あっという間に12月も中盤に差し掛かり、2018年も残すところあと2週間を切りました。クリスマスのイルミネーションが街を彩る中、忘年会シーズン真っ盛りとなってくると、いよいよ年の瀬が迫ってきていることを実感します。さて、年末といえば、クラシック音楽ファンがベートーベンの「第九」を聴きたくなるのと同様に、熱心な日本美術ファンが年末年始に心待ちにしている展覧会があります。そのうちの一つが、本稿で紹介させていただく三井記念美術館「国宝 雪松図と動物アート」です。
三井記念美術館では、現在の日本橋・室町に美術館がオープンした平成17年以来、ほぼ毎年のように年末年始の展覧会で円山応挙の最高傑作「国宝・雪松図屏風」の展示を中心とした展覧会を開催してきました。そのためか、熱心な美術ファンの間では、毎年年末年始になると三井記念美術館で公開される「雪松図屏風」を楽しむ、というルーティーンが出来上がっているのです。
今年度もその流れは継続。本展「国宝 雪松図と動物アート」では、昨年の同時期に開催された「国宝 雪松図と花鳥―美術館でバードウォッチング―」の続編的な位置づけとして雪松図屏風とともに、三井家のルーツでもある神獣「鹿」を中心としてあらゆる動物たちをテーマとした絵画や工芸など幅広いジャンルの館蔵品を公開中です。早速取材させていただきましたので、展覧会の魅力や見どころを紹介していきたいと思います!
見どころ1 応挙の最高傑作! 国宝「雪松図屏風」
円山応挙「雪松図屏風」
第四展示室正面奥の”定位置”に展覧会の主役として飾られている「雪松図屏風」。三井家が円山応挙に直接依頼し、オーダーメイドで制作してもらったと伝わる本作は、2018年現在1,000件以上ある日本の国宝の中でもとりわけ人気の高い作品の一つです。
円山応挙「雪松図屏風」部分拡大図
江戸中期当時では画期的な新技法となる「付けたて」「片ぼかし」を駆使し、雪景色に輝く老松と若松が鑑賞者に迫ってくるような視覚的効果を実現した江戸時代の「元祖3D」屏風絵は、何度見てもやっぱり素晴らしい!今回はじめて見る方は、是非本作を心ゆくまでじっくりと観ていってほしいです!
見どころ2 根津美術館から凱旋帰還! 国宝「志野茶碗 銘卯花墻」
続いて、かつて北三井家が所蔵した国宝茶室「如庵」を再現した展示室内の畳に鎮座するのは、やはり三井記念美術館の至宝「国宝・志野茶碗 銘卯花墻(うのはながき)」です。つい先日まで根津美術館の特別展「新・桃山の茶陶」(※~2018年12月16日迄開催)の主役として展示されていましたが、今度は本家で会えました。
「志野茶碗 銘卯花墻」
約400年前、美濃地方で採れる白土に、半透明の長石釉を掛けた志野は、日本ではじめて絵付けされた白いやきものとされています。その最高傑作が「卯花墻」なのです。左右非対称で三角形に近い形に変形され、鉄絵で描いた抽象的な垣根文様は歴代の茶人から絶賛されてきました。
「新・桃山の茶陶」展では360度鑑賞が可能なクリアなガラスケースでの展示でしたが、本展では本来あるべき茶室での展示となり、場所が変わればまた見え方も変わる面白さを味わえます。劣化に強い陶器ならではの連投での展示となりますが、左右非対称の美学が貫かれた桃山時代屈指の傑作は、いつ見ても見飽きません。
見どころ3 国内初出品! もう一つの「白象黒牛図屏風」
長沢芦雪「白象黒牛図屏風」/個人蔵
今回の展覧会で特に目の肥えたアートファンに注目されていたのが、本展が国内初出品となる長沢芦雪「白象黒牛図屏風」です。六曲一双の大画面を隅々まで使ってドカーンと描かれた個性的な作品です。
近くまで寄って見ていくと、うっすらと下絵を描いた跡も見えます。先に下絵を薄く描いておいて、そこから一気呵成に太い筆で勢いをつけて描き上げられたとされている本作は、筆勢の荒々しさから象や牛の重量感がずしりと感じられました。
また、主役の「象」「牛」以外にも見どころがあります。左隻下部に描かれた愛らしい表情の子犬は、師・円山応挙ゆずりの可愛らしさです!
