Art
2021.01.03

シュールな漫画の世界に入り込む!?映像作家・森翔太さんの動画「ねじ式」が超ポップ!

この記事を書いた人

漫画家・つげ義春の代表作「ねじ式」を、独自の解釈とリスペクトの精神でリクリエイトした映像作品があることをご存知でしょうか?


「English Sub つげ義春『ねじ式』 完全版 Neji-Shiki」 https://www.youtube.com/watch?v=yzvfqYoxpCk

このオマージュ作品を手掛けたのは、「発想が斜め上」案件の作品を次々と発表している映像作家の森翔太さん。商社勤務、演劇活動を経たのち、近年ではWebCMやMV、TVCMの監督、映像ディレクターをするかたわらで作家活動も行っています。2020年4月にSNSにアップした「Zoom東京物語 Tokyo Story」は2.6万いいねを記録。森さんが2018年に発表した動画「ねじ式」は実写と漫画の絵をミックスした作品で、撮影や編集だけでなく出演もして、自ら主人公を演じています。

オマージュ作品を手がけることになったきっかけを振り返りながら、この作品で用いられている「漫画演劇」の方法論や、もともとファンだったというつげ作品の魅力について、森翔太さんに語っていただきました。

発表1週間後に展示のオファーが来た

つげ義春は1937年、東京葛飾生まれ。子どもの頃からいくつものアルバイトを行い、小学校を卒業するとメッキ工場に見習い工として就職し、その後、職を変えながら職業マンガ家を目指し1955年にデビューした鬼才。『ねじ式』『ゲンセンカン主人』『紅い花』などの作品で知られ、漫画界のみならず文芸関係者にも衝撃を与えた孤高の前衛漫画家です。1987年以降は新作の発表がないものの、2020年2月にフランスのアングレーム国際漫画祭で特別栄誉賞を受賞し、同年7月には全集が刊行されるなど、今もなお世代を超えた根強いファンによって、つげ作品は読み継がれています。

1968年5月に『ガロ増刊号・つげ義春特集』(青林堂)で発表された『ねじ式』は、海辺でメメクラゲに左腕を噛まれた少年が、医者を求めて漁村のような奇怪な町をさまよい歩き、婦人科の女医に出会ったことでシリツ(手術)を受け、事なきを得るという幻想的なストーリーです。シュールな世界観はさまざまな解釈を生み、実写映画化もされました。

森さんがこのオマージュ作品を作った動機は2つあり、ひとつは単純につげ先生の『ねじ式』が好きだったから。前々からこの作品で何かできたらと思っていたのだと言います。

「もうひとつの動機として、漫画のコマに実写をはめ込んだ、イラストの中に人が入り込む表現を以前からやってみたかったことがあります。

このとき、『ねじ式』を選んだ理由は他にもあって、題材として登場人物が少ない作品を探していたこともあります。また、原作の背景を使うことにしたので、絵に説得力のある作品がよかった。絵に凄みがある『ねじ式』の作品の力を借りることで、遊べないかと考えました」

森さんは、フジテレビ系列で32年間続いた昼の人気バラエティー番組『笑っていいとも!』のコーナー「テレフォンショッキング」に入り込む映像を発表するなど、ユニークなパロディー作品を多く手掛けています。「ねじ式」もどこかクスリと笑ってしまうようなエッセンスが感じられます。芸術作品と名高い漫画に対して、ユーモアをどういった配分で盛り込んでいったのか尋ねてみると、じつは意識していなかったのだそう。

「作品によってはウケを狙ってギャグを盛り込むことはありますが、『ねじ式』にいたってはベースとなる作品があるので、あえてユーモアを入れようとか、一切考えなかったです。ストイックなファンもいらっしゃるので。

ただ自分がそういうつもりでも、ギャグとして捉える人はたくさんいました。あえて狙っていない作品に対してそう思ってもらえるのは新鮮で面白いですね」

動画「ねじ式」は、六本木ヒルズ森タワーの東京カルチャーリサーチで開催された「つげプロジェクトVOL.1 ねじ式展」(2019年10月30日~12月1日)にも出品されました。同展はつげ義春の全集刊行を記念したプロジェクトの一環で、動画を公開して1週間後に製作委員会からオファーがあったのだとか。発表したタイミングに展示の企画が重なったのは偶然でしたが、「ねじ式展」に参加したことで、結果的につげさん公認の作品になりました。

「自主作品なので、ファンアートとしてやろうと思っていたんですけど、つげさん本人に見ていただくことができて安心しました。

製作委員会の方は僕より世代的にかなり上でしたが、喜んでくれましたね。原作とは別解釈で作ったんですね、と言っていただき、僕の中では怒られるんじゃないかという不安もあったので嬉しかったです」

『ねじ式』はサンプリング的なつくりをしている

グリーンバックで人物を撮影した実写をイラストと合成する手法は以前からありましたが、漫画の原稿用紙の縦型のフォームを使い、原作の背景に実写を入れ込む手法は新鮮に映ります。この森さんが発案した手法「漫画演劇」は、動画「ねじ式」発表前年の2017年に連載していたウェブ記事の企画から着想を得て生まれたのだとか。

「『映像クリエイター森翔太の絵コンテ日記』(Webマガジン「Zing!」掲載)は、自分が登場する絵コンテ的な映像作品で、背景はすべて手書きで描いていました。でも、これ実写でやった方が楽だよなと思ったんです。もし同じような連載の話がきたら、実写でやってしまおうと。『漫画演劇』は色々な仕事をしていった結果、行き着いた表現です」

