Culture
2020.07.28

トイレでお尻を触る変態?オスしかいない?カッパの生態が面白すぎる

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頭に丸い皿を乗せ、背中に甲羅を背負い、突き出たくちばしのような口をもち、キュウリが大好物の妖怪といえば…そう〈河童〉だ。
川や池など水辺に棲むとされるこの伝説上の生きものは、日本列島の青森県から沖縄県にいたる全国諸地方に伝承が残されている。
本物を見たことはなくても、河童を知らない日本人はいないだろう。女の子の断髪は「おかっぱ」と呼ぶし、なんとも思わないことを「屁の河童」なんて言ったりもする。某有名回転寿司チェーンの店名も河童だ。注文すれば河童の好物、キュウリを海苔で巻いた「かっぱ寿司」が出てくる。

アニメに文学にと知名度の高い河童だけれど、その正体は謎に包まれている。いったい河童はどうやって生まれたのだろう?好物があるなら、苦手な食べ物もあったりするのだろうか。特技は?趣味は?河童の性格を探ってみると、意外な一面が見えてきた。

中国の書物に記された河童的なもの

国立国会図書館デジタルコレクションより『水虎十弐品之圖』(江戸後期)

河童の伝承が今日の形に整ったのは江戸時代だといわれている。ではそれ以前に河童はいなかったのかというと、そうでもなさそうだ。そもそも江戸時代の化け物たちの参考とされたのは『本草綱目』や『山海経』などの中国の書物。そこに記載されている河童もどきは蛇に似て、四脚であり、竜に似た姿をしている。平安時代末期の説話集『今昔物語』に登場するものも、蛇や竜に近い。〈水虎(すいこ)〉とも呼ばれるこの未知の生きものは、江戸時代にことさら妖怪談仕立てになり、私たちのよく知る今の姿になったようだ。

河童はどこからやってくるのか?

ずっと気になっていたことがある。いったい、河童はどのように生まれるのだろう?「河童なんていない」と一蹴されてしまうとそれまでなのだけど、人の子が人から産まれるように、河童にだって生い立ちがあるはずだ。

河童の生まれについてはいろいろある。今回は、特に私が気に入っている説を紹介しよう。

河童は人形たちの成れの果て?

昔、たかたん番匠という高名な大工がいた。城を造るように頼まれた彼は、魂を入れた人形をたくさん作って、これに仕事を手伝わせたという。人形のなかには怠ける者もいたので、大工は木槌で頭を叩いた。すると次第に人形たちの頭の上が凹んできてしまった。やがて城は無事に完成し、人形たちは行き場を失くした。「わしらはこれからどうしたらよいか」と泣きつく人形に大工は「お前どものようなものは人の尻でも取って食え」と言い放った。人形たちは河に入って住み、河童となり人の尻子玉を取って食うようになったという。

河童の好む「尻子玉」とは、人間の肛門内にあると想像された架空の臓器で、これを抜かれると人は死んでしまったり、力が抜けたりするらしい。河童が尻子玉を好んで抜くようになったのは、どうやら大工の仕打ちを恨んでのことのようだ。

キュウリにナス、カボチャ…河童は夏野菜が大好き


河童の好物といえば、言わずと知れたキュウリ。彼らはとりわけ太ったキュウリが好きなようで、畑に盗みに入ることもある。意外にもグルメで、キュウリのほかにカボチャにも手をつけるというから、どうやらウリ科のものが好みなのかもしれない。地方によってはナス畑にも現れるとか。

河童にはもう一つ好物がある。人の肝だ。河童が人を水のなかに引き込むのは、尻子玉や肝を取るためだと言われている。しかしその手に入れ方は迷惑千万。子どものような手で、あるいは舌先でお尻を撫でるというもの。

河童は男女かまわず撫でまくるヘンタイだった

そう、河童は人間のお尻が大好きらしいのだ。冷たい舌で人のお尻をなめてくることもある。河童はオスばかりでメスがいないから女性のお尻のほうが好きだといわれるが、民間伝承を読んでいると、どうも女性のお尻だけを狙っているとは思えない。

長野県にはこんな話が残されている。トイレに行くといつもお尻を撫でてくる手があるので女性たちは困っていた。そこである男が女装をしてトイレに忍び込み、見事、お尻を撫でてくる手首を捕まえたらしい。伸びてくる河童の腕を手に入れた話はたくさんあるが、河童が触るのはお尻だけではない。
山形県では、武士が河童のようなものに男根を掴まれたという話が残されているし、寺の坊主までが被害にあっている。河童は男女関係なく手を出していたか、それぞれ好みがあったのかもしれない。

