日本文化の入り口マガジン和樂web
6月22日(火)
人生に命を賭けていないんだ。だから、とかくただの傍観者になってしまう。(岡本太郎)
日本文化の入り口マガジン 和樂web
日本文化の入り口マガジン 和樂web
6月22日(火)

人生に命を賭けていないんだ。だから、とかくただの傍観者になってしまう。(岡本太郎)

読み物
Art
2017.11.09

江戸っ子も花見してたんだ。歌川広重の名画で現代に続く季節行事のルーツを知ろう!

この記事を書いた人

季節の旬の食べものを競って食べ、祭りや行事を楽しみに過ごした江戸っ子たち。歌川広重の晩年の大作「名所江戸百景」に描かれた時代は、人々は旧暦で生活していました。美しい四季折々の江戸の風景に、季節の楽しみ方を教えてもらいましょう。

睦月

一年が始まる月 新年を祝い、街も賑わう

1月(新暦2018年2月16日〜3月16日)。凧揚げや羽子板で遊ぶ人々の姿は江戸時代からよく見られた正月の風景。元日は自宅で静かに過ごしますが、2日になると獅子舞などが街を練り歩きました。1月7日は七草粥を食べて健康を願いました。ウグイスの初音も聞こえてくるころです。

DMA-Pr-0008-006歌川広重 「名所江戸百景 霞かせき」 安政4(1857)年/官公庁街で知られる霞が関の正月の風景。江戸時代は遥か遠くの海まで見渡すことができた。凧揚げを楽しむ人々で賑わう通りには門松が並ぶ。

如月

梅見の宴と初午祭りが楽しみ

2月(新暦3月17日〜4月15日)。梅が美しく咲き誇る季節になると、各地の梅園に見物客が集います。2月最初の午の日には全国の稲荷神社で初午の祭りが開かれ、商売繁盛や豊作、開運、家内安全を祈願しました。神社には露店が並び、太鼓の音がにぎやかに鳴り響くなか、子どもたちは幟を持って練り歩いて豆や菓子をもらいました。

DMA-Pr-0008-033歌川広重 「名所江戸百景 亀戸梅屋舗」 安政4(1857)年/江戸随一の銘木といわれた臥竜梅を描いたもの。亀戸天神の東側に数百本の梅が植えられた「清香園」は、江戸で人気の梅の名所であった。

彌生

桃の節句を祝い満開の桜の名所へ

3月(新暦4月16日〜5月14日)。桃の節句のひな祭りは、旧暦では桜の開花後になることも多かったようです。花見は春を愛でる最大の行事。江戸っ子たちは長屋の住人総出で弁当を持って、花見に出かけました。現在も都内屈指の花見の名所である上野、浅草や、徳川吉宗が桜を植栽した御殿山、飛鳥山が人気の花見スポットに。

DMA-Pr-0008-019歌川広重 「名所江戸百景 千駄木団子坂花屋敷」 安政3(1856)年/桜が満開の庭園の右上に描かれているのは、植木屋の楠田宇平次が開いた「紫泉亭」という花屋敷。最上階には展望風呂もつくられた。

卯月

新緑の木々の中で花が咲き、鳥は鳴く

4月(新暦5月15日〜6月13日)。ウツギの白い花は、卯の花と呼ばれます。卯月とは卯の花が咲く月のこと。4月1日は衣更えで、綿入れの着物の綿を抜いて袷に仕立てました。ホトトギスが鳴き、ツバメも渡来して、鳥たちが夏の訪れを知らせてくれる時季。亀戸天神の藤棚や深川八幡宮の牡丹も見ごろになり、江戸っ子たちは美しさに酔いしれました。

DMA-Pr-0008-048歌川広重 「名所江戸百景 八ツ見のはし」 安政3(1856)年/一石橋は、日本橋や江戸橋、呉服橋など8つの橋を見ることができることから「八ツ見のはし」と呼ばれた。柳の緑と飛来したツバメが清々しい。

皐月

稲を植えるころ江戸は梅雨を迎える

5月(新暦6月14日〜7月12日)。五月雨の季節。旧暦を知ると、五月雨とは梅雨の長雨のことだと実感できるはずです。5月5日は男児が無事成長していくことを祈る、端午の節句。菖蒲は邪気を払うといわれ、菖蒲湯に入ったり、菖蒲酒を飲んだりしました。蒸し暑くなると、ところてんやほおずき、枇杷葉湯など夏の涼を売る物売りが町に姿を現しました。

DMA-Pr-0008-067歌川広重 「名所江戸百景 堀切の花菖蒲」 安政4(1857)年/遠近法を強調した大胆な構図。美しい花菖蒲の魅力が伝わってくる。江戸時代にも園芸ブームが起こり、菖蒲も多くの品種が生まれた。

水無月

暑さも本格的な夏真っ盛り

6月(新暦7月13日〜8月10日)。新暦の感覚では梅雨の時期の6月にどうして「水無月」? と思いますが、旧暦では水が涸れ尽きる季節です。6月1日は富士山の山開き。富士山に登って頂上の浅間神社を参詣するだけでなく、江戸市内の富士浅間神社を参詣することも「富士詣」と呼ばれました。神田明神の神田祭や山王祭など江戸各地で夏祭りも盛んに行われる時季。

