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2018.04.10

「プラド美術館展 ベラスケスと絵画の栄光」国立西洋美術館

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2018年5月27日まで、国立西洋美術館で「プラド美術館展 ベラスケスと絵画の栄光」が開催中です。美術ジャーナリストの藤原えりみさんに、みどころを解説していただきました。

比べてわかる美術のヒミツ

マルスは、ギリシャ神話の軍神アレスと同一視されたローマ神話の戦いと農耕の神。ギリシャ神話では、ゼウスとヘラの息子でオリンポス12神の一柱という由緒正しき出自ながら、異母姉妹の戦いと智恵の女神アテナと違い、戦争による破壊や人間の残虐さ、凶暴さを象徴する神と考えられていた。父ゼウスも戦いを好む息子を厭わしく思っていたらしい。

アントニオ・カノーヴァアントニオ・カノーヴァ 「マルスとヴィーナス」 © MUSEO NACIONAL DEL PRADO

だがこの息子、なかなかのイケメンで、愛と美の女神アフロディテ(英語名ヴィーナス)に愛されることになる(彼女には、火と鍛冶の神ヘパイストスという夫がいたにもかかわらず……)。というわけで、鬚のある壮年男性あるいは鬚のない若者のいずれの場合でも、アレスには美丈夫としての姿が与えられ、特にアフロディテとの逢瀬の場面には、愛の力に屈する武力(暴力)という甘美な主題が重ねあわされてきた。

ところが……。ベラスケス描くマルスはどうだろう。ベッドの端に腰掛けて、何やら物思いに沈む疲れ果てた中年男。なぜか兜のみを身につけているのだが、緩みきった胸や腹部には皺さえ刻まれていて、とても颯爽とした武人の肉体とは思えない。美男美女カップルとしてのアレス像に親しんできた目には、なんとも衝撃的。リアルすぎるほどリアルな(というか、どこかそこらで見かけそうな)中年男性の裸体なのだ。休息中のマルスと考えられてきたのだが、愛によって武装解除されて己の敗北を認め、来し方行く末に思いを馳せている姿なのだろうか。
 
ディエゴ・ベラスケスディエゴ・ベラスケス 「マルス」 1638年ごろ マドリード、プラド美術館蔵 © Museo Nacional del Prado

だとしても、ここには「愛の喜び」はひとカケラもない。鮮やかな青とピンクの布地や武具の輝きに反して、漂うのは憂鬱な暗澹たる雰囲気。ベラスケスの意図は定かではないが、実質的に国力が衰退しつつあった当時のスペインを暗示しているという解釈もあるらしい。確かに、ベラスケスが仕えたフェリペ4世のスペイン・ハプスブルク家は、この絵が描かれた約60年後に断絶。フランス・ブルボン家に王権を奪われてしまうのだ。王侯の肖像画だけなく庶民の日常生活や肖像も描いていた画家ベラスケス。彼の目にはスペインの行く末が見えていたのだろうか?

公式サイト