動画「ねじ式」には原作にない新たな要素として、血が噴き出す動画や、ナレーションに合わせて人がコマの中に入ってくるシーン、現代的なイメージなどが加えられ、デヴィッド・リンチ監督の『ワイルド・アット・ハート』やアンドレイ・タルコフスキー監督の『サクリファイス』、黒澤明監督の『乱』といった映画のシーンなどもサンプリングするように編み込まれています。

「(原作の)『ねじ式』自体がサンプリング的なつくりなんです。つげ先生の漫画について書かれた資料を読むと、有名な目の看板や、家から鉄道が出てくるシーンなどの背景は、雑誌や写真集をキリ貼りしてトレースしたコラージュで作られています。つげ先生が一時期アシスタントをしていた水木しげる先生などもそうです。だから僕が新しい要素を加えても全然、違和感がないはずです」

過去の作品が再発見されるきっかけに

動画内では、主人公のほか、途中で出会うサラリーマンや老婆の声など、女医の声以外は全て森さんが演じていて、ひとりで何役も演じ分けている点も見どころのひとつとなっています。

「一人で全て作る、ということをしたかったので、本当は女性の声もやりたかったんです。当初、女性の役を女物の着物を着て撮影したのですが、思った以上にコミカルになってしまって。仕方なく女性役は漫画のキャラクターを使うことにしました。声も男が演じるとノイズになってしまうので、女性に依頼して録りました」

過去に劇団「悪魔のしるし」に所属し、俳優としてのキャリアもある森さん。「Zoom東京物語 Tokyo Story」(2020.4)も、演劇的な視点を感じさせる作品になっています。Web会議ツール「Zoom」のフォーマットを使い、小津安二郎監督の名作を会話劇にリメイク。制作されたのは、コロナ禍でテレワークが推奨され、オンライン会議が浸透していった時期でもあり、劇場で公演を打てない劇団がオンラインで何かやろうと模索していた期間にも重なります。


「Zoom東京物語 Tokyo Story」(2020.4)https://www.youtube.com/watch?v=Gv0uVQ4o0_0

「2020年4月に演出・脚本で参加した劇団テレワーク(※2020年4月5日旗揚げ。企画、稽古、公演まで全てをZoomで行う劇団。現在はクローズ)で関係者と一緒に制作をしたのですが、このとき、各出演者の顔がワイプで映り続けているという特性から、それがまるで舞台上で演じ続けている(演劇が行われてる)ように見える、という発見がありました。

映画『東京物語』は、役者がカメラを見つめるスタイルだったことを思い出して、Zoomの画にそっくりだ、この画角ならといけるなと。この2つの要素がバチッとはまった感じです。『東京物語』でなければやらなかったですね。いつも2つくらい動機があると、作ってみようと思うんです」

多くの反響があったことに関して、誰もが予想だにしていなかった世界的パンデミックが襲った今の状況だからこそ、見る人がいろいろな理由づけをできる映画だったと、森さんは指摘します。

「制作した4月は、ステイホームで自分だけで完結するような表現が生まれる謎のムーブメントがあったので、Zoomで何かやれば、反応する人はいるだろうと思っていました。ただ、『ねじ式』もそうですが、『東京物語』はけっこう昔の映画です。思った以上にリツイート、いいねがあって驚きました。だからネットは面白いですよね。メインユーザーが高校生のTikTok(ティックトック)のタイムラインにもあって、すごい時代だなと思いました。過去の名作が再発見されるきっかけにもなったんじゃないかなって」

つげ作品の魅力

森さんは『ねじ式』以外のつげ作品もよく読んでいたとか。つげ義春はシュールレアリスムと称される超現実ものを描く一方で、日常系の漫画も多く描いてきました。森さんはとくに日常の延長を描いた作品が好きで、ガロ系の漫画にもつげ作品にも大きく影響を受けていると言います。最後に、森さんが思う漫画家・つげ義春の魅力について伺いました。

「魅力しかないですね。僕がつげ先生の漫画を初めて読んだのは大学生の時です。

『無能の人』は石を売るお父さんの貧しい暮らしを淡々と描いた作品でしたが、日常の場面にフィクションを織り交ぜたような漫画が多くあります。今の日常漫画の走りでもあったわけで。こういった何も事件が起きないような作品が好きです。

また、今のアニメは『転生したらスライムだった件』や『ダンジョン飯』のように、異世界ものがジャンルとして確立されています。ある意味、つげ先生の漫画も異世界もので、非現実の世界にポンと持っていかれる流れは、すごく今っぽいと思います」

森さんの「ねじ式」がポップでキャッチーな作風に仕上がったのも、そんな視点で原作を愛読していたからかもしれません。

「『ねじ式』を何度も読むとちょっと笑ってしまうと言うか。なんじゃこりゃの連続じゃないですか。でも普通に最後まで読ませてしまう。意味が分からないですよね。考察をしようと思えばいくらでもできる作品だと思うんですけど、そういう作品ではないんだろうなと。そういうところがすごく魅力的です。

これは映像作品を作ったから分かったことですけど、編集作業でなんども見返すたびに感じるところがあって、『ねじ式』はアングラな作品でもありますが、僕はポップだと思っています」

参考文献:
『Spectator vol.41 つげ義春』幻冬舎、2018年
『つげ義春漫画術〈下〉』つげ義春/権藤晋著、ワイズ出版、1993年

書いた人

もともとはアーティスト志望でセンスがなく挫折。発信する側から工芸やアートに関わることに。今は根付の普及に力を注ぐ。日本根付研究会会員。滑舌が悪く、電話をして名乗る前の挨拶で噛み、「あ、石水さんですよね」と当てられる。東京都阿佐ヶ谷出身。中央線とカレーとサブカルが好き。