2018年9月9日まで、東京ステーションギャラリーで「生誕100年 いわさきちひろ、絵描きです。」が開催中です。東京ステーションギャラリー学芸員の成相肇さんに、みどころを解説していただきました。
物語とともに広がっていく、絵具の世界に没入
「この『海とふたりの子ども』が描かれている絵本『ぽちのきたうみ』は、生前、いわさきちひろが最後に手がけた作品で、彼女ならではの水彩使いが最もうまく出ているもののひとつだと思います。画面奥の濃い青は空でしょう。大きく腕を動かしながら、ひと息に線をひいています。画面の中央あたりはほとんどシミというか、ノイズのようになっていて、それが波頭に見立てられている。そして、手前のおだやかな波打ち際は、色がグラデーションになっています。こういう、絵具の水と粒子の扱いで空間を描きわけるのがちひろの特徴です。アクシデントでできてしまったようなシミをうまく使っているのが、いちばん面白いところですね」(成相さん)
いわさきちひろ「海とふたりの子ども」「ぽちのきたうみ」(至光社)より 1973年 ちひろ美術館蔵
夏の日のちょっとした出来事。おおげさなストーリーはありません。
「主人公の女の子と愛犬との“お話”とはまた別の層に、絵具という物質そのものが紡ぐストーリーがあるんです。この絵は、女の子と男の子の会話のシーンなんですけれど、同時に、絵具が広がっていく場面でもあって、絵本を読む人は“海”と“絵具の広がり”の両方を、行ったり来たりしながら、作品世界に没頭していくわけです」(成相さん)
今回の展覧会では、童画家としてイメージされているいわさきちひろの、「絵描き」としての技術や作品背景に焦点を当てていきます。
「ちひろは、恵まれている人だけではなく、だれもが芸術に触れることができる世の中に、という信念をもって、活動を続けた人です。『かわいい、やさしい、やわらかい』といった印象だけでない、前衛的な表現者としてのちひろ像にも迫ることができたらと思っています」(成相さん)
展覧会タイトルの「いわさきちひろ、絵描きです。」は、彼女が伴侶と出会った際の自己紹介の言葉。そこに込められた想いを感じてください。