ジブリと歩んだ奇才・高畑勲展! アニメという日本文化を創った人々の熱さに刮目せよ

ジブリと歩んだ奇才・高畑勲展! アニメという日本文化を創った人々の熱さに刮目せよ

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スタジオジブリで唯一、アメリカの近代美術館(The Museum of Modern Art)に収められた作品は何かご存じですか? 実は、高畑勲監督の「ホーホケキョ となりの山田くん」なのです。

現在、東京国立近代美術館で開催されている「高畑勲展―日本のアニメーションに遺したもの」は、2018年に亡くなった高畑勲監督の功績を辿る回顧展。初の長編映画演出作となった「太陽の王子 ホルスの大冒険」から遺作となった「かぐや姫の物語」まで、多数の未公開資料を含む絵コンテや創作ノート、イメージボードや設定資料などを通じて、監督の作品世界と、日本のアニメーションに与えた影響を展示しています。

実は私は、「ホーホケキョ となりの山田くん」にて「のの子」役を演じており、高畑勲監督のディレクションを直接受けました。大変物静かで妥協のなかった高畑勲監督。きっと私は端緒にしか触れていないと思うから、もっと知りたい。あのかわいいハイジやパンダコパンダはどうやって生まれたのだろう……と吸い寄せられるように東京国立近代美術館へ向かいました。

入り口には監督の写真と年表が!

史上初? 高畑勲監督の作品をたっぷりと堪能できる特別展

会場には貴重な資料がどっさり!長編映画を演出として初めて手がけた「太陽の王子 ホルスの大冒険」から、「パンダコパンダ」、「アルプスの少女ハイジ」「母をたずねて三千里」「赤毛のアン」、そしてスタジオジブリ設立後の作品である「おもひでぽろぽろ」「火垂るの墓」「平成狸合戦ぽんぽこ」、「ホーホケキョ となりの山田くん」「かぐや姫の物語」と、主だった作品ごとに部屋が分けられ、アニメーション技術の発達とともに、高畑勲監督の作品作りがどう進んでいったかをじっくり見ることができます。

エネルギーが文化を「創る」――アニメが日本文化になるまでを支えた職人の技術

ひとつめの「作品部屋」は東映動画(現・東映アニメーション)で働いていた時代を扱い、特に初の長編演出作品「太陽の王子 ホルスの大冒険」についての貴重な資料が多数展示されています。約50年前の作品なのに、制作日誌や設定ノート、絵コンテや決定稿まで、しっかり残っていて驚きです!

会場のモニターやスクリーンでは予告アニメーションや作品の一部が流れていました。歴史は感じるものの、古臭いとは全く感じません。架空の村の交流を表現するためにダンスを作ったメモや、民族音楽を一から作詞作曲していった楽譜なども展示。まだ「漫画動画」という呼び名が残っていた時代の、スタッフによる「本物を創ろう」というとんでもない熱量に圧倒されます。構成やキャラクターデザイン、スタッフそれぞれが意見を出し合った様子も見られました。

この映画には奥山玲子さんが作画として参加されていて、アニメーションファンには貴重な展示ですよ!

アニメーション映画の印象が強い高畑勲・宮崎駿監督ですが、「アルプスの少女ハイジ」はテレビシリーズのアニメーションです。つまり一年間ほぼ毎週放映がありました。そんななか、両監督が編み出したのが「レイアウト」という手法。パンダコパンダたちがのぞき込む部屋では、そんなレイアウトについても展示されています。

パンダコパンダ🄫TMS

「レイアウト」は配置を描いたいわば原画の設計図。別々に描かれる「キャラクター」と「背景」がしっくりと一枚絵に収まるように指定をしたものです。

パンダコパンダでは「宮崎駿監督が全シーン描く」という試みがなされ、「ハイジ」で、無駄な原画を出さないために本格的に導入されました。二人によって生み出されたこの手法は、多くのアニメーションスタジオで採用されているそうです。高畑・宮崎両監督がアニメーションへもたらした影響の強さを感じますね。

さらに、それぞれの部屋では、作品世界を彩る背景、日用品など、美術へのこだわりも随所に見られます。「母をたずねて三千里」のイタリアやアルゼンチンの街並みを描いた背景の美しさはもはや絵画そのもの!

