけでは終わらない。思いは、容器やパッケージにも及ぶ。

わっぱに敷く笹は全部国産のもの。それもおばあちゃんたちの手摘みだそうだ。

ただ、かなりの枚数が必要になるので、これまでは富山、石川、新潟のものだったが、最近では山形、青森にもお願いしているという。1つのますのすしで11枚、最盛期には3万食。つまり…33万枚?気が遠くなる数字だ。

杉のわっぱも合板を使用しているが、体に優しい接着剤を全国から探してきた。
「『安心・安全で食べれるもの』という思いがあるから、美味しいものができるんです」

インパクトあるパッケージの絵の正体

『源』のますのすしのパッケージは、シンプルながら非常にインパクトがある。
それもそのはず。文化勲章受章の中川一政画伯の絵と書が使われているからだ。

中川一政画伯の絵と書が使われているパッケージ

「じつは、中川一政画伯に絵を描いてほしいとお願いしに行ったようですが、5年以上音沙汰がありませんでした。それが突然連絡が来て、マスを2本送ってくれと。すぐに神通川で捕れたばかりのマスを持っていきました。もともとお願いしていたのは絵だけでしたが、画伯の方から「富山ますのすし」の書もということで、書いて頂けたんです」

駅弁の容器は普通食べれば捨てるだろう。しかし、あえてその容器にもこだわった『源』の心意気が伝わってくる。

食通で有名な八代将軍徳川吉宗もうなった鱒寿司

それにしても、こんなにこだわり抜く鱒寿司の魅力は、一体どこにあるのだろう。

そもそも鱒寿司の由来は、富山市にある鵜坂神社の春の祭礼にあるといわれている。鵜坂神社の近くを流れる神通川は、古くから多くの川魚が捕れる。特に春に産卵で川を遡上する鱒は「初網の鱒」と呼ばれ、鵜坂神社に感謝と祈りを捧げ、お供えしていたという。これがのちに、ご飯の上に切り身の塩鱒をのせ青葉で包んで押したものに変化した。これが富山の鱒寿司の始まりだそうだ。

さらに、江戸時代には、富山藩士の吉村新八が、神通川の新鮮な鱒(鮎という説もあり)と上質の越中米を使って押し寿司を作り献上したところ、食通で有名な八代将軍徳川吉宗に絶賛されたという逸話もある。

「寝かすことで美味しさが増す、みなさんわかっていたんでしょうね。富山には美味しいお魚があって、美味しいおコメがあって、美味しいお水がありますが、あえて我慢することで美味しさがまた増すんです」

今や、欲しいモノならすぐにでも手に入る世の中で、あえて「待つ」ことで、更なる欲望と期待が上昇する。この「溜め(ため)」こそが、仕上げの調味料なのかもしれない。

「変わらぬ味というが、ホントは変わっています」

「ファンの人から電話があるんです。味変わったでしょ?って。すごいなと思う。味が変わったと分かって頂けるのも嬉しい。ホントは、分からないようにするのが一番なんですが…」

季節によって人の味覚が変わるため、『源』では、酢なども年に数回味を変えているのだという。

「変わらぬ味変わらぬ味というが、ホントは変わっています。やはり食される人、みなさんの舌がどんどん肥えてきている中で、変わらぬ味を作り続けるというのが一番難しい。皆さんの舌が肥えているのに変わらない味だとまずくなりますから」

確かに、伝統の味を守り抜くだけでは、おいしさを守り抜けないのも事実。旨さに限界はないのだ。何度も何度も仕入れどころからレベルを上げてもらって、よりおいしい素材を手に入れる。いつ食べてもおいしいと思ってもらう。それが、ますのすし『源』の変わらぬ原点なのだろう。

「日進月歩。お客様の舌と競争ですね」

ますのすしをどのように食べるかは、人それぞれ。
少し寝かして待つのも一興。神棚にお供えして自然の恵みに感謝を捧げるのもこれまた一興。

ただ、取材をしてみて一つだけ分かったことがある。

多くの人の手が、思いが詰まったますのすしを、これからはファストフードのようには食べられないということだ。物理的に喉が詰まるという理由ではない。いや、それもあるにはあるが、様々な思いをゆっくりと味わいたい。ただそれだけだ。

これだけのこだわりを実感したい方。是非ご賞味あれ。

基本情報

店舗名:源ますのすしミュージアム
住所:富山県富山市南央町37-6
営業時間:9:00~17:00
駐車場:バス30台 普通車100台
見学時間:約30分 見学無料
公式webサイト:http://www.minamoto.co.jp/museum

書いた人

日本各地を移住するフリーライター。教育業界から一転、ライターの道へ。生まれ育った京都を飛び出し、馬車馬の如く執筆する日々。戦国史、社寺参詣、職人インタビューが得意。