本作は、伊藤若冲の大コレクションなどで有名な海外のコレクター、ジョー・プライス氏が所蔵する同タイトル作品と瓜二つ。好評につき、複数枚制作されたのでしょうか。ちょうどタイミング良く、2019年2月9日から東京都美術館で開催される「奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド」でプライス氏が所蔵する別バージョンも公開されるので、これを機に2つの作品を見比べてみるのも面白いかもしれませんね。
見どころ4 動物たちをあしらっためでたい茶道具や工芸品
本展では様々な動物たちが描かれた茶道具や陶磁器も一つ一つ見どころ満点。動物と言っても、「猫」や「犬」といった小動物だけでなく、龍や鳳凰など伝説上の幻獣も登場するのです。例えば展覧会のオープニングを飾っているこの作品。
古銅龍耳花入
中国・明時代に制作された銅製の花瓶なのですが、デザインに惹かれます。珍しい文様だけれども、どこかで見たことがある文様だなと思っていたら、古代中国の殷周時代の青銅器の文様として有名な「魔除け」の神獣饕餮(とうてつ)をあしらった伝統的な饕餮文でした。3000年以上中国で大切に受け継がれてきた「神獣」の伝統的な文様を見ていると、年末年始に特別なパワーをもらえるような気持ちになりました。
惺斎「竹置筒花入 銘白象」
竹製の筒の底のあたりが、象の足に似ているとのことで、「竹置筒花入 銘白象」と名付けられた花入。「見立て」文化の面白さを感じますよね。
惺斎「竹置筒花入 銘白象」部分拡大図
実際にかなり寄って撮影してみました。どうでしょうか? 象の足に見えてきましたか?
野々村仁清「信楽写兎耳付水指」
こちらは、野々村仁清が手がけた信楽焼です。特に変哲のない普通の信楽焼に見えますが、一見地味に見える焼き物ほど、細かく見ていくと豊かなディテールが隠されているものです。
野々村仁清「信楽写兎耳付水指」部分拡大図
本作も、じっくり見ていくと肩の部分にウサギをかたどった小さな飾り(=耳)が控えめにつけられていることに気付かされます。このウサギのコミカルな可愛さが絶妙のアクセントになっており、仁清らしい味のある作品に仕上がっていると思います。
見どころ5 リアルすぎる動物たち! 超絶技巧の競演
高瀬好山「昆虫自在置物」
本展では、作家たちの職人魂が感じられる「超絶技巧」系の工芸作品も多数展示されています。その代表格が、高瀬好山の昆虫やエビをモチーフとした自在置物。今にも動き出しそうなほどリアルに作り込まれた昆虫たちは、実際に手足の関節が可動するよう設計されています。触って遊べる“高級フィギュア”といったところでしょうか? 三井家の子どもたちは、こういう超高級な玩具で色々遊んだのかもしれませんね。
高瀬好山「伊勢海老自在置物」
そして、全身銀色に光り輝く、等身大サイズで造られた派手な伊勢海老の自在置物も登場。正月らしい華やかさが存分に感じられます。
安藤緑山「染象牙貝尽置物」
また、最近まで謎に包まれた明治の天才工芸職人・安藤緑山が象牙で制作した様々な「貝」の凄まじい出来栄えにも舌を巻きました。どこからどう見ても本物にしか見えず、まさに究極の食品サンプルといえるかもしれません。
見どころ6 美術館では珍しい切手コレクション
三井記念美術館の意外な所蔵品が、南三井家10代目当主・三井高陽(みついたかはる)や元ダイセル化学社長・昌谷忠が蒐集した切手コレクションです。その数、合わせてなんと約13万枚と凄まじい充実ぶり!
昌谷忠コレクション「昭和日本の動物切手」
今回は、その中から国内・海外を問わず「動物」がモチーフとなっている未使用切手が一挙大公開。日本では「郵政博物館」や「お札と切手の博物館」などが有名ですが、美術館で「切手」コレクションを見たのは今回が初めてだったので意外でした。現代と価格やデザインが違っており、約150年にわたる日本の切手の歴史がしっかり感じられる展示内容です。最終展示室へ進む前のちょっとした箸休めとして、面白い趣向の展示です。
見どころ7 動物たちが躍動するかわいい絵巻物
「十二類合戦絵巻」部分図
最終展示室で目を引いたのが、「鳥獣人物戯画」のように動物たちが擬人化されて描かれた絵巻物です。動物たちが合議をするシーン、話し合いが物別れに終わってからの合戦シーン、そして戦いに敗れた主人公の狸が出家するシーンなど、かわいくてコミカルな動物たちが躍動しています。
「十二類合戦絵巻」部分図
よーく見ると、動物たちの顔つきは可愛いのですが戦いのシーンなどは手を抜かず流血シーンが描かれていたり、妙にリアルな描写も隠れた見どころかも。
日本美術初心者にもオススメの展覧会
ほぼ100%館蔵品で構成された今回の展覧会ですが、展示を俯瞰して見てみると、日本を代表する国宝2件を筆頭に、三井記念美術館のコレクションの層の厚さを改めて実感しました。「動物」にテーマを絞り込んでいるのに、日本画を筆頭として絵巻物・茶道具・酒器・能面・人形・自在置物・漆工芸等々、あらゆるジャンルからこれだけハイレベルな作品が出揃う展覧会をさらっと開催できてしまうのですから、美術ファンとしてはたまりませんよね。
また、カテゴリ横断的にまんべんなく優品を楽しめるため、美術鑑賞初心者の方にも安心しておすすめできる展覧会です。じっくり見ていく中で、意外な自分の好みと出会えるチャンスかもしれません。是非年末年始は三井記念美術館で、作品の中の可愛くてコミカルな動物たちを楽しんでみてくださいね。
文・撮影/齋藤久嗣