ライフスタイルホテル:地域それぞれの個性を届ける発信基地
ホテルに新しい波が起こっている。それも世界中で。特別な日に非日常を楽しんだり、ビジネスや観光を終えて寝るためだけじゃない、新しいスタイルが注目を集めているのだ。旅好き、宿好きの果てなき欲望を満たしてくれるホテルは「ライフスタイルホテル」と呼ばれる。
ライフスタイルと形容されるのは、働く、待ち合わせる、食事をする、アートを観るといった生活そのものが入っているから。理想とする暮らしのデザインや時間の過ごし方を提案して、ゲストにインスピレーションも与えてくれる。スタッフの応対は友だちのように気さく。デザインに気を配った空間で、肩肘張らずに過ごせるのが心地いい。
2018年にオープンした「ノーガホテル 上野 東京」は、東京の新たな選択肢に加わったライフスタイルホテルのひとつ。都内有数の観光地でありながら、際立つ個性をもったホテルがなかった上野のステイスタイルを変えた。ライフスタイルホテルは「暮らすように滞在する」なんて形容されることが多いけれど、ノーガホテルが立つのはJR上野駅から5分ほど歩いた路地裏で、ふつうの人々の暮らしが営まれる街のただなか。単なる観光に留まらない、上野のリアルな暮らしと声を教えてくれる宿なのだ。
ロビーやレストランにも、モノづくりの街の力が結集されている!
上野は美術館やアメ横、動物園など有名スポットが多くあり、観光のイメージが強い。「けれど、実はホテルから散策できる周辺エリアには、伝統工芸に携わる職人が多くて、若手クリエイターが開いたショップも多いんです。味噌店や佃煮店など、伝統の味を受け継ぐ店もたくさんあるんですよ」とスタッフの細谷美賀さんが教えてくれた。地域は江戸時代から400年あまりも続く、知る人ぞ知る、モノづくりの街なのである。
ノーガホテルは「地域との深いつながりから生まれる素敵な経験」をコンセプトに掲げる。だから、上野の歴史と文化を伝えるために、街の人たちとタッグを組んだ。開業にあたってプロジェクトチームは、職人の工房やショップ、飲食店をまわった。その数、なんと約400軒!
地道な訪問と対話を続けてつくり上げたのが、職人やデザイナーとコラボレーションしたホテルのプロダクトやアート。例えば、客室カードキーには紋章上絵師、「京源」による家紋4種をデザインした。ペン&インクには蔵前の文具店「カキモリ」によるオリジナルインクが入る。木、金属、革を組み合わせたゲストルームのアメニティ BOX、ハンガー、洋服ブラシなどは、日本の伝統技術や職人技を活かしてプロダクトをつくる鳥越のショップ「SyuRo」とのコラボ。「洋服ブラシ、靴べらまで、オリジナルなの!?」と思わせる徹底ぶりがスゴイ。
レストランでは地元で評判のショップの食材をメニューに。ロビーラウンジはレストラン「ビストロ・ノーガ」も兼ねる空間で、浅草・マニュファクチュアのバゲット、浅草橋・蕪木のコーヒーをはじめとする地域の人気店の食材がそろう。「朝食メニューではフレンチトーストが評判です。食事の合間にアイテムや食材について説明すると喜ばれ、会話も弾みます」(細谷さん)。カトラリーレストやグラス、メニューボードなども地域の工芸品の技を活かしてつくってある。
講師はみんな、街の<顔>。エリアの達人に教わるワークショップも
より深く上野を知るために。ホテルでは<体験―UENO EXPERIENCE>というプログラムも用意する。月1回開かれるワークショップでは、地域コラボレーターが講師に。つまり、街の<顔>から伝統工芸の技の極意を聞きつつものづくり体験ができたり、ワインや日本酒とワークショップ限定の料理が味わえたりする。いくつかある講座のなかから、「日本酒グラスの違いによるテイスティングセミナー」を体験してきた。
