徳谷柿次郎さんと語るプロレス×編集論【編集長が行く】vol.2

徳谷柿次郎さんと語るプロレス×編集論【編集長が行く】vol.2

目次

和樂・編集長セバスチャン高木が、日本文化の楽しみをシェアするためのヒントを探るべく、さまざまな分野のイノベーターのもとを訪ねる対談企画。第2回は、株式会社Huuuuの代表取締役・徳谷柿次郎さんです。

ゲスト:徳谷 柿次郎(とくたに かきじろう)
1982年、大阪生まれ。47都道府県のローカル領域を編集する株式会社Huuuuの代表取締役で、どこでも地元メディア「ジモコロ」の編集長。Huuuuの事業のひとつ長野県長野市にあるリアル店舗「やってこ!シンカイ」では、和樂の開発した商品も取り扱い中。

次にくるのは、ざらざらしたもの

編集長が「行く」って企画なんですけど、2回目にしてゲストに編集部へ「来て」もらいました。お詫びにシンカイの本を2冊買います。


ありがとうございます。5000円、頂戴しました〜。

こんなかんじで基本的に、手売りなわけですよね? プロレスのチケットみたいに。

はい、仕事で会う人会う人に売っています。おかげさまで400冊売れたんですが、もっと売りたいですね。

「やってこ!シンカイ」のストーリーブック。CAMPFIREのクラウドファンディングでシンカイをつくるプロジェクトのリターンのひとつだったが、凝り性が重なり予算オーバーしたため、さらにクラウドファンディングを実施。2019年4月、ついに完成!

柿次郎さん、この本つくって、また本つくりたくなりました?

なりましたね。過去に各地で出会った人たちと、本をきっかけに出会いが復活したというか。人間関係がおもしろいかたちで可視化されたので、つくってよかったです。

和樂編集部、会議室の一角「茶の間ラボ」にて対談。

僕も最近、柿次郎さんみたいに地方の人たちを訪ねてまわることが多いんですけど、気づいたことがありまして。

なんですか?

どこの街も価値観の基準が、ショッピングモールとかコンビニになっていませんか? もうちょっとローカルに寄った価値観がマジョリティになると、世の中も大きく変わるんだろうな、と思うんです。

道の駅なんかが、その役割を果たしているんじゃないですか? こないだ長野の天龍村近くにある道の駅に行ったんですけど、30分で1万円使いました。めちゃくちゃ長いレシートになっちゃって、レジのおばちゃん驚いてましたね。

レベルが高いですよね、あそこは。風呂に入れる檜のボールとか買いました?

買いました買いました。あ。ボールで思い出したんですけど、これ触ってみてください。

…え。突然何ですか?

……うーん。ですね?

そうです。これシンカイオリジナルの「たまたま袋」っていう、お守りです。五穀豊穣、交通安全、子孫繁栄。今の世の中に、足りないものはこれだ!!!ってことで、シンカイのオリジナル商品として100個つくる予定なんです。

なぜお守りを…?

僕の持論なんですけど、最近プリントTシャツをつくるの流行っているじゃないですか。でも簡単につくれるものって、一気にプレイヤーが増えて過剰に流通しちゃうんですよね。僕も今、家にTシャツが50枚くらいあるんです。だから次は、親しい関係性の中で流通するけど、もっとざらざらした、ノイズのあるものがくるんじゃないかなと予想しています。

僕らも茶の間ラボで、伝統工芸とコラボして、かなり尖った商品開発をしてるので、その可能性には共感します。

ノイズのあるものは、なんとなく土産ものにも似ていると思っていて、その土地でたまたま作られたものが根付いていった信楽焼のたぬきとか木彫りの熊なんかも、とても愛おしいんですよね。なのでこれから「たまたま袋」みたいなシンカイでしか買えない土産ものを実験的に売りこんで、メディアとしてのタッチポイントをちょっとずつ「もの」に移していきたいなと企んでいます。

信楽焼のたぬきは、昭和天皇の行幸に際して大量のたぬきの置物に国旗をもたせたことで認知が広がり、木彫りの熊は昭和40年代の観光ブームをきっかけにスイスの置物から着想を得て定着した。どちらも意外なストーリーがあって、愛おしい。

とにかく今日は語りたい! プロレス編集論

僕の悩み相談、始めてもいいですか。

どうぞ。

プロレスの話をしたいんですけど、誰にもできないんです。ありとあらゆるプロレスの本を読んじゃったし、動画も毎日観ています。コンテンツをつくる者として、非常に学びがあるんですよ。でも誰にも語れない(笑)。

僕も編集の根っこに、ヒップホップとプロレスがあります。高木さんの言うプロレスからの学びって、例えばどんなことですか?

