Culture

2024.02.15

世界で「BUNRAKU」が流行中! 文楽を取り入れた人形劇団「Blind Summit」が日本初上陸

江戸時代に大坂でうまれた人形芝居「文楽」。1体の人形を3人で操る「3人遣い」を世界で初めて発表したのは、文楽だという。3人で動かすことで生まれる人形の複雑な表情は、伝統芸能として世界で評価されてきた。 しかし21世紀になると、伝統芸能としてだけではなく、海外の現代人形劇アーティストの間で「BUNRAKU」という言葉が流行。日本人の想像を超えた文楽の“とある要素”が支持されているそうだ。日本人だけが知らない、BUNRAKUの世界的流行とはどのようなものなのか。世界中の人形劇に精通する研究者・山口遥子さんに聞いてみた。

尚、聞き手はオフィスの給湯室で抹茶をたてる「給湯流茶道(きゅうとうりゅうさどう)」。「給湯流」と表記させていただく。

ヨーロッパの人形劇より100年早かった? 17世紀には都市の劇場で公演された文楽

給湯流茶道(以下、給湯流):まずは、世界における文楽の歴史について教えてください。

山口遥子(以下、山口):世界中にはいろいろな人形劇の歴史があります。そのなかでも、いち早く専用劇場を持ち発展したのは、文楽といえると思います。

まだ人形を一人で動かしていた時期の文楽のようす。内海繁太郎 著『人形浄瑠璃と文楽』,白水社,1958. 国立国会図書館デジタルコレクション(一部拡大)

給湯流:え、それは知らなかった!

山口:17世紀の中ごろ、文楽は都市の中に劇場をつくって上演していました。これはヨーロッパと比べると、かなり早いと思います。

給湯流:そのころ、ヨーロッパの人形劇はどんなものが主流だったのでしょうか?

山口:17世紀~18世紀のヨーロッパでは、旅芸人が市場(いちば)などに来て路上で人形劇を披露しました。人形遣いの専門家ではなく、いろいろな副業をしながら移動した例もあるようです。当時は市場で人形遣いをしつつ、お客さんの歯の治療もやる人がいたとか。

給湯流:ええ! それは面白い(笑)。人形をあやつる人は手先が器用で、虫歯を抜くのも上手だったのでしょうか。

〔栗原信充//画〕『肖像集 9』稲葉一鉄・近松門左衛門,写,〔江戸後期〕. 国立国会図書館デジタルコレクション

山口:台本の点でも、文楽は独特ですね。例えばフランスやドイツでは、著名な作家や劇作家が人形劇の台本を書くようになるのは主に19世紀末から20世紀になってからです。それまでは即興的な内容も多く、そもそも台本が残されない場合も多くありました。ライバルに盗用されるのを避ける意図もあったようです。

給湯流:なんと。当時のヨーロッパの人形劇は、即興だったのですね!

山口:劇作家・近松門左衛門が文楽の台本を書いていたのは、それより200年早い。17世紀末から18世紀初めです。そして近松は、押しも押されもせぬ日本の劇作家の代表ですよね。一国の舞台芸術界で人形劇がそれほど重きをなしたという例は、世界的に見てもあまりない。それを考えると、文楽が世界の人形劇界で尊敬を集めるのも納得だなと思います。

給湯流:世阿弥が書いた「風姿花伝」は、世界最古の演劇論などといいます。近松も、人形劇論を確立していたとか?

山口:近松が論じたとされる「虚実皮膜論(きょじつひにくろん)」(※1)は1738年に発表されました。これは世界最古の人形劇論として国外の人形劇界で広く認知されています。

給湯流:それはすごい!

山口:実際に何が書いてあるかを日本語で読んだことがある海外の人は、ほとんどいないと思います。ですが「なんか日本ではすごい昔にもう人形劇の理論があったらしい」ということが漠然と広まって共通認識となっているのです。17世紀というとヨーロッパではまだ路上で人形劇をやっていた時期ですから。

※1:穂積以貫著『難波土産』所収

文楽、3人の人形遣いが「民主的だ」と世界で絶賛されている?

給湯流:昔から認知されてきた伝統芸能の文楽と、今、世界で流行しているBUNRAKUは違うのでしょうか?

内海繁太郎 著『人形浄瑠璃と文楽』,白水社,1958. 国立国会図書館デジタルコレクション(一部拡大)

山口:文楽は本来、太夫、三味線、人形遣いの三業が揃ってはじめて成立するものです。ですが今、世界で流行っているBUNRAKUという言葉に、太夫と三味線は含まれていません。3人で1つの人形を操るという意味合いで使われています。

給湯流:3人遣いのどんなところが、海外で人気なのでしょうか?

山口:3人遣いが海外では「民主的だ」と、リスペクトされています。

給湯流:民主的? かなり意外です。今は状況も変わっていると思いますが、一昔前ですと人形遣いには長い修行が必要で、民主的というよりは厳しい芸道のイメージがありました。3人の人形遣いのうち、顔を出して舞台に立てるのはベテランらしき方だけで、残りの2人は顔を隠している。顔が見えない人形遣いさんは、まだ修行の途中なのかなと勝手に解釈していました。

山口:世界では、違うように見えるようです。海外で現代の人形遣いが練習をする際、外から指導者が見て「こうじゃない、ああじゃない」と指示をする。しかし文楽の公演では、ベテラン(※2)も若手も一緒に3人で同時に人形を動かしているように見える。この様子が、人形劇の指導方法として民主的だと、海外でここ数年考えられているのです。「我々もBUNRAKUみたいに、3人で対等に人形を動かしながら練習してみよう。」と。

