2019年上半期でもっとも充実した日本絵画の展覧会として、開催前から非常に注目されていた展覧会「奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド」がいよいよ始まりました。INTOJAPAN編集部では、開催前から本展で特集された8人の絵師達の作風から、人物像を知ることができる意外なエピソードまで、多数の関連記事を掲載してきました。しかし、百聞は一見に如かず。知識をたっぷり頭に入れたら、あとは作品を観るのみです!
まだ会期が始まって1週間程度ですが、早速2度観てまいりました。前評判通り、本当に素晴らしい作品ばかりで、何度でも楽しみたい展覧会です。そこで、本稿では、改めて展覧会を観てきたレポートとして、絶対にチェックしておきたい6つの見どころと、混雑を避けて快適に「奇想の系譜展」を楽しむちょっとしたコツについて書いてみたいと思います。
日本美術史における金字塔的書籍「奇想の系譜」とは?
さて、「奇想の系譜展」について内容に入る前に、展覧会が開催される原点である1冊の書籍「奇想の系譜」について少し触れておきたいと思います。
「奇想の系譜」とは、美術史家・辻惟雄氏によって書かれた美術書につけられたタイトルです。江戸時代における個性的な絵師、岩佐又兵衛・狩野山雪・伊藤若冲・曽我蕭白・長沢芦雪・歌川国芳の6人の絵師を取り上げ、彼らの画業における革新性や面白さを語り尽くした画期的な著作でした。
驚きなのが、著作が発売された時期です。なんと約50年前に書かれた本なのですね。調べてみると、1968年7月~12月にかけて、美術出版社の雑誌「美術手帖」に連載された6回分のコラム+書き下ろし分1章を足して、1970年に発売されています。この「奇想の系譜」は発売と同時に爆発的な評判を呼び、売れに売れました。それ以来、文庫版や改訂版、海外版など様々なバリエーションを含めて版を重ね、約50年もの間、世代を超えて読みつがれてきたレジェンド級の書籍なのです。
なぜこの本がそれほど売れたのでしょうか。それはこの書籍が異端・傍流として軽く扱われ、時が経つにつれ忘れ去られていたエキセントリックで個性的な作家たちを最先端の「前衛」と定義し直して積極的に評価し、大胆に日本美術史の流れを書き換えた画期的な本だったからです。しかも、当時若干37歳だった辻氏の若さ溢れる筆致は切れ味抜群な上、非常に情熱的でした。奇想画家たちの作品の魅力や素晴らしさをケレン味たっぷりに語り尽くす辻氏の高い熱量に突き動かされ、読み手はページをめくる手がつい止まらなくなってしまうのです。
本展「奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド」は、まさに同書が出版されて50周年という節目の年に開催された美術展。展示では、「奇想の系譜」で取り上げられた江戸時代の6人の絵師に鈴木其一・白隠慧鶴の2名を新たに加え、総勢8名の個性派絵師から選びぬかれた113件を作家別に紹介。東京都美術館内に作り込まれたゴージャスな展示空間の中、ゆったりと見て回ることができました。
ユニークな作品が勢揃い! 観て実感した、展覧会の魅力あふれる6つの見どころとは?
