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2019.09.27

釜石ラグビーが今、復興の狼煙をあげるぞ! 実は深い鉄の歴史と北の鉄人が愛したグルメ

この記事を書いた人

ラグビーW杯、盛り上がっていますね!
北から南まで全国で開催されている今大会、会場のひとつ岩手県釜石市でラグビーが愛される理由とは?
釜石の見どころ&グルメとともに、幾度となく苦境から立ち上がってきた釜石の歴史をひも解いていきます。

立ち上がれ!「北の鉄人」釜石ラグビー

釜石は「鉄と魚とラグビーのまち」とよばれるほど、ラグビーに特別な思いを抱く人が多いまち。そのルーツは今から40年前に新日鉄釜石ラグビー部が成し遂げた、全日本ラグビー7連覇にさかのぼります。
前人未踏の7連覇には、ただ強いだけではない意味がありました。

日本が戦後復興から高度経済成長へ突き進んだ1960年代、鉄鋼業は好景気で釜石の人口はぐんぐん伸び、9万人を超え県下2位に。勢いのまま10万人都市の夢を叶えるかと思えたその目前で、釜石を襲ったのが1973年からのオイルショック、1985年の追い打ちのような円高不況でした。

1979年2年ぶり2度目の優勝から、1985年史上初となる7年連続日本一は、ちょうどその時期の記録。釜石の人々はどんなにか励まされ、勇気づけられたことでしょう。

圧倒的な強さで「北の鉄人」と呼ばれた新日鉄釜石ラグビー部
写真:かまいし情報ポータルサイト〜縁とらんす

釜石ラグビーの伝統は7連覇から今も

釜石市民はこの時の感謝を忘れずに2001年、新日鉄釜石ラグビー部の廃部にあたって地域共生型のクラブチーム「釜石シーウェイブスRFC」の創立に尽力、市を挙げて釜石ラグビーをサポートしてきました。
そして2011年に起きた東日本大震災から復興の日々を歩んできた釜石の人々の心の支えとなったのがまた、ラグビーでした。

釜石に支えられ、釜石をささえる存在でもある「釜石シーウェイブスRFC」
写真:かまいし情報ポータルサイト〜縁とらんす

垂涎! 鉄人も愛した釜石グルメ

さて、ここからは釜石をもっと身近に感じてもらうために、「北の鉄人」たちも口にしたに違いない釜石グルメをピックアップしてご紹介しましょう。

釜石ラーメン

あっさりしたスープに極細の縮れ麺。釜石ラーメンは製鉄所が忙しかった時代に、さっと食べて仕事に戻る人々から重宝されたそう。写真:かまいし情報ポータルサイト〜縁とらんす

やみつきさんまみりん干し(菊鶴商店)

体を使う仕事だからこそ、朝食はしっかり食べる。食卓の定番さんまのみりん干しは、ごはんが進む甘じょっぱい味。写真:かまいし情報ポータルサイト〜縁とらんす

地酒 浜千鳥

釜石は水がおいしいから、酒もおいしい。地元ファンの多い地酒「浜千鳥」は、キレのあるすっきりした味わい。写真:「浜千鳥 吟ぎんが 純米大吟醸」かまいし情報ポータルサイト〜縁とらんす

どれも製鉄所で働く威勢のいい人々が目に浮かぶような釜石の味。機会があればぜひ味わってみてください。

では改めて北の鉄人たちのふるさと、釜石の鉄の歴史をさかのぼっていきましょう。そこには釜石ラグビーと復興をつなぐできごとがありました。

書いた人

岩手生まれ、埼玉在住。書店アルバイト、足袋靴下メーカー営業事務、小学校の通知表ソフトのユーザー対応などを経て、Web編集&ライター業へ。趣味は茶の湯と少女マンガ、好きな言葉は「くう ねる あそぶ」。30代は子育てに身も心も捧げたが、40代はもう捧げきれないと自分自身へIターンを計画中。