お茶と脳とインターネット。EN TEA 松尾俊一さんに熱狂を広げるためのヒントを聞く

お茶と脳とインターネット。EN TEA 松尾俊一さんに熱狂を広げるためのヒントを聞く

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和樂・編集長セバスチャン高木が、日本文化の楽しみをシェアするためのヒントを探るべく、さまざまな分野のイノベーターのもとを訪ねる対談企画。第5回は、初回のゲストで登場した丸若裕俊さんと共に「EN TEA」を起ちあげた松尾俊一さんにお話を伺いました。

ゲスト:松尾 俊一(まつお しゅんいち)
1978年、佐賀県嬉野生まれ。「EN TEA」のマスターブレンダー・栽培家。
家業である茶農家で従事し、数々の賞を受賞。自身の求める茶作りと、茶栽培の未来を実現すべく独立し、2016年、丸若さんと共に茶葉ブランド「EN TEA」の起ちあげに参画。EN TEA全ての茶葉の開発と味、品質の最終決定を行う。

ペットボトル以上急須未満のお茶がない

お茶の世界って、これまでは初心者が入りづらい世界のひとつだったと思います。EN TEAの水出し茶は、そこに風穴を開けました。シャカシャカ振ったらすぐ飲める。これが、とんでもなくわかりやすかった!

これを作るきっかけになったできごとのひとつは、妻とのやりとりなんです。家で妻がバタバタ忙しそうにしているのを見て、喜んでもらおうと急須でお茶を淹れたんです。「おいしい!」と言ってもらえると期待してお茶を出したら、意外にも冷たいリアクションが返ってきて。それで「忙しい状況でもおいしく飲めるお茶ってないな」と気づいたんです。

奥さんのおかげで、ペットボトル以上急須未満のお茶がないことに気づいた。

はい。妻から見たら「お茶を淹れる暇があったら手伝ってよ!」ってことなんですけど(笑)。でもこの状況を因数分解していったらわかりやすくて。クイックリーに出せるもので、火照った体を癒し冷ますもの…と。そうして足し算引き算を重ねていった結果が、EN TEAの水出し茶なんです。

身近な人から意外なリアクションが返ってきて、ユーザー目線に気づかされる体験。僕もWebメディアを作る中で、そういう場面がたくさんあるなぁ。

飲むとハッピーな気持ちになるお茶

僕は松尾さんが教えてくれた「わかりやすさは脳を幸せにする」という言葉に衝撃を受けたんです。お茶と脳って遠い存在のように見えるのですが…そのあたりを詳しく教えてください。

お茶の仕事を始める前、僕は言語聴覚士として脳の働きを調査していたんです。脳の活性化は多幸感につながるというデータがあるのですが、じゃあ「複雑な問題を解いているときの脳」と「シンプルな問題を解いているときの脳」どちらが活性化するのか比べてみたところ、後者のほうが活性化するという答えが出ました。ということは、わかりやすさはハッピーな気持ちにさせてくれるんじゃないかと気づいて、それをお茶作りにも生かしてみたい! と考えるようになったんです。

お茶作りに生かしていくということは…EN TEAのお茶は、飲むとハッピーな気持ちになるお茶ってことですか?

そういうことになります(笑)。なのでEN TEAのお茶作りは、刺激をどんどん強くしていく業界の傾向に逆行して、シンプルでわかりやすいものなんです。

具体的にはどんなものになるんでしょう。

水出し茶を例にすると、まずは色と味のギャップです。緑茶の緑色を見て、脳は「苦いのでは?」と仮説を立てるんですが、飲んでみると意外とさっぱりしています。それから味の中にも細かな調整がありますね。ごくごく飲めるようにしているんですが、時折ピッと甘さや渋みが顔を出すので、味のうつろいを感じやすくなっています。こういったわかりやすさを、お茶の中に意図的に入れているんです。

お茶を飲んでハッピーになってもらうために、味だけでなく色までコントロールもしているとは。さすがに気づかなかった!

人と同じように畑にも向き不向きがある

実は今、新しいお茶を開発しているんです。

どんなお茶なんですか?

いわゆる製造特許の出願が受理された、新しい製法のお茶です。1回目の丸若さんとの対談の中で話題にもなっていたと思いますが、放棄された茶畑からヒントを得て開発しました。このお茶を作ることで放棄された茶畑が再生したり、少し大きくなりすぎて緑茶をつくるには不向きな茶葉などが、活用できるようになるんです。

そのお茶の開発背景には、放棄された茶畑の問題が…?

