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10,11月号2024.08.30発売

大人だけが知っている!「静寂の京都」

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2018.04.17

向源寺 十一面観音・紅白芙蓉図〜ニッポンの国宝100 FILE 57,58〜

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日本美術の最高到達点ともいえる「国宝」。小学館では、その秘められた美と文化の歴史を再発見する「週刊 ニッポンの国宝100」を発売中。

紅白芙蓉図

各号のダイジェストとして、名宝のプロフィールをご紹介します。

今回は、一木造の傑作、「向源寺 十一面観音」と南宋花鳥図の名品、「紅白芙蓉図」です。

類まれな美仏「向源寺 十一面観音」

向源寺 十一面観音

滋賀県の琵琶湖北東岸に広がる地域は「湖北」と呼ばれています。古来この地域は、中国や朝鮮半島からの文化伝播の拠点であり、畿内と北国、東国を結ぶ交通の要衝でした。また、琵琶湖の北側にそびえる霊峰・己高山は都の北東、つまり鬼門にあたるため、古くから山頂や山麓には多くの寺院が建てられました。奈良時代の高僧・行基と修験者・泰澄が山を開き、平安時代には日本天台宗の祖である最澄もこの山で修行したと伝えられています。延暦7年(788)、最澄が天台密教の拠点として比叡山を開くと、この地には天台密教の寺院が多く建てられました。じつは滋賀県は、東京都、京都府、奈良県に次いで4番目に国宝や重要文化財が多い地。この数は古くから仏教文化が根づいている証でもあります。

こうした仏教文化の長い歴史をもつ湖北は、古くから「観音の里」として知られています。観世音(観音)菩薩は、33の姿に変化して災厄から人々を救うとされる慈悲の菩薩。とくに11の面をもち、あらゆる方向を向いて衆生を救済する十一面観音は、奈良時代から広く信仰され、湖北でも多くの像が造られました。
 

その多くの十一面観音像のなかで、もっとも美しい像と称されているのが、向源寺に伝わる本像です。眉から鼻にかけての彫りの深い曲線、胸や腹部のくびれ、腰を左にややひねり、右膝をわずかにゆるめた立ち姿は、えもいわれぬ美しさです。一般的な十一面観音像は本来の顔である本面の上に小さく頭上面を表します。しかし本像は頭上面が大きく、如来面が配されるはずの頂上面が菩薩面であるなど、その配置は特徴的。さらにのびやかな肢体に添えられた両腕も異常なまでに長く、細部の造形は一見不自然に思えるほどです。それにもかかわらず、像全体を見ると見事に均整を保っていて、高い造形美に驚かされます。

像高190㎝を超すこの十一面観音は、頭上面などを除き、台座の蓮弁から、繊細な曲線を描く天衣を含めて檜の一材から彫りだした一木造です。木彫ならではの凜とした力強さと優美さが共存する本像は、9世紀中頃に造立されて以降、湖北の地で人々の深い信仰を集めています。

国宝プロフィール

十一面観音菩薩立像

9世紀中頃 木造 彩色 像高194.0cm 向源寺 滋賀

本来の観音像の本面に、大ぶりな頭上面を合わせて十一面を構成する。頭上面を除き、蓮弁から頭部まで檜の一木造。目鼻立ちが大きく鮮やかに刻まれ、豊かな体軀や緩やかに流れる天衣などの表現も、きわめて優美な十一面観音像である。

向源寺 滋賀県長浜市高月町渡岸寺50

極め付きの中国絵画「紅白芙蓉図」

紅白芙蓉図

色紙大の小さな2幅の画面に紅と白の芙蓉がそれぞれ2輪ずつ、背景から浮かび上がるように描かれています。アオイ科の低木である芙蓉は、中国では栄華や富貴を象徴する花といわれ、古くから人気の画題でした。本作は、12世紀後半、中国・南宋の宮廷に仕えた画家・李迪の代表作であり、南宋花鳥画のなかでも最高傑作と称されています。
 
中国では花や鳥を画題とする花鳥画は唐代から描かれていましたが、北宋8代皇帝の徽宗の時代(12世紀初め)、その最盛期を迎えます。当時、優れた絵画とは、目に映る物の姿をそのまま写生するのではなく、その物の目に見えない本質までを捉え、詩情豊かに描かれるべきものと考えられていました。こうした考えは、とくに宮廷の絵を描くために設けられた画院では理想に掲げられ、李迪が活躍した南宋前期の宮廷画院にも継承されました。

本図で描かれているのは芙蓉のなかでも「酔芙蓉」といわれる品種と考えられています。酔芙蓉とは、朝は白く、昼にかけて酒に酔ったかのようにしだいに赤みを帯び、やがて夕方には深紅に染まることから付けられた名前です。李迪は、時の移ろいとともに変化する酔芙蓉のはかない美を、卓越した画力で見事に描き出しました。

花弁や葉、茎は、輪郭線を生かしたり、逆に見えないように塗り込めたりする異なる技法を駆使して、質感の違いを写実的に表現。さらに絵を描く絹の裏から彩色を施す「裏彩色」の手法を用いることで、微妙な色彩の諧調を表現し、本作に静謐な叙情性をもたらすことにも成功しています。

「紅白芙蓉図」は、制作年が不詳であることの多い南宋時代の絵画のなかで、落款により制作年がわかる稀有な作例です。日本にいつ舶来したかについては、明らかな記録はありませんが、室町時代に本作を下敷きにしたと思われる作品が数点あるため、15世紀にはすでに京都の禅僧たちの間で鑑賞されていたといわれています。左上方にそれぞれ落款があることから、本来は画帖に収められたものを、日本に伝来したのち対幅に改装されたと考えられています。

国宝プロフィール

李迪 紅白芙蓉図

中国・慶元3年(1197) 絹本着色 2幅 各25.2×25.5cm 

12世紀後半に中国・南宋の宮廷で活躍した画家・李迪の代表作。紅白の芙蓉をつぼみから満開まで、多彩な技法を駆使して精緻に描き出す。朝に白い花びらで咲き、時の経過とともに紅に染まりゆく酔芙蓉のさまとも考えられている。

東京国立博物館