高知県発、世界で最も薄いといわれる驚異の和紙「典具帖紙」に迫る

高知県発、世界で最も薄いといわれる驚異の和紙「典具帖紙」に迫る

手のひらに乗せると、手相がはっきり透けて見える。新聞紙に重ねると、記事が一字一句しっかり読める。そんな魔法を誰にでも確かめさせてくれる「典具帖紙」(てんぐじょうし)と呼ばれる極薄の和紙をご存知でしょうか?

この「典具帖紙」の重さは1平方メートル当たり1.6グラム。畳半分ほどの大きさで1円玉2つ分よりも軽いくらい。文字通り、世界で最も薄いといわれる紙です。

開発したのは高知県高岡郡日高村にあるひだか和紙有限会社(鎮西寛旨社長)。典具帖紙の薄さは世界中の博物館や美術館、図書館などに注目され、貴重な文化財や古文書の修復に役立てられています。

手漉き業者が挑む限りなく薄い和紙づくり

日本にはいくつか有名な和紙の産地があります。ひだか和紙のある高知県は明治中期から和紙の生産を始め、タイプライター用紙や包装紙、コーヒーのろ過紙などを商品化。やがて、欧米に輸出するほど産地としての力をつけました。

創業当時から薄い紙を漉(す)くことが得意だったひだか和紙は典具帖紙と出合い、手漉き業者として培ってきた技で、これまでにない、限りなく薄い和紙づくりに挑んでいます。

文化財修復業界の需要に狙いを定める

典具帖紙は17世紀ごろに美濃(現在の岐阜県)で漉かれていた「薄美濃」という紙が元になったと伝えられています。1枚ずつ手で紙を漉いていたひだか和紙はロール状の商品が欲しいという需要家の声に応えて機械化を進め、OEM生産に力を入れました。

手漉きから機械製造に進化しても、透明の布のようにしか見えない

一方、薄い紙を漉ける独自技術を訴えるため、文化財修復に携わる業界にも売り先を広げました。自社の実力を発信するために手がけた典具帖紙はそれを必要とする業界に認められ、納品のたびに「もっと薄く」と厳しく注文されるほど、ひだか和紙への信頼も高まりました。

海外からも注目された薄さと丈夫さ

ひだか和紙が生産に乗り出したころの典具帖紙は現在ほど薄くはありませんでした。世界一といわれる今日の薄さを実現したのは「業界」からの熱い期待です。

多くの場合、傷みのひどい文書は修復する箇所の表と裏を薄い和紙で挟みます。サンドイッチに例えると、修復箇所が具材で和紙が食パンにあたります。紙は薄ければ薄いほどよい。しかし、破れては困る。その点、典具帖紙は薄くても丈夫であるため、限りない薄さを求められました。

修復処置をしやすくするため、バラバラになった紙面をつないだもの

薄くて丈夫という評判は修復に携わる世界中の関係者にたちまち知れ渡りました。海外でも傷んだ文化財や古文書の修復に使える薄い紙がなくて困っていたからです。

ひだか和紙の漉く紙は単に薄くて丈夫なだけではありません。それ以外にもさまざまなこだわりがあります。たとえば、ひだか和紙では薬品を一切使いません。原料の天然繊維だけで極薄の紙を漉いています。また、修復時は修復対象物に合わせた色で原料段階から染めています。なぜなら、典具帖紙は薄すぎて二次加工での着色ができないからです。「修復対象物に応じて着色した和紙には世界中から問い合わせがあります」(鎮西社長)。

作り手主導ではなく、使い手本位で臨む

鎮西社長は「紙の厚さに最適な原料や水の分量、機械を動かす速さなど、満足のいく製品にするための微妙な加減に最も気を遣います」と究極の紙づくりに寄せる苦労を明かします。

「しかし、作り手の都合だけで考えると楽をしてしまう恐れがある。そうならないように、使う人からの難しい注文を受けることで私たちの技術を磨いていきたいですね」(同)。

また、同社は納品時のアフターケアも徹底。紙の提供ばかりでなく、典具帖紙を使うための方法や事例の説明なども行い、使い手が典具帖紙をより上手に活用できるように心を砕いているのです。

このような地道な努力が実り、「現在、アフリカ大陸を除く、ほとんどの大陸で使われるようになりました」と鎮西社長は誇らしげに話してくれました。

抜群の威力?! 典具帖紙を用いた修復例でBefore/Afterを見てみる

では、一体ひだか和紙の作る「典具帖紙」はどれほど凄いのでしょうか? 実際に古文書の修復に活用された事例をピックアップして、文化財の修復前と修復後を比べて見てみることにしましょう。

まずは、修復前の状態。所々に虫食いなどの穴があり、複雑な折り目もついてボロボロです。一見して、傷みの具合が甚だしいことがわかります。ここから、「典具帖紙」を古文書の表裏両面に貼り付けて、修復していきます。

修復前の古文書。このままではミュージアムでの展示も難しい。

そしてこちらが修復後の古文書。強くて丈夫な「典具帖紙」で強化したため、修復前はあれだけしわくちゃだった古文書に折り目がなくなり、ぴしっとした状態になりました。また、「典具帖紙」の世界一薄い和紙としての特性が生きており、異物感がまったくありません。ごく自然に、もともとの古文書とよく馴染んでいます。

典具帖紙で「ライニング」した修復後の状態。和紙の存在を感じさせない自然な仕上がり。修復前に比べると驚くほど見た目が整った。

ためしに補強箇所を拡大してみましょう。ここまで近づくと、極小の繊維が縦横に走っている通り、確かに典具帖紙を表裏に当てて補強していることが見て取れます。薄くて丈夫な典具帖紙の実力、わかっていただけたでしょうか?

上の写真の右下あたりを拡大したもの。和紙の繊維が見える。

「和紙」は文化財保存修復業界における共通言語

典具帖紙が国内外の文化財修復に果たした手応えについて、鎮西社長は「和紙は文化財保存修復業界における共通言語です。その働きが文化や歴史を次の世代につなげていくハブになれたらいいなと思っています」と振り返ります。

その言葉を裏付けるように、海外で活躍している修復師の一人は「どんなに良い材料でも使えなければ良さは分からないし、広がりもしません。本当に良いものは繰り返し使われることで必要性が定まると思うのです。日本の伝統材料が現代の方法を用いて国内外で利用されれば、他の分野のレベルも上がるし、経済支援にも役立つでしょう」と和紙による文化交流への期待を語ります。

伝統の技術を生かしながら需要を探る

もちろん、ひだか和紙が手がけているのは典具帖紙だけではありません。独自技術による薄い和紙からオーダーメイドの製品までたくさんの種類を揃えています。薄い和紙の名刺制作など、使用用途を限定しないアイデアの収集活動にも努めています。

2枚と同じものがない典具帖紙の名刺

「和紙を取り巻く環境は近年、非常に厳しいですが、世界に目を向ければその価値を認めてもらえる環境があります。にもかかわらず、国内の和紙に携わる人たちの多くはそのことを知りません」。鎮西社長はそのように危機感を募らせます。

「一方、原料の一つである楮(こうぞ)の樹脂を取り除く方法を高知県と共同で研究する取り組みなどにも力を入れています。まさに、伝統の技術を生かしながら、科学的な目線で現代の需要に応えていきたい。それだけに、和紙に関心のあるたくさんの皆さんの力をお借りしたいと思っています」と呼び掛けています。

しなやかで、強(したた)かな典具帖紙のありさまは、わが国古来の伝統工芸の力で世界に挑むひだか和紙の姿をそのまま映しているようです。

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