そうですね。今、全国で管理の放棄された茶畑が増えています。僕はその原因が後継者問題やお茶の消費量の低下以外にもあると考えていて…。

そのあたり、詳しく聞かせてください。

僕の活動拠点である佐賀県嬉野市不動山地区は、お茶の歴史においては重要な場所ですが、放棄されている茶畑が多くあります。なぜかというと、大産地と同じようなやりかたじゃ戦えない、山あいの土地なんです。そこで僕は、仮説を立てました。産業化されて茶園が増えていったなかで現代のフォーマット化されたやりかたに合わない土地が出てきたのではないか? 裏を返すと、山あいの土地や放棄された茶畑の個性を生かしたお茶を作れる可能性があるんじゃないか? と。

嬉野以外の放棄された茶畑からもそのお茶を作れるんですか?

できます。まだいろいろと調整は必要ですが、設備投資も少なく、新規就農のハードルも下げれて現実的な可能性がでてきました。あとは、小さい産地ではもちろん、大産地や高級茶葉の産地でもロスを減らせる可能性も。

なるほど、茶畑のありかたを変える可能性を秘めているんですね。それにしても、必要だからと適していない場所に茶畑が作られて、市場でいわれるスタンダードな味に合わせていくけど、需要がなくなったら今度は棄てられる。今の放棄茶畑の状況って、すごく現代っぽい話じゃないですか?

たしかに茶畑って人間と似ているかも。緑茶に向いている場所とそうでない場所が必ずあるのに、いきなり同じポジションを強いられている。僕だって、今から「営業になれ!」と言われてもできるかどうかわかりません(笑)。

インターネットに縄文時代は訪れるのか

EN TEAの水出し茶と開発中のお茶には社会的意義があります。水出し茶にはライフスタイルを変える可能性、新しいお茶には茶畑のありかたを変える可能性が秘められている。こういった社会的意義を帯びたビジネスには強度がある。

お茶のように多様な選択肢のある分野でものを作っていると、良いものや売れるもの、長く愛されているものには共通項があることに気がつくんです。それが、社会的意義なんだろうなと感じています。

なるほど。僕らもお茶と同じで日本文化の本質は多様性しかないなと感じています。じゃあ和樂webの社会的意義はなんだろう?と考えると、若い人たちが日本文化にカジュアルに触れられて、間違えていてもいいから楽しめる世界を作ることかなぁと。

和樂webの記事は、日本文化の世界へ誘うちょうどよい余白がありますよね。日本文化に興味を持つきっかけとして、とても親しみやすく感じます。

そのわりにはね…なかなか数字が伸びないんですよ(笑)。なぜかといえば、実利性がない。物が買えたり、これを読んだら痩せる!とか。ここには、そういう役立つ情報がほとんどないんです。でも今の時代って、みんな自分の役に立つことしかインターネットで探さないでしょ。

役立つ情報を検索する…たしかに。

今のインターネットって無駄な情報に対して非常に冷たいんです。そんな時代に抗うようですが、今の和樂webには、60人以上いるライターさんたちの純粋な知的好奇心だけが集まっています。他のWebメディアに比べたら、無駄な情報の塊です(笑)。

純粋な知的好奇心ですか。おもしろいですね。お茶も、生活にあってもなくても困らないものなので、どちらかというと同じような存在です。

うちに縄文時代をこよなく愛するライターがいるんですけど、こないだ彼女に会ったとき「縄文時代ほど無駄なものに熱狂していた時代はない!」と、熱く語ってくれました。それを聴いて、これが日本文化のおもしろさだよなぁ!とすごく共感して。縄文時代にたどり着くまで人類に長ーい歴史があったように、インターネットに「無駄なものに熱狂する時代」が来るまで、かなりの時間が必要なのかもしれません。

歴史の話は非常に興味深いですね。なぜお茶が長い歴史の中で人間と身近な関係性を築いているか考えてみると、ひとつは、お茶は自分たち以外の何かに寄り添って生き抜いてきたものだから。もうひとつは、心が豊かになるきっかけとなったから。大きくはこういったことなのかなと。

お茶はアートも音楽もスポーツとも相性がいい。どんなジャンルとも、イソギンチャクとクマノミみたいな関係になれますもんね。でもやっぱりお茶とインターネットの一番大きな違いは「体感」です。良い匂いやおいしさの感動に勝るものを、どうやって和樂webで体感させるのか…これは難しい問題だなぁ。

そこにWebメディアのイノベーションのヒントがありそうですね。一般的に、視覚的な情報が印象の8〜9割といわれていますが、その強度は弱いんです。触感とか匂いとか、非言語の情報、つまり「体感」のほうが記憶に残りやすい傾向にあります。