人の肝が欲しい河童たちは、手紙を出して人間をおびき寄せることもある。こんな話が残されている。

娘が歩いていると、突然若者が現れて淵(深く水を湛えたところ)へ手紙を届けてほしいと託される。それを持っていくと、向こうから旅の六部が来て、その手に持っているものは何かと訊ねるので娘は事情を説明した。手紙を開いてみると白紙で文字もない。不審に思った六部が紙を水に浸すと「この娘を取って食ってもよろしく候」と河童の書いた文句が現れる。これは大変、このままでは娘が河童に食べられてしまうと考えた六部は「食べるのでなく金を多く与え申すこと」と書き直した。目的地にたどり着くと、淵から美青年が現れるのだが、手紙を読むと嫌な顔をしつつも娘にお金を渡したという。

河童は、人の文字も扱えるし、河童独自の文字も持っている。「河童文字」は、一見すると筆でぬりたくってあるだけで文字のようには見えないが、実は工夫が施されており、水に浸すと読めるようになっている。傍目には、宛名も何もない、ただの白紙というわけだ。これを手渡されて、気づかずに目的地へ手紙を届けてしまうと河童に出くわして恐い思いをすることになる。

河童の苦手なもの。キーワードは「金気」

そんな河童にも苦手なものがある。金気のものだ。
河童を池に住みつかせないために、新しく池を作った際には、水底に河童の嫌いな鉄の物を埋めたといわれている。包丁や鉄砲を向けて河童を追いはらった、なんて話も残されているから、どうやら河童は根っから金気の物を嫌っているようだ。

「蓼(タデ)食う虫も好き好き」に出てくるタデは初夏の味覚の風物詩。

「蓼(タデ)食う虫も好き好き」のことわざでお馴染みのタデという植物も、河童が苦手としているものの一つ。ほかには鹿の角が魔除けの効果があると信じられていたようで、かつて漁師はお守りとして身につけていたという。

ところで、河童の邪魔をしたり傷つけたりすると河童はひどく祟るので注意したい。河童をやっつけた漁師は高熱をだして死んだというし、針を海に落としたせいで海に引きずり込まれそうになったり、タデで河童を追い払った人は毒にあたって死んでしまったなんて話も残されているから、河童に対峙するときは注意が必要かもしれない。

趣味は相撲。しかも強さは横綱級。


やたらに自分の姿を人目にさらすことのない河童だけれど、人を見るとどうしても我慢できなくなることがある。それが、相撲だ。民間伝承には河童に戦いを挑まれた話がたくさんある。

河童は小さいが、とてもすばしこい。真っ直ぐに飛んで来ては体当たり寸前でヒョイとよけ、脇の下をすり抜けて背後に回る。捕まえたかと思えば、体はヌメヌメするし生臭いから苦しい戦いになる。その上、当事者には見えても第三者の目には河童が映らないから、傍から見るととても滑稽に映る。

こうして一人相撲をとったあとは熱を出して寝込んだり、発狂したりしたようになるというからたまらない。しかも相撲好きだから、相手をしだすと何匹も出てきてやっかいだ。となると、河童と相撲なんて誰もとりたくないはずなのだけど、それでも勇敢に立ち向かった話が残されているのには訳がある。なぜなら、河童が相撲を挑む相手は腕自慢の土地の力士ばかり。人間の力士のほうも、河童にそそのかされてしまっては腕を試さずにはいられなかったのだろう。

おわりに

人を池に引きずりこんだり、お尻を触ってきたりと迷惑な悪戯ばかりする河童だが、水の神として崇められてきた歴史もある。河童伝承の背景には水霊信仰があり、今に残る民間伝承や伝説が神話に根差したものであることを伝えてくれる。子どもの姿で現れる河童は魚を贈ってくれたり、田植えの作業を手伝うなど心優しい一面もあるそうだ。ただし、その恩恵にあずかれるのは心の素直な者だけとも言われている。世代を超えて河童が愛される理由が少しわかった気がする。

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参考文献:『河童の世界』石川純一郎、時事通信社、1985年
アイキャッチ画像:『百怪図巻』より「かわつは (河童)」 佐脇嵩之 wikimedia commonsより

書いた人

文筆家。12歳で海外へ単身バレエ留学。University of Otagoで哲学を学び、帰国。筑波大学人文学類卒。在学中からライターをはじめ、アートや本についてのコラムを執筆する。舞踊や演劇などすべての視覚的表現を愛し、古今東西の枯れた「物語」を集める古書蒐集家でもある。古本を漁り、劇場へ行き、その間に原稿を書く。古いものばかり追いかけているせいでいつも世間から取り残されている。