展覧会は初日から熱心な日本美術ファンで混雑。筆者もプレス向け内覧会と、会期2日目に計2回観たのですが、本展は技巧的な作品から個性的な作品まで、とにかく「規格外」の個性派作品が多数並んでいました。その中でも筆者の感じた6つのポイントを挙げながら、8名の作品を順次紹介してみたいと思います。
みどころ1 若冲ファン感涙! 大量18作品が集結
本展に出展されている8人の絵師の中で、ダントツに人気があると思われる伊藤若冲。本展では、若冲の名品が出揃いました。「動植綵絵」を凌ぐとも評される宮内庁三の丸尚蔵館「旭日鳳凰図」やプライスコレクションの傑作「紫陽花双鶏図」を筆頭に、彩色された全盛期の優品や、巨大な屏風絵、絵巻物を中心に、大量18作品が登場。
伊藤若冲「旭日鳳凰図」宝暦5年(1755)宮内庁三の丸尚蔵館 展示期間 2/9~3/10
本展最大の注目作品の一つ「旭日鳳凰図」。若冲が大作「動植綵絵」に取り掛かる直前に手がけた傑作。
左/伊藤若冲「紫陽花双鶏図」右/伊藤若冲「虎図」宝暦5年(1755)
ともに米国・エツコ&ジョー・プライスコレクション
もし仮に本展が「奇想の系譜展」という展覧会名ではなかったとしたら、「伊藤若冲と江戸絵画展」というタイトルがついていたとしても全く違和感はありません。それくらい、近年では稀に見るほど若冲の名品が揃っているのです。2019年3月に福島県立美術館で開催される「伊藤若冲展」と合わせてチェックすると、かなりの作品数をまとめてみることができるチャンスです。
みどころ2 極小と極大の世界を味わえる!
長沢芦雪「龍図襖」島根・西光寺
円山応挙一門の画技「付け立て」を駆使して超速で描かれた迫力の龍。
本展では、どの作家を見ても出展作品のスケールがとにかく大きめなのが嬉しいところ。六曲一双の屏風いっぱいに描かれた迫力満点のダイナミックな龍や虎、牛、クジラなどを楽しめます。
歌川国芳「源頼朝卿富士牧狩之図」 展示期間 2/9~3/10
もちろん、特集された8人の絵師のうち、唯一浮世絵作家だった歌川国芳だって負けていません。通常、江戸後期の一般的な浮世絵のサイズは大奉書紙を縦半分に割った「大判」サイズ(縦39cm×横26.5cm)で制作されるところ、国芳が手がけたこの浮世絵は、空前の「大判」6枚続きで1つの画題を制作。超ワイドスクリーンで思う存分スペクタクルなシーンを描いているのです。
長沢芦雪「方寸五百羅漢図」寛政10年(1798)
単眼鏡越しに覗いても、目が慣れるまでは何が描かれているのか小さすぎてわからない、凄まじいミニチュア作品。
その反面、常識はずれなほど極小な作品も楽しめるのが本展の面白いところ。長沢芦雪が描いた「方寸五百羅漢図」は、わずか3cm四方の画面の中に、五百羅漢が超細密に配置される前代未聞なミニチュア作品。近くまで寄って単眼鏡で拡大して、やっとわかるほどでした。情報によると、近日中に拡大した解説パネルが作品の前に設置されるとのこと。まずはパネルや図録などで拡大図を確認してから、実物を楽しむのがいいかもしれませんね。
みどころ3 豊かな表情を見せるキャラクターたち
奇想画家たちが描いた人物たちもまた、かなりエキセントリックで味わい深いものがあります。特に面白かったのが、曽我蕭白や長沢芦雪が描く人物たちです。
曽我蕭白「雪山童子図」明和元年(1764)頃 三重・継松寺
たとえば、蕭白のこちらの作品をみてみましょう。真っ青の体躯をした鬼と向かい合う童子は、前世での釈迦を表しています。童子の手足には水色のマニキュアのような彩色も施され、鬼と童子はマンガのようなコミカルな表情をしています。よく見ると、童子が立っている木の枝や葉1枚1枚の色彩の美しいグラデーションや、鬼の手足に施された金箔をはじめ、「変な絵」を手を抜かず非常に真面目に仕上げている「醒めた」冷静さも見どころ。
また、白隠が描いた様々な「達磨像」や自画像も面白いです。「達磨像」と言いつつもほとんど自分自身の当時の心境を描いているのではないか・・・とも言われていますが、白隠がまだ壮年期に差し掛かった頃に描いた挑戦的な表情から、達観して禅を極めた晩年期の柔和な表情の達磨まで、時代別に見比べてみるのも面白いですね。
白隠慧鶴「達磨図」静岡・永明寺
白隠慧鶴「達磨図」大分・萬壽寺
みどころ4 鑑賞者の意表を突く、型破りなモチーフ!
