『和樂web』では、玉三郎さんが『和樂』で語っていた「近年には海のある京都ということで、京丹後にも度々伺わせていただいて、舞台で使う反物も見付けられましたし、衣裳もつくりました。道成寺の手ぬぐいなどにも有難く使わせていただいております」という言葉に注目し、記事をお届けします。
初めて訪れた、海の京都
2016年の6月上旬、玉三郎さんは初めて“海の京都”を訪れました。京丹後市久美浜にある“和久傳ノ森”が植樹から10周年を迎え、その記念特別公演として「鼓童」の野外公演が行われたのです。京都の料亭・和久傳が、07年に故郷の京丹後に食品工房を完成させました。工房周辺には、植物生態学者の宮脇昭先生の指導のもと苗木を植樹をし、10年目を迎えたこのとき、すでに山椒や椎茸など無農薬の食材が育つ豊かな森に育っていました。このときの記念特別公演は野外で、太鼓の音を森に聴かせたいという趣向。芸術監督は玉三郎さんでした。
このとき玉三郎さんは、心の赴くままに “海の京都”を散策しました。心惹かれたのは、内海で穏やかな久美浜の景色や、山野草の咲く心静まるお寺「如意寺」、森や水路、夕陽を追いかけて車を走らせた先にあった小さな漁港。それから、丹後縮緬や丹後和紙など、職人の技を見て歩きました。
「非常に穏やかな印象が、心に深く残りました。また“海の京都”は丹後縮緬や織物がつくられる“絹の道”であり、豊かな森があり、美しい川や海があって、美味しい海産物やお米や野菜が豊富にとれる“食の道”であることも知りました。京都市内の中心地はいわゆる日本文化の宝庫といわれ、都風な洗練されたものがあります。それらの素材となるものが丹後にはたくさんあります。シルクロード、海産物ロードで、ここからきたのだということが大きな発見でした」と、玉三郎さん。
子どものころから大好きな「縮緬」
「私が京丹後で素晴らしいと思ったのは、まず丹後ちりめんでした。蔵の中には私が欲しくて仕方なかった、さまざまな種類の縮緬の白生地が数えきれないほど積んでありました」と、目を輝かせたのです。じつは玉三郎さん、子どものころから縮緬(ちりめん)が大好きだったそうです。
丹後ちりめんは生地の表面にある「シボ」と呼ばれる細やかな凹凸が特徴で、からだによくなじむといわれます。老舗の縮緬問屋・吉村商店に行くと、玉三郎さんは自ら蔵の中に入り、嬉々として好みの生地を探し始めました。
「シボの立った縮緬の座布団が大好きでね、縮緬の座布団は私の居場所でした。座ったときはひんやりするのに、あとは暖かい。ツルツルした感じなのに、やわらかくて、とろっとした雰囲気がある。縮緬屋さんに行くともう帰りたくない感じ(笑)」
そして、この1ヶ月後には京丹後に再来して、峰山にある京都府丹後文化会館で自身の特別公演を開催したのです。それから1年後、玉三郎さんは職人さんたちと相談しながら反物を玉三郎さん好みの色に染めて展示会も開きました。なぜ、そんなに縮緬を大切に思うのでしょうか。幼い頃から縮緬が大好きだった玉三郎さんですが、歌舞伎俳優という職業柄、舞台で着る裃や衣裳なども縮緬が多く、玉三郎さんと縮緬は切っても切れないご縁なのです。
舞台は、豊かな自然があってこそ
「舞台に必要なものが、ひとつずつ手に入らなくなる時代になりました。そのひとつが絹です。東京では衣裳屋さんや専門家の織元にお願いしても、なかなか思うような縮緬が手に入りません。たとえば、『京鹿子娘道成寺』の「クドキ」の場面で使う手拭いは、重さと幅と布地の先に重みが出て、美しく、質のいい手拭いでなければ、いい『道成寺』は踊れないのです。専門用語で言うと、(縮緬の重さを指して貫六、貫七、貫八といいますが)シボの立った貫八の縮緬でなければ美しい流れができないのです」
「この十数年、幅のある、しかも貫八の生地を手にすることができず、この数年は仕方なく貫七の手拭いで踊っていました。ところが京丹後で、貫八の縮緬を1反、手に入れられたのです。1枚と手にすることのできなかった手拭いが1反分……。これで将来に繋ぐことができると、喜びを感じました。私はもう『道成寺』をひとりで踊ることはありませんが、後輩や衣裳屋さんに渡しておけば、私が使っていたのと同じ質の手拭いでみんなが踊れます。ひいては、それが歌舞伎の素晴らしい舞台に繋がるのだと思っています」と、玉三郎さん。
コロナ禍がおさまった2022年まで、実に5回の公演が開催されました。京丹後に伝わる羽衣伝説にちなんで『羽衣』も披露されました。
「豊かな自然があってこそ、こうして舞台がやっと設えられるということを実感いたします。舞台に必要な所作台や道具の筆、衣裳なども自然の恩恵がなければつくれません。たとえば、所作台の檜は国産のものが大変少なくなりました。また衣裳などは、どの地のお蚕さんがどのような質の絹を吐いてくれたのだろうか……。自然の食べ物で育ったお蚕さんの糸は大変細くてしなやかで美しいのです。お蚕さんがどう生きているかということを知らなければ、美しい衣裳はできないということ。さらに糸を紡ぎ、織り、染めて仕立て、多くの方々の手を経て美しい衣裳はできます」
四季折々の自然の恵みと、匠の技を育む“海の京都”。玉三郎さんの舞台を観るために多くの人が足を運びました。
京丹後に行けば、是非立ち寄りたい『和久傳ノ森』
京都の料亭『和久傳』が、故郷である京丹後市に作った施設が『和久傳ノ森』です。9000坪の敷地内には56種3万本の樹木が勢いよく育っています。美術館『森の中の家 安野光雅館』、『工房レストラン wakuden MORI』のほか、防塵設備の整った食品工房、農業倉庫、米蔵や果樹園、山椒や桑の畑も……。
樹木が生い茂る広大な森にある『工房レストラン wakuden MORI』では、体と心にしみわたる“おいしい、体によい、優しい”メニューがいただけます。
工房レストラン wakuden MORI(モーリ)
美味しく体によい、優しいメニューがいただける“森の中のレストラン”。
営業時間:10時〜18時(L.O.17:30)
電話:0772・84・9898
定休日:火曜(祝日の場合は翌日)・年末年始(12月29日〜1月1日)休
住所:京都府京丹後市久美浜町浅谷764
森の中の家 安野光雅館
安野光雅氏の柔らかな水彩画の世界に相応しく、森に抱かれてひっそりとたたずむような美術館。建築は安藤忠雄氏。
営業時間:9時30分〜17時(入館は16時30分まで)
電話:0772・84・9901
定休日:火曜(祝日の場合は翌日)・年末年始(12月29日〜1月1日)休
※開館日はwebカレンダー参照
mori.wakuden.kyoto
連載「坂東玉三郎 私の日課」は『和樂』本誌で
連載「坂東玉三郎 私の日課」は、『和樂』本誌(12/28発売)でお読みいただけます。玉三郎さんの日常から日本文化に迫る本連載。ぜひお見逃しなく!
撮影/岡本隆史