日本酒テイスティングセミナーの講師は、1931年創業のガラス食器専門店、木本硝子の代表 木本誠一さん。木本さんは問屋としてプロデュースする立場で、下町の工場や職人たちと新しい発想のガラス製品をつくってきた。ノーガホテルでは日本酒グラス(平杯)と、江戸切子では従来は使われることのなかった色、黒と白を採用したオールドグラスやロックグラスを製作した。
木本さんの日本酒愛はとにかく強い。台東区小島のショップを訪れると、商談スペースの冷蔵庫には日本酒が常備されている。店頭に並ぶグラスを変えて日本酒を飲み比べながら、「グラス×日本酒」のベストな組み合わせを常に考えてきた。「ワインもグラスで違いが楽しめるように、日本酒だってグラスを変えて楽しんだっていいんじゃない?」そう木本さんは思ってきたのだ。
トリプリングってなに? 「グラス×日本酒×料理」の妙味
積み上げてきた経験をグレードアップさせたワークショップは、酒と料理のペアリングならぬ、「グラス×日本酒×料理」の3つを組み合わせるトリプリング。木本さんの命名だ。選りすぐりの酒蔵の日本酒を、平杯を含む5つのグラスで飲み比べる。これに、ビストロ・ノーガの料理長、海老原威郎さんがつくるその日限りの特別な料理が用意されるのだ。毎回、お酒と料理が変わるから、リピートする参加者もいるほど。
7回目のワークショップでは、木本さんがとっておきと推す、群馬県の永井酒造をフィーチャー。蔵元6代目の永井則吉さんもゲスト講師として登場した。蔵の代表銘柄は「水芭蕉」で、スパークリングや大吟醸、デザート酒など7種が蔵から運ばれてきた。
「永井酒造は世界に積極的に挑戦する酒蔵です。最初の『MIZUBASHO 雪ほたか AWA SAKE』は、地元、川場村産のコシヒカリ、雪ほたかを使った限定スパークリング酒です」と木本さん。酒が注がれたのは、「es slim 02」という背の高いグラス。口元がシュッと細くなる独特のシェイプが酒の香りと味を引き出し、オレンジのような爽やかさが際立つ。「じゃあ、次は別のグラスで試してみて」。「確かに! 味が全然違う!」と参加者の驚きの声が。日本酒好きが集まるとあって表情はみな真剣そのもの。熱心にメモをとりながら、グラスを変えて味わっていた。
「MIZUBASHO 雪ほたか AWA SAKE」に先立つ蔵のスパークリング酒が「MIZUBASHO PURE」だ。6代目自らフランスのシャンパーニュ地方に飛び、瓶内二次発酵を伝統的な日本酒の製法に盛り込んだ、蔵元イチ推しの酒だ。これにバーニャカウダをアレンジした「冬野菜とアンチョビソース」がサーブされた。
趣向を凝らした料理のなかでも目を引いたのは、スタッフ細谷さんが必ず実現させたかったという「すきやき」風のメイン料理。「群馬といえば、下仁田ネギ。ネギと言えばすきやきなので、それをどうしてもつくってもらいたかったんです」。フレンチシェフの海老原さんは、松坂豚にゆでた卵の黄身を合わせて、すき焼き風味のソースでアレンジ。難題を見事クリア!
おまけ
お酒のチカラも手伝ってか、終始なごやかムードで、あっという間に過ぎた3時間。さまざまな体験を通して素の上野に触れたら、街の見え方も変わってくる。さらに街を楽しみたい、そう思ったら、レンタサイクルで街に繰り出しても。前よりずっと身近になった上野が感じられるはずだから。
NOHGA HOTEL UENO 基本情報
ホテル名: NOHGA HOTEL UENO TOKYO(ノーガホテル ウエノ トウキョウ)
住所: 東京都台東区東上野2丁目21-10
公式webサイト: https://nohgahotel.com/ueno/