「なんでこれを描くかな・・・」と思わずツッコミたくなるような変わった画題を手がけ、人々を楽しませたのも「奇想の画家達」の特性なのでしょうか。例えば、長沢芦雪のこの作品。
長沢芦雪「なめくじ図」
なめくじ図。思わず笑ってしまいました。しかも、画面上を所狭しと這い回った足跡まで丁寧に描く念の入れ方ですね。ちょっとほっこりする作品でした。
白隠慧鶴「隻手」岐阜・久松真一記念館
また、白隠慧鶴の描いた「手」。禅画では、室町時代の如拙や、白隠より少し後の仙厓などが、悟りを開くための「公案」を図像化した風変わりな画題を描いていますが、この「手」はかなり意表を突かれました。
みどころ5 絶妙のバランス感?! 美醜あわせもつエキセントリックな画題
個性派揃いの「奇想の絵師」たちの作品の中には、属する流派や画法の伝統を大切にしつつも、自らの内面に持つ強烈なヴィジョンや独自の美意識が否応なく画面に滲み出てしまっているような作品もあります。
狩野山雪「梅花遊禽図襖」寛永8年(1631)京都・天球院
例えば、こちらの狩野山雪の作品「梅花遊禽図襖」。狩野永徳や、山雪の師・狩野山楽が得意とした「大画形式」を継承しつつも、なんだか梅の巨木の枝ぶりが、妙に窮屈そうでカクカクしています。「奇想の系譜」の表現を借りると、幾何学的なフォルムへの偏執的なこだわりが、画面上で痙攣したような山雪独特の表現を生んだのだそう。
岩佐又兵衛「堀江物語絵巻」京都国立博物館 展示期間 2/9~3/10
また、こちらは岩佐又兵衛の「堀江物語絵巻」。建物や各登場人物、庭の木々に至るまで非常に細部まで丁寧に描きこまれ、江戸前期の作品としては間違いなくハイクオリティな絵巻物の一つではありますが、見ていただくとわかるのですが、美しさとグロテスクさが同居する「無惨絵」の世界が描かれているのです。
信長へ反逆し、一族ともに非業の死を遂げた荒木村重の落胤として不遇の戦国末期を生き延びてきた又兵衛の憂世への鬱屈した思いを叩きつけたようなグロテスクな流血表現を生み出したのでしょうか。目を背けたくなる一方で、不思議と惹きつけられる魅力のある作品でした。
奇想の絵師たちによる、こうした美醜相混じった独特の美意識の発露が、結果的に「美」の定義を拡張する前衛的な試みになっているのは非常に興味深いですよね。
みどころ6 写実だけが芸ではない! デザインセンス溢れる作品群
鈴木其一「夏秋渓流図屏風」東京・根津美術館 展示期間 2/9~3/10
奇想画家たちは、描こうとする対象を精密に写し取ろうとするだけでなく、自らの美意識に従い、現代にも通用するような優れた意匠的・装飾的な画面構成も残しました。例えば鈴木其一の「夏秋渓流図屏風」。ともすると毒々しくも見える真っ青な「青」で森の中を激しく流れる渓流を表現し、木々の間に生い茂るユリやササなどは琳派の伝統に則ってデザイン画のように描かれています。多くの鑑賞者が足を止め、其一が到達した独自の日の境地にじっくり見入っていました。
混雑必至?! ~奇想の系譜展を上手に見るコツを伝授します~
さて、魅力満載の「奇想の系譜展」ですが、心配なのは混雑状況です。本年度屈指の好展示なので、土日祝日や会期後半になると、館内は美術ファンで大盛況となることが予想されます。しかし、日本美術は非常に精密に描きこまれた繊細な表現も多く、少しでも快適に展示ケースの至近距離で作品を味わいたいもの。そこで、ここからは本展のために考えた「混雑対策」を紹介してみます。
閉室前30分間が一番の狙い目!
