日本文化の入り口マガジン和樂web
9月22日(水)
元始、女性は太陽であった(平塚らいてう)
日本文化の入り口マガジン 和樂web
日本文化の入り口マガジン 和樂web
9月22日(水)

元始、女性は太陽であった(平塚らいてう)

読み物
Craft
2019.12.28

京都土産におすすめ!老舗「竹笹堂」でオリジナル和紙小物、金封をつくってみた!

この記事を書いた人

もはやメールさえガラパゴス化した感ありありな今日このごろ。雑誌編集の現場での「文字校正」なんていうアナログな仕事にも、修正部分を写メってSNSで届ける…なんてことは日常茶飯事です。文字を書くとか、紙に印刷されたものを読むなんて、ナンセンスなのかしら…?

ずーっとずーっと昔の大昔、伝達手段や保管手段としては岩や石の壁に絵で記したり、文字が生まれてからは書いたり彫ったり。世界の四大発明のひとつでもある印刷技術は、6~9世紀の発明とされていますが、中国から日本に木版印刷が伝来したのは飛鳥時代の8世紀。仏教の経典を広めるために必要な技術でした。

平安時代には経典の大量生産で徳を得ようと、手で書き写すのではなく木版の手摺りによる「摺経供養(すりきょうくよう)」が流行したのだとか。平安後期に末法思想が広まると、人々は経典だけでなく仏の姿もたくさん描いて救いを求めました。こうして誕生した「印仏(いんぶつ)」や「摺仏(すりぼとけ)」によって、日本の木版印刷は絵画性を得たのです。

そして江戸時代。江戸暮らしの庶民や下級武士たちは、屋台や茶店で美味しいものを食べたり、芝居を見たり、地方へ旅に出たり。そんな庶民文化が大いに華やいだなかで流行したのが浮世絵でした。浮世絵版画の人気は江戸の町にとどまらず、出稼ぎに来ていた労働者や武士たちの里帰りの恰好の江戸土産にもなったのです。さらには北斎の〝ビッグウェーブ〟(冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏)をはじめ、ヨーロッパでも大人気に。浮世絵が日本の木版印刷技術を磨き、木版印刷によって浮世絵は日本を代表するビジュアルアートになり得たのです。

そんな木版印刷技術は、ネット社会となったこの現代にもじつは息づいています。例えば、街中でかわいらしい絵柄のぽち袋や、工芸品のように美しい絵はがきに目がとまることはありませんか? それ、もしかしたら木版印刷によるものかもしれません。

京都は〝かわいい紙もの〟の宝庫!

「鳩居堂」をはじめ、「嵩山堂はし本」や「ぴょんぴょん堂」など、京都には木版印刷による和紙小物を商う店がいくつもあります。そんな店のなかで訪れたのが、西洞院通と新町通りの間の細い路地に木造の小さな店を開く「竹笹堂」です。江戸時代の浮世絵版画と同じような手法で、オリジナル商品がオーダーできるのです。

静かな路地に、かわいらしい店を構える「竹笹堂」。

明治24(1891)年、木版印刷工房として創業した「竹中木版」が展開する「竹笹堂」は、木版画ならではの風合いや色柄の、ぽち袋やはがきなどの紙製品やオリジナルの版画作品で人気の木版工房です。かわいらしい商品を制作販売するだけでなく、木版印刷の技術が飛躍的に発達することとなった浮世絵の復刻や古い版木の復刻をはじめ、日本が誇る木版印刷の研究や技術の継承などにも尽力する老舗です。

木版印刷の大きな特徴は、分業によって成り立っているところ。浮世絵を例に挙げると、①絵師が原画を制作、②彫師が原画をもとに色分けをして平らな板に彫りを施して版木を制作(多色摺りは色数ごとに彫り分けるので版木は複数枚に)、③摺師が原画をもとに色を調合して和紙に摺る(多色摺りは、色ごとの版木を摺り重ねる)と、3つの工程に分かれます。

全てをひとりが担うより、それぞれが専門的な技術を磨いていったからこそ、産業として大きく発展し、日本の浮世絵は世界的にも高く評価され、熱狂的に受け入れられたともいえるのです。あの北斎や歌麿でさえ、腕のいい彫師や摺師の存在がなければ名作を生み出すことはできなかったでしょう。

使い捨ての包装紙にも美学あり!

竹中木版は代々摺師の家系です。木版印刷の技術を研鑽しながら、現当主で6代目。そんな竹中木版が展開する「竹笹堂」は商品をつくるだけではありません。美術館や博物館、学術的な研究機関などと協力して古い版画や版木を調査、幻となってしまったかつての技術の復活などにも尽力を続けているのだとか。

竹笹堂の木版印刷の高い技術や、長い間に培われてきた工芸としての美しさは、京都のさまざまな老舗からの信頼も厚く、和菓子の掛け紙などにも採用されています。キレがあったり揺らいだりといった人の手が彫り出した独特な線や、版を重ねることで生み出される多色摺りの風合いなどは、やはり木版印刷ならではのもの。使い捨てを前提とした商業印刷にさえ、美しさや楽しさを表現するのは、日本人らしい美意識かもしれません。

竹笹堂のポチ袋にも、現代の機械印刷にはない木版印刷の風合い、デザイン、色合いと、工芸品ならではの美しさが。

そんな竹笹堂ではオリジナルで木版印刷の金封などの制作が可能。しかも金封を例にすると、最小ロットは100枚! 千や万の単位になると個人消費では現実的な数ではありませんが、100枚なら便利におしゃれに使いこなせそう…ではありませんか? ということで、和樂本誌のシリーズ企画「生活の中のニッポン美を知る④祝儀袋」の取材で、記者が竹笹堂で実際に制作したオリジナル金封を例に、木版印刷によるオリジナル品制作の流れをご紹介します。

さぁ、オリジナルの手摺り木版印刷で金封をつくってみよう!

