300年続いてきた菓子屋の理由、知りたいでしょ?
京都一の花街・祇園町で少なくとも江戸時代中期から菓子屋を営む「鍵善良房」(以下、鍵善と記す)。大名物「くずきり」、和三盆糖の干菓子「菊寿糖」をはじめとする美しい菓子、また日本で初めて木漆芸の部門で人間国宝となった黒田辰秋の手がけた棚が見られるなど、”ネタ”の尽きない店である。
その割には、つっこんだエピソードは秘められた店だった。300年続く老舗なので、それも当然かと思っていたけれど、あるとき、気持ちを奮い立たせて話を聞いてみることに。それはコロナ禍すぐ、ショーケースにいつも並んでる落雁の折詰「園の賑い」(写真上右)の木箱の上に、「製造中止」の紙を見たときのこと。「だれもが時間をもて余している今、この箱を埋めることはたやすいのでは?」できない理由が、ショーケース越しにこの店を見ているだけでは、ひとつも想像できなかったのだ。
15代目主人・今西善也さんの導きによって、本店2階の工場に立ち入ることができた。「園の賑い」や「ひな菓子」(写真上・一部)などに入る落雁は、米の風味が命なので、干菓子といえども鮮度を大切にしていること。木型に粉を押し込めて正確に打つには、職人にもリズムが必要で、数を打ち続けることから生まれること。今西さんの解説と職人の手元を見るにつれ、「コロナ禍の時間のあるときに、ちょっとずつでも打って、つくりためておけばいいのに」といった考えが、トンチンカンだったことに気づく。おいしさを守るがゆえに、看板菓子「園の賑い」を製造中止にする決断。売れるものならなんでも売る空気が漂うあのころ、鍵善の菓子づくりに心が動かされた。
鍵善の和菓子を彩るアーティスト
いざ「舞台裏」をのぞいてみると、菓子づくりと直接関わらないところにも、プロフェッショナルの仕事がこの店を支えていることを知る。たとえば鍵善で使われている包み紙(写真下)。デザインしたのは雑誌『ひまわり』や『それいゆ』の誌面で挿絵を手掛けていた人気画家の鈴木悦郎(1924-2013年)。驚いたのは、干菓子の意匠も鈴木悦郎が手掛けていたこと。
今でこそ、外部スタッフに店のブランディングやデザインを依頼するのは珍しい話ではないが、鍵善の歴代主人は早くからアーティストたちの手を借りて、美意識を磨いてきた。こういった試みも、この店が江戸時代から今に至るまで人を惹きつけてきた秘密のひとつだと思うが、これも本書の中で明かされている。
『鍵善 京の菓子屋の舞台裏』
サトウキビの収穫と和三盆糖づくり、葛の精製やその材料を使ったさまざまな菓子づくりも大公開。眺めているだけで胸キュンになる菓子たちと、菓子を支える凄腕の職人たち。いつの時代も手仕事を追求する鍵善主人の思いが率直に語られる。どんな分野のものづくりに携わる人にも興味深い一冊となっている。
【書誌情報】
『鍵善 京の菓子屋の舞台裏』
著:今西善也
定価:1980円(税込)
体裁:A5変形版/144頁
発売日:2024年11月1日