1.ファンタジーとリアルな感情の狂宴!

プロレスって、コンテンツの仕組みとしてメチャクチャ秀逸なんですよ。そこで繰り広げられているのは、一種のファンタジーなんだけど、リングはプロレスラーたちの個人的なリアルな感情をさらけだす場でもあるんです。

例えば、会社にプッシュされてない鬱憤とか、練習じゃ勝ってる奴に負けなくちゃいけない悔しさとか。そういうどろどろした怨念とか感情までひっくるめてコンテンツを仕立て上げていく。これはもはや狂気ですよ! プロレスラーはリングの中でしか自分を表現できない。そこに狂気があるから、周りが熱狂する。

今の世代だとNetflixがそういう役割を果たしているんじゃないでしょうか?

たしかに。「KonMari(こんまり)(※)」観ましたか? あれもプロレスの一種ですよ。 だって「片付け」ってジャンルをエンタメというか、身体性を伴うアートにまで昇華しちゃった…みたいな? 僕はこうやって全てをプロレスで語りたいんですけど、語る相手がいない! 誰もピンと来ないんです。

※KonMari(こんまり)・・・Netflixの人気番組。片づけコンサルタントとして世界に名をはせる近藤麻理恵さんがクライアントの家を訪問。独自の”こんまりメソッド”を伝授し、ときめく空間作りをお手伝いする。

2.スポーツ×エンタメ×アート!

柿次郎さんは、いつプロレスにハマったんですか?

僕は新日本プロレスに興味を持って、闘魂三銃士の後半からリアルタイムにテレビで観て、初観戦は大阪ドームでの天龍源一郎vs橋本真也で…袈裟切りチョップしまくる試合でしたね。それからレンタルビデオ屋でVHSのプロレス映像をいくつも借りてどっぷりハマりました。

懐かしいな。昔の試合って序盤は若手が出てきて、派手な技は禁止なんですよね。

そうそう、地味な技だけ。ブレーンバスター(脳天砕き)とか派手な技をかましたら、先輩に怒られるんですよ。複数試合あったら、必ず一番すごい人を引き立たせるための試合構成になっていて、最後はバーーン!!!ってなるんですよ。

物語とカタルシス。試合と共にドラマが計算されている。

俯瞰的に観たコンテンツ設計のおもしろさの一方で、後楽園とかに実際に試合を観に行くと、今度は細かな部分に目が行くんですよ。これがまたおもしろくて…! 選手がバンバンリングを叩いていたり、レフェリーとか客がむちゃくちゃな声出したり表情していたり、その場にいるみんなが、試合をもっとおもしろくするためのリアクションをとってるんですよ! あれ観た時、とんでもないエンターテイメントだな!って感激しました。

物語、メディアにあわせた設計、登場人物の演技(?)。確かに、とんでもないエンターテイメントだ!!

だからプロレスって、スポーツ×エンタメ×アートなんですよ。武藤選手なんかは、自分の試合のことを「作品」って呼んでいますからね。

3.選ばれし者が限られた場で戦う興奮!

プロレスは虚構とリアルがごちゃ混ぜになることで劇的なドラマになっている。観る人が感情移入しやすくて、コンテンツとしては非常に上質なんですよね。選ばれし者たちがリングの上で、ドラマをつくっていくわけですよ。

例えば新日本プロレスって、所属しているプロレスラーが30人以上いますよね。大勢いるのに彼らの力を発揮する場所がリングにしかないっていうのが、興奮に繋がっていると思うんです。

そうそう! 個性の強いプレイヤーが、プロレスだけでメチャクチャお金稼いで、モテて、スターになって。そもそもこういう構造のコンテンツ自体、もうあまりないですよね。今は、どんな生き方にしても選択肢がありすぎて、プロレス的な熱狂が生まれづらくなってる気がします。

ジモコロはリング、インタビューはプロレス

結局、プロレスラーも編集者も、どれだけ強くても、自分の体を使ってパフォーマンスするというのは変わらないんですよね。だから現場を離れたとき、初めて自分の代わりに同じパフォーマンスを再現できる人がいないことに気づくんです。例えば、自分の企画を他の編集者に譲ってみたけど、思っていた仕上がりと違うから結局ガッツリ編集して自分の記事になっちゃった…とか。

僕は24年間それをやり続けているんで、これからも自分の体でパフォーマンスを続けるしかないかもしれません。でも柿次郎さんは最近「BAMP」の編集長を友光だんごさんに譲りましたよね?