今回の「奇想の系譜展」では、来場者の年齢層がやや高め。会場には熱心な年配の方や壮年層の来館者が目立ちました。このような展覧会では、午前中~15時ごろまでが混雑のピークとなります。逆に、日中どれほど混雑していても、特に閉室まで残り30分を切った閉室前の時間帯は人がサーッといなくなる傾向にあります。
そこでオススメなのが、閉室前を狙って複数回通うという作戦。16時30分頃から入室し閉室の17時30分までの1時間が狙い目。中高年の来館者が家路に就く夕方以降は、かなり混雑が解消しているでしょう。
入り口が一番の混雑ポイント! 空いている時間帯で若冲を観る
本展の特徴は、特集されている8人の絵師の中で、一番人気がある伊藤若冲の作品が会場入り口付近に配置されていること。つまり、最初が一番混雑するのです。特に、LBFから1F、2Fへとエスカレーターで順番にフロアを登りながら出口へと向かう東京都美術館の構造上、フロアを上がるごとに人の流れが早くなる傾向にあり、後半の展示ほど混雑が緩和されて楽に鑑賞できるようになります。
例えば、16時頃から入館し、会場入り口近辺が混雑していたら、先に1F、2Fの作品群を見てしまいましょう。その後、17時を過ぎて閉室30分前からもう一度エレベーターで地下1Fに降りてきましょう。閉室前、混雑が引いたところでゆっくりメインディッシュとして若冲作品を楽しむのも一つの作戦です。(※あくまで編集部の予想です。もし予想外に混雑してしまったらゴメンナサイ!)
単眼鏡を忘れずに持っていくのが吉!
ケンコー・トキナーの美術館専用モデル「gallery eye」6倍モデル。メガネ着用のまま使えるスグレモノです。
展覧会にぜひ忘れずに持っていきたいのが、単眼鏡です。最近はケンコー・トキナーやビクセン、ニコンといった大手メーカーからコンパクトで軽く、かつ手頃な価格帯の「美術館専用モデル」が相次いで登場しています。まだ持っていない人は「奇想の系譜展」を機に購入しても良いかもしれません。
現在、売れ筋となる手頃な商品では、概ね倍率が4倍~6倍までのモデルですが、筆者が昨年末から混雑時に重宝しているのが、美術鑑賞専用モデルの中では上位機種の6倍モデル。混雑する館内において、絵巻物や精緻に描かれた日本画を、2列目、3列目からでも余裕で筆触がくっきりわかるほどきれいに見えます。肉眼だと、他の鑑賞者と身を寄せ合うようにガラスケースにへばりついて観なくてはならないですが、そういったストレスから一気に解消されるのは非常に大きいです。ネット通販なら上位モデルの6倍クラスでも10,000円を切ってきていますので、混雑を乗り切るための必需品として、思い切って投資してみてもいいかもしれません。
何度でも観に行きたい! 屈指の江戸絵画113作品を味わい尽くそう
辻惟雄氏の著作「奇想の系譜」の図版で紹介された作品を中心に、奇想画家8名の傑作が各地から集められた非常に力の入った展覧会でした。細かく展示替えも行われるので、もし気に入ったら、会期中何度でも通って味わい尽くしたいです。
美術館内のレストラン・サロンでの「奇想の系譜展」コラボメニュー。コースの前菜には伊藤若冲「象と鯨図屏風」をイメージしてクジラ肉がついてきました!
また、PARCOとコラボして制作されたハイセンスなグッズや、非常に細かいところまでファン目線が行き届いたハイクオリティな公式図録、美術館内のレストラン「サロン」「ミューズ」での限定コラボメニューなど、展示以外にも楽しめるポイントが沢山用意されています。
2019年上半期、日本美術ファン必見の展覧会となった「奇想の系譜展」。ぜひ自分なりの楽しみ方で、心ゆくまで楽しんでくださいね!
——–展覧会情報——–
展覧会名 「奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド」
会期 開催中~4月7日(日)(※展示替あり)
場所 東京都美術館
お問い合わせ 03-5700-8600(ハローダイヤル)
公式サイト
文・写真/齋藤 久嗣