卓越した技とディテール
江戸の男たちを虜にした歌麿の美人大首絵は、海外に紹介されるやいなや、センセーショナルなニュースとなって美術界を席巻(せっけん)します。その理由には、構図や画法が西洋の肖像画とはまったく異なっていたことと、その描写があまりにも美しかったことがあげられます。
歌麿は美人大首絵を発表するまでにさまざまな試みをくり返し、多彩な技法を身につけていました。その代表的なものが、女の命ともいわれる髪を繊細に描く「毛割(けわり)」、エンボス加工の技法で和紙を浮き上がらせる「空摺(からずり)」、背景をあえて無地にする「地潰し(じつぶし)」や光沢を与えてより贅沢に見せる「雲母摺(きらずり)」。これらの技法を駆使したことで、美人大首絵は単に構図の面白さだけでなく、これまで目にしたことがないような美しさを伴うことができたのです。美人大首絵とは、女性を美しく描くことに心血を注いだ歌麿が体得した技術や、こだわり抜いたアイディアの集大成。その美の裏には、成功への情熱を心に抱き、飽くなき挑戦を続けた歌麿の執念があったのです。
毛割
女性をクローズアップした際に、美しさの決め手となるのが髪の描き方。歌麿は繊細な生え際を版木に彫る「毛割」にこだわり、複雑な髪の流れを表す「八重毛(やえげ)」を駆使。さらに、光沢のある艶墨(つやすみ)を重ねてつややかな黒髪を表現していた。
喜多川歌麿 歌撰恋之部『深く忍恋』
(かせんこいのぶ ふかくしのぶこい)
大判錦絵 寛政5~6(1793~1794)年ごろ 写真提供/福間秀典(アフロ)
地潰し
背景を1色で摺る「地潰し」は、背景を省くことで人物が浮き立って見えるという効果がある。単純なように見えるが、ムラなく均一に摺るには熟練した摺り師の技量が問われる高等テク。この作品に用いられている黄色は歌麿が得意としたもので「黄潰し(きつぶし)」と呼ばれる。
喜多川歌麿 当時全盛美人揃『兵庫屋内 花妻』
(とうじぜんせいびじんえぞろえ ひょうごやうち はなづま)
大判錦絵 寛政6(1794)年 写真提供/福間秀典(アフロ)
空摺
歌麿は美人大首絵以前に手がけていた狂歌絵本のころから「空摺」という、版木に絵具をつけないで強く摺り、版木に彫った柄の凹凸を浮き上がらせるエンボス加工を用いていた。ここでは花を描いているが、美人大首絵ではきもの柄や背景に多用。
喜多川歌麿『百千鳥狂歌合』四十雀、こまどり
(ももちどりきょうかあわせ しじゅうから、こまどり)
彩色摺絵入狂歌本2帖 寛政2(1790)年ごろ 各25.5×18.8㎝ 千葉市美術館蔵
雲母摺
「雲母摺」とは背景をキラキラ輝く雲母で摺ったもので、「地潰し」を発展させた豪華な摺りの技法。美人大首絵でこの贅沢な技法が多用されたのは、手鎖の刑から戻った版元・蔦屋重三郎(つたやじゅうざぶろう)が起死回生をねらっていたことの表れとされる。
喜多川歌麿 婦人相学十躰『浮気之相』
(ふじんそうがくじったい うわきのそう)
白雲母地大判錦絵 寛政4~5(1792~1793)年ごろ 写真提供/Super Stock(アフロ)
2017年7月28日から岡田美術館で喜多川歌麿の展覧会が開催されます!
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喜多川歌麿、大作「雪月花」のうち「吉原の花」来日決定!