写真に潜む言葉を読む
アートと呼ばれる写真を理解するのは難しい…!
ユルゲン・テラーの展覧会に行くにあたり、写真家の友人に、写真はどう楽しんだら良いのかを聞いてみました。
「現代写真は、ナゼ、ナニを撮ったのかという背景やコンテクストが重要視される」、「写真はみるのではなく読むもの」、「写真は哲学」と、ここまで聞いて、理解できるか不安になりましたが「写真を読む糸口さえ見つければ、楽しめるよ!」という友人の言葉を胸に、ドキドキしながら展覧会に向かいました。
今だけしかないグラン・パレ
会場は、グラン・パレ・エフェメール( Le grand palais éphémère )という、10,000㎡の臨時展示ホールで、エッフェル塔のふもと、シャン・ド・マルス公園内にあります。
1900年に建設された本家のグラン・パレが、来年のオリンピックに向けて改修中であり、その間に展示会ができるよう、 2021年にオープンし、オリンピック後に解体される予定。エフェメールとは、日本語で「つかの間の」や「はかない」という意味があります。
グラン・パレを真上からみたときの十字形を踏襲しつつも、軽量化と環境に配慮し、木材とポリカーボネートを使ったモダンな空間です。グラン・パレも当時の最新素材である、鉄とガラスを使っていて、歴史を尊重しながらも時代に合った素材使いは、パリらしさを感じます。
展覧会冒頭の挨拶文で、ユルゲン・テラーはグラン・パレ・エフェメールで回顧展を開けることの感動を綴っています。
2019年に夫妻で画家フランシス・ベーコン展を訪れたところ、彼が1971年にグラン・パレで回顧展を開催したことを知ります。その時、妻が「ユルゲン、あなたもいつかグラン・パレで展覧会をするでしょうね」といい、当時はバカなことをいうなと返しつつ…今、ここはグラン・パレ・エフェメール!
テーマは「i need to live」
広々とした十字形の空間を4つに区切った中、彼のキャリア順に写真が展開されていきます。大きく引き伸ばされ額装された写真の横に、気軽に小さくピン留め写真があったり、離れたり近づいたりしながら見るのが楽しい鑑賞方法ですが、それが実現できるのも、この巨大な空間ならでは。
展覧会のテーマは「i need to live(生きなければならない)」。YouTubeの展覧会予告動画では、色んな人が苦しそうに「i need to live」と呟きます。
生きる上での苦しみを描いているのかと覚悟して見始めると、展覧会一枚目は赤ちゃんがお尻に軟膏を塗られた写真。確かに赤ちゃんにとっては、お尻かぶれは人生で初めて感じる痛みのひとつかもしれない。この展覧会では、性器が何度もでてきて、生も性も彼のキーワードだと感じました。
実は父親が撮ったユルゲン・テラー自身の写真で、彼の人生の始まりを示唆する一枚。
日本とのつながり
彼の経歴をみると、初めての個展は1992年にパルコで行われたもので、日本との縁を感じます。
アラーキーこと荒木経惟との往復書簡や、2017年に原宿のBLUMギャラリーで行われた展覧会「テラー ガ カエル」の作品も並びます。
ユルゲン・テラーの写真の中で、荒木経惟が一番好きだと言う、ミュージシャンのビョークと、その息子の親子写真。そこには、いつもの過激な演出とは異なる、優しい母の顔が表現されています。そこからは大量のファッション写真が並び、これがユルゲン・テラーか!と圧倒されます。中には、日本人モデルや俳優も。
ユルゲン・テラー流ファミリーフォト
写真家の友人がいっていた「写真を読む糸口」を強く感じたのは最後の4つ目の空間でした。
女性が寝室で横たわり、両脚を持ち上げているポーズの写真が、横長に額装されて一列に並びます。瞬間的に「妊娠の可能性を高める、と都市伝説的にいわれている姿勢!?」と思ってしまいました。
耳を澄ますと後ろの小部屋から行為中を想像させる、荒い呼吸も聞こえてきます。そちらに行ってみると、ユルゲン・テラー本人が半裸で息を切らせつつ、雪山を歩いている映像作品でした。
自分の下世話な発想を恥じつつ、そのまま進むと…陽性の妊娠検査薬が!!! そして、大きいお腹から赤ちゃんの誕生へと物語は繋がっていきます。自分の直感が正しかったことに胸が高まり、どっぷりと引き込まれていきました。
ここまでの空間でみてきた、華やかなファッションの世界からは打って変わる、ユルゲン・テラーの父としての顔。大きく引き伸ばされた赤ちゃんの写真は、写真家のクリエイティビティを感じる素敵な構図。私も今年生まれた息子でマネをしたい、と思いながらみていました。
するとその先に、これまでの自分の代表作を我が子で再現した写真群が! ああ、巨匠でも同じようなことを考えるのだと僭越ながら親近感。荒木経惟のお気に入りのビョークの親子写真を、自分たちで再現したものもありました。
展示を一周すると、一枚目の彼の赤ちゃん時代の写真に戻り、出口に繋がります。妻との会話と父親が撮った自身の赤ちゃんの写真で展示は始まり、最後は我が子の写真で終了。
この展覧会で、写真以外に印象的だったのは展示用什器。ナチュラルな木の質感に、所々にアクセントとして入る蛍光ピンクのアクリル板が対照的な組み合わせです。
ファッション写真で注目を浴びるユルゲン・テラーだけれど、彼にとっては温もりのある家族を主体に、強烈なモードの世界はこのアクセントカラーぐらいの分量なのかも、と考えさせられながら会場を後にしました。
展覧会情報
展覧会名:Juergen Teller 「ineed to live」
会期:2023年12月16日〜2024年1月9日
場所:グラン・パレ・エフェメール ( Le grand palais éphémère )
公式サイト