「BAMP」は途中から現場をほぼ彼に任せていたし、だんごさんが主体でやったほうが、メディアとしても個人としても成長すると思ったのが、一番の理由ですね。

小さな声を届けるWebメディア「BAMP」。

ずっと編集長を務めている「ジモコロ」を誰かにパスすることは?

いや、ずっと編集に関わっていたいですね。これのおかげで、人生が狂っているので。

どこでも地元メディア「ジモコロ」。和樂とオリジナル棺を開発した「共栄」さんも取材されている。

柿次郎さんの人生に「ジモコロ」はどんな影響を与えたんですか。

僕、ずっと大阪の都心で生活してきて、そのあと東京に10年もいたので、地方の価値を知らずに30歳過ぎまで生きてきたんですよ。そんなとき始めた「ジモコロ」で、こんな世界あったんだ!とか、都会よりも自然が好きだなーとか、知らなかった価値とか自分の感性に気づいたんです。

「ジモコロ」では、特に尖った人ばかりに会いに行ってますよね?

ジモコロの記事「「金がないなら稼げ」元ヒモのマッドサイエンティスト農家が語る人類改造計画」。強烈なインパクトと個性を放つ人の取材を重ねている。

そうですね。彼らに取材していなかったら、僕の人生にこんなにも色濃い影響を与えなかったと思います。僕がいろんなところを旅して尖ったおじさんたちに会いに行くのは…そうですね…プロレスラーに会いにいくような感覚なんです。

地方版の「プロレススーパースター列伝(※)」をやってるってことですね。…ってことは、こないだ「ジモコロ」の取材受けた僕も、そのひとりってことですか?

※プロレススーパースター列伝・・・梶原一騎原作、原田久仁信画の漫画作品。

そういうことですね!!

インタビュイーがプロレスラーなら「ジモコロ」は、リングってことになりますね。

そうなんです。だから僕は「ジモコロ」の編集をやめられないんですよ。逆に「BAMP」で取材する人たちは、これから社会に挑戦するヤングライオン(※)たちが多いかもしれません。なので、まだ技の数が少ないんですけど、メチャクチャおもしろくなりつつある人が多いんです。

※ヤングライオン・・・新日本プロレス所属の若手選手。

ヤングライオンだと、エルボーとドロップキックくらいしか技がないじゃないですか? でもたまにヤングライオンの試合でもふたりして大技を始めることもあるから、そういうのを観ていると「BAMP」からもいきなり大技をかましだす強者が出てくるかもしれないですね。

Webメディアがリングの外まで熱狂を広げるために

高木さんはこれからの編集をどう考えていますか?

雑誌はリングと同じように場が完結しているので、自分の熱狂的なメッセージを打ち出しやすかったんです。でもWebは終わりが見えなくて、すごくやりづらい。なので、紙の編集をしていた人間にしかできないWebメディアって、どんなかたちなんだろうか? と常に考えてます。

ひとつ、最近思うのは…「週刊プロレス」って専門誌、わかりますか? 編集長のターザン山本がその専門誌で、それまでの試合のレポート記事の概念を覆す署名記事を書き始めたんです。例えば、札幌での試合を書くときは「札幌駅から歩いて7分、そこは雪が降っていた…」みたいな導入から始まる。そうすると、記者は自分の観たままに、試合を書ける。極論、試合を見なくても書けるんですよ? ターザン山本の教えてくれた「自分が観たいように、試合を観る」。実はそれが、メディアの本質の一つじゃないかと信じているのですが、今のWebメディアのコンテンツには、そういう伝える側の熱が薄れているような気がします。

たしかにこれだけWebメディアが増えて、インタビューも増えて、同じような人たちを同じ切り口で取材していたら、みんな飽きていくわけじゃないですか。そうじゃなくて「自分がどんなふうにその人をとらえて、どうおもしろかったか」を言語化できないと、Webメディアの個性は出ないですよね。

結局、熱量のあるコンテンツに人は熱狂して、自分のことを理解してくれる人にそのおもしろさを伝えたくなるんですよね。プロレスみたいに、それがさらなる熱狂の連鎖を生むと思うんです。和樂というリングを中心に共犯関係がいっぱい生まれて、共犯の共犯が生まれて。早くそうなりたいですね。とりあえず、この話をするために、シンカイのストーリーブックに載ってる人たちに、片っ端から会いに行ってみようかな。

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