DMA-Pr-0008-083歌川広重 「名所江戸百景 高輪うしまち」 安政4(1857)年/海辺の2匹の犬。だれかが食べた後のスイカの皮。海上の空には虹が懸かる。ひと気はないのに、満ち足りた江戸の夏の一日を感じさせる作品。

文月

七夕を祝いお盆のお迎えと送り

7月(新暦8月11日〜9月9日)。7月7日は七夕。現在でも旧暦に合わせて8月に七夕を祝う地域もあります。お盆も7月15日が「盂蘭盆会」で、現在、新暦で行う地域と旧暦で行う地域があります。13日の夕方に先祖の霊を迎えるための「迎え火」を焚き、16日に「送り火」をします。お盆に合わせて盆踊りも行われます。

DMA-Pr-0008-061歌川広重 「名所江戸百景 大はしあたけの夕立」 安政4(1857)年/突然の夕立に、橋を渡る人々の足が急ぐ。動的な橋の上の様子と対照的に対岸は、薄墨のシルエットで静けさが漂う。

葉月

秋風が満ちて十五夜の月を待ち望む

8月(新暦9月10日〜10月8日)。8月15日の中秋の名月が近くなると、江戸の街に薄を売り歩く物売りの姿が目立ち始めます。15日には家族で団子をこしらえ、柿や栗や薄と一緒に月に供えました。川に船を浮かべて月見をしたり、自宅で月見の宴を催したりする風流人も多くいました。萩も咲き、深まる秋です。

DMA-Pr-0008-100歌川広重 「名所江戸百景 両国花火」 安政5(1858)年/夏の終わりを告げる隅田川の川じまいの花火。花火の輝きと大きな放物線が描かれている。見物客の「玉屋〜」「鍵屋〜」の声が聞こえてきそう。

長月

秋晴れの日々 菊の花が香る季節

9月(新暦10月9日〜11月7日)。菊の香りが澄み渡る秋晴れの日は「菊日和」と呼ばれました。多種多様な菊の品種の観賞や菊人形などが展示された菊祭りも随所で開催。9月9日は「重陽」(奇数を陽数、偶数を陰数とし、ひと桁で最大の陽数9が重なる)の節句。菊の花を浸した酒を飲んで不老長寿を祈ることから、別名「菊の節句」とも。

DMA-Pr-0008-084歌川広重 「名所江戸百景 月の岬」 安政4(1857)年/品川宿にあった妓楼から月を眺めた宴の後だろうか。障子には遊女の影。静けさと艶やかさが漂い、名月の夜の余韻に満ちた作品。

神無月

炬燵を出して冬支度 茶の湯は炉開き

10月(新暦11月8日〜12月6日)。10月初めの亥の日は玄猪の祝い。亥の日、亥の刻に亥の子餅を食べて無病息災を祈りました。この日に炬燵を出すのも習わしです。袷の着物に綿を入れて、冬支度を始めました。10月20日は恵比寿講。神無月に出雲に出向かない恵比寿様に塩鯛などを供えて、商売繁盛、五穀豊穣を祈願しました。

DMA-Pr-0008-096歌川広重 「名所江戸百景 真間の紅葉手古那の社継はし」 安政4(1857)年/江戸から離れた真間(現・千葉県市川市)の弘法寺は紅葉の名所で、大楓が有名だった。手前に大楓、遠景には日光連山が描かれている。

霜月

歌舞伎好きが楽しみにした江戸三座の芝居正月

11月(新暦12月7日〜2019年1月5日)。11月は芝居小屋の中村座、市村座、森田座の江戸三座が翌年の契約を結んだ俳優の顔見せ(お披露目)を行い、「芝居正月」と呼ばれました。11月の酉の日には、鷲神社で酉の市が開催され、縁起物の熊手を売る露店が並びました。11月15日は七五三。子どもの成長を祝う家族が神社に参拝しました。

DMA-Pr-0008-109歌川広重 「名所江戸百景 深川洌崎十万坪」 安政4(1857)年/一面の雪景色の上空に、大鷲(鷹という説もあり)がダイナミックに飛んでいる。雪が舞う夜空から雪原、海までが溶け合う幻想的な光景。

師走

武家も町家も一家総出で煤払いをして新しい年へ

12月(新暦1月6日〜2月3日)。1年の締めくくりと新年を迎える準備に追われる月。12月13日は一年の「煤払い」。一家総出で大掃除が行われました。煤払いが終わると、年末の歳の市では門松や注連飾りなど正月の飾りものが並び、人々は大晦日まで新年の準備を続けました。餅つきが行われ始めるのも12月15日ごろから。大晦日は江戸の街に除夜の鐘が鳴り響き、一年を締めくくりました。

DMA-Pr-0008-120歌川広重 「名所江戸百景 王子装束ゑの木大晦日の狐火」 安政4(1857)年/大晦日の夜、関東中の狐たちが王子稲荷社近くの榎の木の下に集まったという伝説の情景。夜空には星が瞬き、美しい闇夜で描かれている。

作品はすべて中山道広重美術館蔵。※新暦は2018年〜2019年での日付です。