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2020.10.02

日本最後の斬首刑囚となった美女、高橋お伝。男に翻弄された人生とは?

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斬首刑(ざんしゅけい)とは、罪人の首を刃物により胴体から切断する刑罰。明治12(1879)年、この斬首刑で亡くなった1人の女性がいました。名を高橋お伝と言います。日本刀で打ち首にする死刑執行方法は、翌年から廃止に。そのためこの刑を受けたお伝は、最後の斬首刑囚となりました。毒婦として知られているお伝の生涯を追ってみたいと思います。

男に翻弄される人生

お伝はなぜ、恐ろしい刑を受けるような罪を犯してしまったのでしょうか?その要因の1つに恵まれない家庭環境があったようです。母親が奉公していた沼田藩の家老との間に出来た不義の子だったため、生後すぐに養子に出されます。

美しい娘に成長したお伝は19歳で高橋浪之助(たかはしなみのすけ)と結婚。美男美女だった若夫婦は、周囲から羨ましがられたと言います。しかし、幸せは続きませんでした。浪之助が不治の病に侵されてしまったのです。病気治療のための借金を抱え故郷に居づらくなった2人は、都会に出てひっそりと暮らし始めます。生活は困窮しますが、お伝は見捨てること無く懸命に看病します。そしてついには娼婦になって夫を支えます。けれどもその努力もむなしく浪之助は亡くなってしまいます。

傷心のお伝は、その後仲買人の小川市太郎と恋仲になります。お伝は尽くしますが、市太郎はろくでなしの博打好きでした。働こうとせずに遊んでばかりなので、借金だけが膨らんでいきました。

切羽詰まって起こした犯行

追い込まれたお伝は、知人の古物商の後藤吉蔵に借金を頼みます。吉蔵は美貌のお伝の魅力に抗えず、一夜を共にすることを条件に工面することを約束します。夫婦を装って旅籠屋で宿泊する2人。翌日になると、翻意した吉蔵は「金は貸せない」と言い出します。裏切り行為に逆上したお伝は、突発的に剃刀で吉蔵の喉を切って殺害してしまいます。不審に思った宿の主人が死亡している吉蔵を見つけて警察に通報。その後の捜査で逃亡したお伝の身元が割れます。

小説や歌舞伎で毒婦として描かれたお伝

こうして吉蔵殺害の罪によって、お伝は斬首刑となるのです。お伝が市太郎の名を呼びながら暴れたため、処刑人が何度も切り損ねたと伝えられています。愛する市太郎の面会を控えていたからとも言われ、哀れを感じます。

その後、お伝をモデルにした仮名垣魯文(かながきろぶん)の小説や、河竹黙阿弥(かわたけもくあみ)による歌舞伎が上演されて大ヒット。物語の中では夫の浪之助をも殺害し、男達を手玉に取る毒婦として描かれていたことから、毒婦のイメージが浸透していったようです。

東京・台東区にある谷中霊園のお伝の墓には、今も手向けの花が絶えません。波乱に満ちた人生に対しての同情と、詣でると三味線が上達するというジンクスがあるからだそう。この墓はお伝の三回忌に仮名垣魯文が中心となり、歌舞伎役者などが寄付を行い建立されました。彼らには、毒婦として広めてしまった罪の意識があったのかもしれませんね。

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書いた人

幼い頃より舞台芸術に親しみながら育つ。一時勘違いして舞台女優を目指すが、挫折。育児雑誌や外国人向け雑誌、古民家保存雑誌などに参加。能、狂言、文楽、歌舞伎、上方落語をこよなく愛す。ずっと浮世離れしていると言われ続けていて、多分一生直らないと諦めている。