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2025.04.02

国宝絵巻と向き合う学生たちの執念とプライド! 精密な現状模写、ここに極まれり【連載 はみだしNEOアート】

模写というと、みなさん何をイメージしますか? “本物に似せて写した絵や文字” を想像する人がほとんどですよね。しかし、我々NEOアートチームが取材した東京藝大の「現状模写」は、想像をはるかに超えた精密さを誇るものでした。 題材は、国宝《信貴山縁起絵巻》。平安時代の高僧・命蓮が起こす摩訶不思議な現象を描いた絵巻物で、日本三大絵巻としても知られています。普段なかなか目にすることのない、制作の様子をお届けします。

▼連載「はみだしNEOアート」とは?
『小学館の図鑑NEOアート はじめての国宝』に掲載しきれなかった感動をお届け! 連載 「はみだしNEOアート」はじまります

『小学館の図鑑NEOアート はじめての国宝』p.230-231「国宝を写して残す」

微妙な濃淡や、筆づかいをも写し取る
究極の技が光る「上げ写し」

おじゃましたのは、東京藝術大学大学院日本画第3研究室。張り詰めた空気がただよう中、せわしなく手を動かす学生たちの姿がありました。
手元を見ると、和紙を巻き付けた棒を小刻みに転がしながら、同時に筆を動かしています。和紙の下には、原寸大の絵巻の写真が敷いてあり、もとの絵を確認しながら墨の線を和紙に写し取っているようです。

棒を上下に転がし、絵を見る、描く、を繰り返す。

和紙は薄いので下の絵が透けて見えますが、なぞり描きは厳禁!
点を打つようにして少しずつ描いていきます。打っては転がし、打っては転がしの繰り返し。これを延々続けるという、気の遠くなる作業が続きます。
なぜ、これほどまでに手間のかかる方法をとるのでしょう。その答えは、指導にあたる髙島圭史准教授が教えてくれました。

「これは、上げ写しという技法です。採用する大きな理由としては、写し手側の色を出さないようにするためです。オリジナルの筆づかいを忠実に再現するのが目的ですから、個性はじゃまになるのです。さらに、わずかなミスが命取りになるので、少しずつ、慎重に進めることが何より大切です」

なるほど、独特の緊張感が漂うのはそのためだったのか!と、納得します。
おそるおそる、一日で埋められるスペースがどのくらいか尋ねると…。

「日にもよりますが、500円玉くらいでしょうか」((ガーン))

ひとりあたりが担当する範囲は、はば74cmほど。一枚の下絵を仕上げるのに半年以上かかり、しかも、このあと彩色の作業が待っています。彩色にさらに一年ほど要し、やっと完成に至るのです。

使うのは、細さ1ミリにも満たない蒔絵筆。そのままでは太すぎるため、毛を抜いて使うこともあるとか。

平安時代の絵師たちに思いを馳せて

こうして膨大な時間と熱量をかけて模写に取り組むことで、もうひとつメリットがあります。それは、平安時代の絵師たちの気持ちを追体験できるという点。当時の絵師たちがどんな思いで描いていたか、それを探ったり、考えたりすることで、テクニック的な発見にもつながるのだそうです。

たとえば、木の描かれ方がちがうことに気付いた、と語ってくれたのは修士一年の学生さんたち。

「同じ木でも、場面によって筆の走り方が全然ちがうんです。関わった絵師が複数人いたのではないかと思われます。信貴山縁起絵巻は作者不詳とされていますが、きっと、工房で合同制作されたのでしょう」

900年前の絵師のクセが手に取るように分かるとは! 平安時代の絵師と、現代の作家が時をこえて会話をしているかのようです。そんな豊かな芸術性が日々発揮されている、現状模写の現場でした。

同研究室で制作された現状模写。完成した模写は、研究室や原本の所蔵先に収蔵され、展示や教育普及活動に活用される。


ご購入・試し読みはこちら
https://www.shogakukan.co.jp/books/09217267

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和樂web編集部


撮影/細川葉子 取材・文/和田明子
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