給湯流:なんと! 日本人である自分には、思いもつかない考えです。師匠と呼吸を合わせる、空気を読む、和をもってとうとしと為す、といった概念は日本の特徴だと思ってはいました。でもそういう日本の一面が、民主的に見えるというのは面白い。

山口:現代ヨーロッパの人形劇は、社会や政治に対するラディカルなメッセージを伝える媒体にもなっています。民主的なものへのアンテナが高い。

ヨーロッパの現代人形劇は、前衛的なものが多い。こちらの写真はチェコの伝説的なオルタナティヴ・シアターグループ「MEHEDAHA」。チェコを代表する現代美術家、ペトル・ニクル(Petr Nikl, 1960-)を中心とした芸術家集団。民主化する前の1985年に結成され、現代に至るチェコのオルタナティヴ・シアター・シーンに多大な影響を与えた。下北沢国際人形劇祭のために30年ぶりに再結成される。/copy right:MEHEDAHA

給湯流:民主主義に関心のある海外の人が、3人で対等に1つの人形を動かす新しいBUNRAKUをつくったのですね。

山口:ベルギーでは、BUNRAKUの3人遣いスタイルを使って、人形の“人権”を考える民主主義をテーマにした作品を公演する人形劇団もいます。

※2:文楽では、主遣い(おもづかい)と呼ばれる人が顔を出し、人形の首と右手を動かす。左遣い(ひだりづかい)が主遣いの手助けをし、足遣い(あしづかい)は人形の足を動かす。この二人は顔を隠している。

BUNRAKUを取り入れ、世界的に大ブレイク。五輪開会式でも活躍したイギリス人形劇団が日本初上陸

山口:イギリスの有名な人形劇団、Blind Summit(ブラインドサミット)。この団体がブレイクしたきっかけは、BUNRAKUを取り入れたことなのですよ。その後、この劇団は2012年ロンドン五輪開会式で巨大人形を作って操作するほどの人気者になりました。

“BUNRAKU”作品「the table」/Copy right:Blind Summit

給湯流:こ、これは段ボールで作った人形ですか? 文楽から相当かけ離れているように見えますが……。

山口:では動画をご覧ください。よく見ると、3人で1体の人形を動かしています。この3人遣いがBUNRAKUのスタイルです。

給湯流:たしかに3人で1つの人形を動かしている! 江戸時代にできた文楽が、現代の人形劇にも影響を及ぼしているとは感慨深いです。ところで文楽では、かわいらしいお姫様や凛々しい武士の人形がでてくるのが魅力の1つです。しかしBlind Summitに出てくる人形は、ぽっちゃりお腹で、なかなかにユーモラスですね(笑)。

山口:イギリスの人形劇は、コメディーが主流なのですよ。こういった風貌の人形がブリティッシュユーモアとして受け入れられています。この人形の名前は「モーセ」。哲学者兼コメディアンという設定です。「これまで人間が地球上で目にした中で最も面白い段ボールの塊」だと国際的な評価を得て、世界中で上演されています。

モーセが飛行機に乗っているようす(笑)/Copy right:Blind Summit

給湯流:文楽の影響を受け世界的にヒットした人形劇が、日本でまだ上演されていないとは、悔しいです……。

山口:2024年2月、Blind Summitが東京で初公演を行います! シンプルにテーブルの上で「モーセ」が、いろいろなことを行う「The Table」という演目です。衝撃のラストがありますので、楽しみにしてください。

給湯流:なんと、日本初上陸!それは見に行きたいです。今日は文楽の意外な一面について教えていただき、ありがとうございました。

アイキャッチ画像/Copy right:Blind Summit
参考文献:水落潔「文楽入門」

Blind Summitも出演!
下北沢国際人形劇祭 

2024年2月21(水)ー27日(火)

「下北沢国際人形劇祭」では、アイルランド・イギリス・スロヴェニア・チェコ・ドイツ・米国の各地に生きる若者たちが創った、とがっていて面白い人形劇の数々を、下北沢のクールな空間で観ることができます。

このフェスティバルにかかわる人形劇は、パンクであり、フェミニズムであり、反全体主義であり、反権威主義です。人形劇の世界にあふれる新しいアイディアと批判精神は、既存のすべてに飽き飽きしている人の助けになるかもしれません。

https://www.sipf.jp/index.html

メイン会場「ザ・スズナリ」では、毎日、違う国の人形劇を上演。屋外でのパレードや無料上演もあります。アレイホールは、アーティストを囲んでの「朝ごはん会(Breakfast Puppet Club)」の会場となります。人形劇のレクチャーやワークショップも開催します。誰でも寄稿できるデイリージャーナルも発行します。

Blind Summit「the table」のチケットはこちらから
https://www.sipf.jp/program/blind_summit.html

山口遥子

欧州を中心とした現代人形劇論、及び日本現代人形劇成立史を研究。独立行政法人日本学術振興会特別研究員(PD)、早稲田大学及び成城大学非常勤講師。人形劇分野の国際的活動を支援するNPO法人Deku Art Forum 理事長。2024年2月に開催される第一回下北沢国際人形劇祭企画統括。

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給湯流茶道

きゅうとうりゅう・さどう。信長や秀吉が戦場で茶会をした歴史を再現!現代の戦場、オフィス給湯室で抹茶をたてる団体、2010年発足。道後温泉ストリップ劇場、ロンドンの弁護士事務所、廃線になる駅前で茶会をしたことも。サラリーマン視点で日本文化を再構築。現在は雅楽、狂言、詩吟などの公演も行っている。ぜひ遊びにきてください!
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