冷た〜い和樂webとか、あったらいいんですけどね。

たしかに「今日は暑いから冷たいほうにしよう」なんて選べたらおもしろいのに(笑)。でも、なんとなく感じるのですが、情報の量とスピードにだんだんと消費が追いつかなくなってきて、みんな消化不良になってきているんじゃないでしょうか? だから消費させることを目的としたコンテンツじゃなくて、シンプルでわかりやすい情報が受け入れられやすくなってきているような気がします。

そういう動きをもっと加速できるように、今はもう和樂webをめちゃくちゃカオスにしてやろうと企んでいますよ! やっぱり、カオスから生まれますからね、イノベーションは。イザナギとイザナミが矛で海をぐるぐるかき混ぜたら日本が生まれたみたいに、インターネットの海をかき混ぜているうちにカオスの渦がデカくなって、無駄なものが大切にされる時代が生まれたらいいんですけど。

カオスの渦(笑)! いや、こういう議論ってすごく大事ですよね。僕の師匠が「未完の大きさを議論する」と話していたのを思い出しました。大きく未完で終わるという心の在り方は、諦めではなく、やさしさと勇気をくれるんじゃないかと。

そういう考え方をしていれば、たどり着ける先のもっと先まで見えてきそうですよね。未完のサイズが大きいほど、未来に希望が持てる。

未完を議論するのって怖いんですけど、クリエイティブな仕事をしている以上、延々と目指すところをアップデートしていきたいんですよね。

オーディエンスに感じ方を委ねる

EN TEAでは僕がお茶をつくって、丸若さんがお茶の世界の内外に「伝える活動」をしています。アート・アパレル・音楽・スポーツ…僕が思いつかないような組み合わせをみつけてお茶とミックスすることは、EN TEAを知ってもらうためには絶対に必要なプロセスだと感じています。高木さんの目にはどう映っていますか?

丸若さんのやっていることって、お茶の世界の中で何かを成し遂げようとしているんじゃなくて、お茶の世界の外にまで、熱狂の渦を広げようとしてやってることなんだと思っています。もちろん、いろんなことやっていると、いくつかは外すことあるかもしれない(笑)。だけど、それも前に進むには必要な「無駄」じゃないでしょうか。

EN TEAを始めてみて、いかに企業にとって無駄なものが大切かをひしひしと感じています。無駄なことって、実は必要なことですよね。大人になると失敗したらアウトって思いがちですが、そうじゃない。

僕も50手前になってWebメディアのことをあれこれ動き始めたのですが、失敗だらけですよ(笑)。でもWebメディアってものすごく過渡期で、誰かが動いてイノベーションを起こさないと、メディアの存在意義ってなくなっちゃうんじゃないか? と危惧しているんです。だからこそ僕らのようなメディアが実験に挑戦するべきで、組織がどんなに大きくなっても大事なDNAは、挑戦のあとに残っていくと信じています。

僕たちは起業して2年ちょっとですが、そういう意味では、挑戦するべきことをきちんとやれているような気がします。なのでこれからは、やっていることのおもしろさをもっと伝えていきたいですね。失敗談も含めて(笑)

人に何かを伝えるためには、影響力が必要だって、僕も最近思うようになりました。昔はわかる人にだけわかればいいと思ってたんですけど…そうじゃない(笑)。

いや、でも言葉にして伝えることって本当に難しいですね。世の中を見渡してみると、「正しく伝えよう」とか「リスクあることは出さない」とか、そもそも、伝えることの本質がずれてるんじゃないかと、強く感じています。

受け手はみんな自分の好きなように解釈するんですよね。最初にお話いただいた、奥さんのエピソードじゃないですけど(笑)。言葉にして何かを伝えるときは「自分の期待しているようには伝わらない」ってことを前提にして伝えるのが重要かなと思っています。

なるほど。

水出し茶にしても新しいお茶にしても、松尾さんが伝えようとしていることと、それを受け取った人の感じ方は、きっとこの先も期待している反応とはズレている。だけど、それでいいんじゃないでしょうか。僕は最近、インターネットに「美しい」という言葉があふれてるのが気になっていて。美しいかどうかを決めるのは、感じた人自身なのに…これってちょっと気持ち悪いことですよね? シンプルな言葉にまとめられると結果として本質からズレていくし、それはきっと不寛容な世の中につながっていく。だからこそ、イノベーションを起こす人たちは、メッセージの解釈をいつだって受け手に委ねたいですよね。

たしかに。解釈を強要するのではなく、ゆるくしたいです。EN TEAのお茶は、少なくともあまねく人にとって考える余地のある、寛容な味に育てていきたいです。

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