【手順①】
まずはどんなデザインのものが欲しいか、大まかでもいいので考えましょう。こんな感じかな…と描いてみるとイメージしやすいもの。絵が得意でなくても大丈夫! 記者は名字から連想して「三つ笹紋」を使用した、「お稽古事の月謝やちょっとしたお礼などにも使いやすい無地に近い封筒」を想定。オリジナルの木版印刷なのに無地っぽい…という矛盾をどうクリアするつもりだったのでしょう(笑)。

竹笹堂で木版スタイリストという肩書をもつ加藤光穂さんとの打ち合わせ(取材風景を撮影するため店舗奥の事務所にて)。右の画像に写っているのが、打合せ時に持参した「三つ笹紋」をコピーしたもの。封筒の形に折ってみたら「のぞき紋」になっていい雰囲気に!

【手順②】
店舗を訪問し(要予約)、絵やデザインのプロでもある竹笹堂担当者と打ち合わせ。このときにメモ程度の走り書きでもいいので、イメージしやすいものがあるとスムーズです。持ち込んだものを実際の版下(下図)として使用することも可能。色や和紙の種類なども相談します。

記者は、封筒の表面から裏面へと「三つ笹紋」がつながるようなデザインを提案。これは「のぞき紋」という伝統的なデザイン手法で、単純な絵柄ほど粋な表現になりそう。「いいですね!」と加藤さんにも賛成していただき、デザインは早々に決定。しかし…悩んだのは和紙の種類と絵柄の色でした。伝統紋様をデザインしたものだから色でオリジナリティを出したいという思いもあり、純白の和紙にさわやかな萌黄色の三つ笹紋と、オフホワイトの和紙に胡粉(貝殻を粉にした真っ白な顔料)の三つ笹紋の2案で進行することに。

左は、黄味がかった色の和紙に胡粉で摺った通常商品。和紙の色合いと白い顔料で柄を生み出すのも素敵です。

【手順③】
デザイン画(封筒として仕立てられる前の展開図)が完成し、実際の仕様に仮仕立てしたものを確認。来店の必要はなく、メールや郵送などで届けられます。編集部には、萌黄色で三つ笹紋をプリントしたものと、線画で胡粉のイメージを表したものが届きました。う~ん、やっぱり「パッと見はただの白い封筒、よく見ると白い胡粉で印刷されてる!」っていうのが面白いかなぁ…でもせっかくのオリジナル品なんだからもう少し主張したほうがいいかなぁ…と悩んでいたところに、編集長から「雲母摺(きらずり)にしたら?」という提案が。そう、それそれ! 

雲母摺りは角度によってキラキラして見える鉱物の原料を絵具として用いた表現で、浮世絵の背景に使われることも。2020年を「浮世絵イヤー」として、本誌の特集企画から単行本の制作、商品開発など、さまざまに展開している和樂らしいものができそうではありませんか。ほんのりベージュがかった和紙に、控え目かと思いきや結構な自己主張ありという雲母摺りで決定!

光る粉のような雲母は鉱物の一種。光沢が強いため日本では「きら」や「きらら」とも呼ばれています。

【手順④】
デザイン画を写して手彫りされたオリジナル版木を制作。その後、実際の絵具と和紙を使った見本摺りが手元に届くので、色合いなどを確認します。

【手順⑤】
手摺りした和紙を裁断、糊付けして封筒に仕立てられ、手元に到着。世界にひとつのオリジナル品の完成です。あたたかみのある和紙の色や風合いに、品良くキラキラと光る雲母による3枚の笹の柄。使うのがもったいないくらいの、うっとりする出来栄えです。竹笹堂の職人の手によるオリジナル品、大満足の仕上がりとなりました!

表から裏へと柄が続くようににデザイン。今回は打合せ時に持ち込んだものを版下として使用したため、デザインやレイアウト料はかからず、版木制作と資材、手摺り、加工費合わせて100枚製作すると、1枚あたり1,150円に。(同じものの2回目以降の注文には版木制作、デザイン代などは発生しない。)

オリジナル木版製品をオーダーできるのは…京都の老舗木版画工房「竹笹堂」

「竹笹堂」公式ホームページ
11時~18時(店舗) 水曜・年末年始休 ※オーダーに関してはまずは電話を。つくりたい品、枚数、期日、おおよその制作費などをご確認の上、京都店舗での初回打合せの予約が必要です。

撮影 伊藤 信、唐澤光也

書いた人

フリーの編集・ライター。 サーファーガールのファッション誌やアイドル誌、情報誌を経て、まったく畑違いの和樂に誘っていただき早や18年! ここのところ、50歳を過ぎての初ひとり暮らし(失笑)が楽しくて仕方なく、パンを焼いたり梅干漬けたり、パンを焼いたり味噌仕込んだり、パンを焼いたりキムチ漬けたり、パンを焼いたり塩麹つくったり、、、な日々。