織太夫さんの定点観測スポット?
織太夫さんは、上京した時に必ず立ち寄る場所があります。「新幹線で東京駅に着いたら、丸の内駅舎のドームの写真を撮影して、Xに投稿しているんですよ」。毎回行われているため、同じように真似て投稿されるファンもおられるようです。大正3(1914)年の創建から戦災で焼失したものの、平成24(2012)年に復原された美しい八角形の天井は、見ほれるほどの美しさ。「私はプリンアラモードが好物なのですが、プリンに似ていると思いませんか?」と織太夫さん。中央の茶色がカラメルで、周囲の黄色がプリンに見えてくるような……。

いつもはドームの下から見上げておられるとあって、今回は違う場所から眺めていただきました。しっかり撮影もされていましたので、Xに投稿されるかも!?

近松門左衛門が生み出した超ロングランヒット作
『国性爺合戦』の作者は近松門左衛門です。よく知られている、世話物※1の『曾根崎心中』とは全く違う、スケールの大きな時代物※2で、その幅広い才能に驚かされます。正徳5(1715)年に大坂・竹本座で初演されると大きな反響を呼び、17か月にわたるロングランを巻き起こしたのだとか。「私が聞いたところでは、劇団四季の『キャッツ』のロングラン公演が行われるまでは、記録が破られていなかったそうですよ」。いかに、当時の人たちが熱狂したのかが、伺い知れるエピソードです。
『国性爺合戦』とは、このような物語です。
中国大明国の皇帝・思宗烈(しそうれつ)は、家臣の裏切りに遭い、韃靼国(だったんこく)の軍勢に殺されてしまいます。皇帝の妹・栴檀(せんだん)皇女は船で落ち延び、日本の平戸(現在の長崎県平戸市)に漂着して和藤内(わとうない)と出会います。
和藤内の父は明の家臣でしたが、皇帝の怒りを買ったために日本に逃れて、老一官(ろういっかん)と名を改めていました。そして日本人の妻を娶り、もうけたのが和藤内だったのです。栴檀皇女から明が滅亡の危機と知った和藤内と老一官夫婦は、祖国を復興するために中国へ渡ります。
実は、中国には老一官と先妻との子、錦祥女(きんしょうじょ)がいました。今では韃靼に仕える名将・五常軍甘輝(ごじょうぐんかんき)の妻となっているため、娘を頼って甘輝を味方につけようとの思惑でした。和藤内一行は、甘輝の城にたどり着きます。
(※2)作品の時代を江戸時代より以前の時代に設定した演目のこと。

主人公の名前は洒落?中川家もビックリのナンチャッテ語も!
初日に『国性爺合戦』Aプロを拝見したところ、幕が開くなり、通常の文楽の公演では珍しい中国の雰囲気を醸し出す舞台装置で、ワクワクしました。最初の段「楼門(ろうもん)の段」を、織太夫さんが語られます。和藤内一行がたどり着いた、大きな城門がそびえ立つこの場所で、ドラマチックな物語が展開。「近松は、日本初のミックスキャラを主人公に持ってくるところが、すごいですよね。当時鎖国時代だったことを考えると、未知の中国を舞台にした活劇で、きっとスター・ウォーズ級の衝撃だったと思いますよ」

私はこの作品は初めてだったのですが、ハラハラドキドキの連続で、退屈している暇などないほどで、楽しめました。まさしくスター・ウォーズ! 「和藤内の名前は、和(日本)でも唐(中国)でもないという意味をかけた洒落だと言われています」。近松って、愉快な人物だったのですね……。
物語のなかで、「びんくはんたさつ。ぶおんぶおん」と兵たちが詞(ことば 台詞)を発するところががあります。織太夫さんにお尋ねをしたところ、「漫才コンビの『中川家』が、中国語らしい独特の言葉を話すネタがありますよね、あれと一緒なんですよ」との回答。ええ!! 意味がなかったのですか!? 中国語風味を出すためのナンチャッテ語だったとは、近松面白すぎます!
スペクタル活劇の語りは、迫力と共に優美で繊細
「楼門の段」では、幼い時より離れ離れで暮らしていた錦祥女と老一官の再会、義理の関係である母と娘とが、お互いを思いやる心情が描かれます。キャラが立つスーパーマン的な和藤内が主人公の活劇でありながら、とても優美で繊細さも感じる語りでした。
「書道でいうところの、トメ、ハライを端々にまで気を行き届かせるように語っていますね。45分の間集中力が途切れないように心がけています」。優美と感じたのは、曲風がそのように作られているからだそうで、大和風(やまとふう)と呼ぶと教えていただきました。「竹本大和掾(たけもとやまとのじょう)※3が残した大和風というのが残っていて、非常に優美な音遣(おんづか)い※4で聴かせるのに特徴があるのです」。勇壮なだけではない、大和風「楼門の段」の語りに浸れるのも、『国性爺合戦』の醍醐味と言えそうです。
(※4)素読み(抑揚のない読み方)と異なり、旋律や抑揚など音楽的な技法を用いて劇的に語る技法。

衣裳や効果音など、異国情緒漂う魅力
今回の公演は、無料のプログラムが配布され、演目の間には技芸員の解説が挟まれているので、文楽を初めて観る人にはうってつけです。「物語もわかりやすいですし、普段の人形では見られない中国の珍しい衣裳や、ドラの音が鳴ったりと異国情緒にあふれています。そうそう、途中で鉄砲の音も入りますしね」。文楽を観てみたいけれど、その機会がなかったという方、体験してみては、いかがでしょうか?

インタビュー・文/瓦谷登貴子 撮影/篠原宏明
参考書籍:『ビジネスパーソンのための文楽のすゝめ』竹本織太夫監修 実業之日本社
竹本織太夫さん出演情報
国立劇場 第57回文楽鑑賞教室
令和7年12月公演 『国性爺合戦』Aプロに出演
『万才』、解説・文楽の魅力 、『国性爺合戦』のプログラム
※AプロとBプロで出演者が変わります。
■期間:2025年12月4日(木)~12月18日(木) 東京芸術劇場 プレスハウス(JR・東京メトロ・東武東上線「池袋駅」西口より徒歩約2分・駅地下通路2b出口直結)
■開演時間:
午前午前11時開演(午後1時45分終演予定)
午後2時30分開演(午後5時15分終演予定)
※17日(水)は午後2時30分開演のみ
■観劇料:学生2000円 一般(1等席)6000円 (2等席)4000円
◎Discover BUNRAKU 外国人のための文楽鑑賞教室
12月17日(水)午後6時開演(午後9時終演予定)
竹本織太夫さん出演のAプロの公演
※日本語・英語のイヤホンガイド無料貸出 多言語プログラム無料配布
公演の詳細な内容:日本芸術文化振興会
https://www.ntj.jac.go.jp/schedule/kokuritsu_s/2025/0712/
チケットの申し込み:国立劇場チケットセンター
https://ticket.ntj.jac.go.jp/
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