一方戦後日本を生々しく描いた「火垂るの墓」では、空襲にあった街並みなど、傷ついた国の姿が克明にえぐり出されています。

各作品に合わせて油絵タッチ、水墨画風、極限まで描きこんだもの、あえて四隅をぼかすことで記憶の中であることを表すなど、様々に工夫が凝らされています。比較して見てみると、その違いにびっくりすると思いますよ。

ブランコにのったハイジの姿も!どこにつながっているかは例によって不明
アルプスの少女ハイジ🄫ZUIYO 「アルプスの少女ハイジ」公式ホームページ http://www.heidi.ne.jp/

ずらりと並んだ背景画のあまりの緻密さ、鮮やかさ、美しさには言葉を失いました。作品世界を創る手助けを縁の下の力持ちとして仕事をする、その姿勢はまさに職人。分業制で作られていたという浮世絵を思い出しました。

後半最後の2部屋、「ホーホケキョ となりの山田くん」「かぐや姫の物語」ではデジタル・アニメーションへと移行します。しかし高畑監督がこだわったのは「スケッチ」の質感。デジタルで均一性ではなく、個性を出そうと試みたのです。ひとつひとつの過程が丁寧に説明されていますが、高レベルすぎて研究発表のようです。

例えば、かぐや姫が走り抜けるシーン。原画を1枚だけして抜き出してみると、絵として何が描いてあるのかあいまいです。緻密に描かれた絵が重なることで、初めて躍動感ある走るシーンだとわかる! たとえデジタルになったとしても、その職人ぶりは変わりません。各々の技術と忍耐なしでは、美しい作品は生みだすことは不可能だと、もの言わぬ展示が雄弁に語りかけてきます。

今、「日本」という国を知るきっかけとしてアニメーションを挙げる海外の若者は多いのだとか。高い技術力、緻密な設計力、娯楽作品でありながらのメッセージ性、名実ともに日本が誇れる「文化」を支える、匠の仕事の数々でした。

良いものを創りたい――孤高の天才が積み上げた「努力の証」

高畑勲監督は「奇才」「孤高の天才」と表現されることが多いです。次々に新たな手法に取り組み、斬新で類を見ない作品を妥協しない頑固さで作り続ける……。その作品姿勢の根元には常に「徹底した分析」がありました。

手書きの資料の持つエネルギーはスゴイ!
「ぼくらのかぐや姫」企画ノート 1960―1961年頃

入場後すぐに、「ぼくらのかぐや姫」という、約50年前に高畑監督が東映動画に提出した脚本プロット案レポートが展示されています。独特の「高畑勲フォント」とでも表現すべき丁寧な字で、ノートに作品分析とアイデアがびっしりと書かれていました。かぐや姫の物語の原型とも呼ぶべき解釈の見事さは、今読んでも新鮮さを感じさせます。

続く「太陽の王子 ホルスの大冒険」でも、架空の村を舞台に世界観を構築するために、ストーリーを妥協なく進めるために、あらゆる検討を重ねた手書きの資料が次々に展示されていました。キャラクターの出番を一覧表にした香盤表や、時間軸に沿って感情の起伏を視覚化した「テンションチャート」、各キャラクター同士の関係性を表にまとめたものなども観ることが出来ます。

また、「赤毛のアン」の部屋は、高畑監督が原作を読み込み、全編を研究したノートを展示。原作の英単語を筆記体で記し、どう日本語に訳すかを書き留めたノートも別にありました。まるでカナダ文学の研究者のようです。「火垂るの墓」の部屋にもコピーした小説を切り貼りし、場所や時間、人物をマーカーで色分けした、映画の脚本検討用に再構築したノートもありました。

作中の全てが、当人の持つ知見と論理、そして研究に裏打ちされて、ひとつの作品として練り上げられてきたのだと、手書きの文字が雄弁に語ります。この執念とも呼ぶべき努力の数々が、アニメーションが日本文化として発達する歴史の流れを作ったことは疑いようもないでしょう。「努力をしたからといって成功するとは限らないが、成功する人はみな努力をしている」。この言葉が何度も脳裏に蘇りました。

葛飾北斎は死ぬ間際に「あと5年あれば本当の絵師になれる」と言い残したそうです。現状に甘んじず、過去を見つめすくいあげ、常に精進しようと未来を作ってきた創作者の歩み。日本人が日本のアニメを作るとはどういうことか、アニメには何ができるのかを追求してきた、高畑監督の思いが展示の隅々までいきわたっています。もしかしたら業と表現したほうがしっくりくるかもしれません。

2019年10月6日まで開催中。その熱さを、エネルギーを、直接感じてみてください。

高畑勲展 公式HP

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