「青色」と聞いて何を思い浮かべますか?
海の青。空の青。「サムライブルー」のユニフォームを思い出す方もいるかもしれません。
日本では古くから「藍」が染料として使われ、青が生活の中に溶け込んできました。明治時代に日本を訪れたイギリスの研究者は、着物や暖簾など、至るところにあふれる美しい青色に驚き、「ジャパン・ブルー」と褒めたたえたそうです。戦国時代には、武将たちが戦いに赴く際、勝利への験担ぎとして濃い藍色の着物を身につけたと言われています。
日本画の世界でも、青は伝統的な色の一つです。青色の表現を独自の感性で追求し、「青の画家」と異名をとるのが、近代を代表する日本画家の一人、東山魁夷です。透明感と、深い静けさを感じさせるその色づかいは「東山ブルー」と呼ばれ、世代を問わず多くのファンの心を惹きつけてやみません。
「東山ブルー」は、なぜ私たち日本人の心に響くのでしょうか。そのヒントを見つけるため、「東山魁夷の青・奥田元宋の赤ー色で読み解く日本画ー」を開催中の日本画専門美術館、山種美術館をたずねました。(※会期は2019年12月22日まで)
日本画の伝統色「群青」
「青色」と言っても、その色味は一種類ではありません。「空色」「紺色」「藍色」「瑠璃色」など、さまざまなバリエーションがあります。中でも、日本画の世界で青色を代表するのが「群青」。やや紫がかった深い青色です。「藍銅鉱(らんどうこう)」という鉱物を細かく砕いた岩絵具が使われます。産出量が少ないため、もっとも高価な絵具の一つです。
山や水の表現に「青」を使うのは、いわば日本画の「お約束」。展覧会で見ることができる川端龍子の大作「黒潮」にも、鮮やかな群青が惜しげもなく使われています。
日本画の大家である速水御舟は、発色が美しい最高級の群青の絵具を購入するために、借金をしたこともあったそうですよ。
「東山ブルー」は北欧で生まれた
そんな伝統の色、多くの日本画家が魅入られてきた青を、独自の感性で解釈、表現したのが今回の主人公の一人である東山魁夷です。今でこそ国民的な画家として知られる魁夷ですが、実は遅咲きの画家と言われています。魁夷が風景画家として立っていくことを決意したのは、終戦後の1947年、39歳の時に、夕暮れの山並みを描いた「残照」が日展で特賞を受賞したことがきっかけでした。
魁夷が青を基調にした作品を描くようになったのは、さらに時が流れて1962年、54歳の時に北欧を旅してからです。この旅で魁夷は、およそ3ヶ月をかけ、デンマーク、ノルウェー、スウェーデン、フィンランドの4ヶ国を回り、「森」と「湖」を巡りました。
魁夷の作品の中に、有名な青い森と湖のモチーフが繰り返し現れるようになったのは、この旅の風景を描いた「北欧シリーズ」以降です。それは具象的な風景でありながら、どこにもない景色、人の心の奥底にある静謐な世界を描いたような、神秘的な雰囲気をたたえています。すぐれた文筆家でもあった魁夷は、自身の青への想いについて、後年こんなことを書き残しています。
青は感覚と精神の世界を繋ぐ色であって、渋い青色は精神世界へ、より近づく傾向を表しているとも考えられる。(『水墨画の世界』1979年)
色彩感覚にすぐれた画家ならではの言葉ですが、私たちの日常の中でも「色」が人の心に与える影響は大きいもの。色で人の心を癒す「カラーセラピー」では、青は冷静さや平和、安らぎをもたらす色とされています。情報や刺激が溢れる慌ただしい日常を生きる現代の私たちが、東山ブルーが持つ静けさに惹かれるのは、ごく自然なことなのかもしれません。
東山ブルーの名作「年暮る」
北欧から帰国した魁夷は、親交のあった作家の川端康成に後押しされ、京都を描いた連作「京洛四季」の制作に取りかかります。
北欧の旅から帰って、私はこんどこそ、生涯の中で最も心を篭めて、京都を深く味わってみたいと思った。それは、京都の持つ日本的なものの良さに、無理なく心が通い、深く触れ合える地点に、私の遍歴が達したと思うからでもある。(『風景との対話』1967年)
連作の締めくくりとして描かれたのが、今回の展覧会にも出品されている東山魁夷の青の名作「年暮る」です。
年の瀬の京都に、音もなく降りしきる雪。さまざまな青を使い分けて描かれた家並みから、外の寒さと静けさ、それとは対照的な室内の温かさや、新たな年を待つ凛とした緊張感までも伝わってくるようです。魁夷はこの作品を、たびたび宿泊していた京都ホテル(現在のホテルオークラ)の屋上で描いたスケッチを基に制作したそうです。
日本画の伝統色である青色に、海外を旅する中で得たインスピレーションを融合させたその色彩は、日本人の心に、普遍的な懐かしさを呼び起こします。
古来、東洋美術では風景は客観的自然の描写ではなくて、作者の心情の反映としての表現である。(中略)私たち画家は自然の中に感じ捉えたものを、画布の上に生き生きと再現しなければならない。(『旅の環』1980年)
見たことがないはずの風景を描いた作品なのに、いつかどこかで訪れたことがあるような気がする。それはもしかすると魁夷が、自然を描写するだけにとどまらず、その奥にある日本人共通の「心のふるさと」のような場所につながる道を知っていたからなのかもしれません。
私が常に作品のモティーフにしているのは、清澄な自然と素朴な人間性に触れての感動が主である。戦後の時代の激しいそして急速な進みの中で、私自身、時代離れのした道を歩んでいると思う時が多かった。しかし、今ではそれで良かったと思っているし、また、それをこれからも貫き通したいと念じている。(『日経ポケット・ギャラリー』1991年)
今すぐ遠くへ旅することは難しくとも、美術館を訪れれば、画家たちが見た風景と、その感動に触れることができます。今度のお休みは美術館で、ショートトリップを楽しんでみてはいかがでしょうか?
展覧会の見どころ
展覧会では「東山ブルー」だけでなく、日本画の名作を生んだ画家たちと色の関係が、さまざまな角度から取り上げられています。
また、展覧会の期間中、エントランスに隣接する「Cafe椿」では、東山魁夷の「年暮る」をはじめ、展示作品をモチーフにした和菓子も味わうことができます。
山種美術館概要
施設名:山種美術館
住所:東京都渋谷区広尾3-12-36
開館時間:10:00~17:00(最終入館は16:30)
休館日:毎週月曜日(祝日は開館、翌日火曜日は休館)展示替え期間、年末年始
アクセス:JR恵比寿駅西口・東京メトロ日比谷線恵比寿駅 2番出口より徒歩約10分
公式webサイト:http://www.yamatane-museum.jp/
※山種美術館のシンボルマークは、魁夷が実際に使用していた群青の岩絵具の色彩を基にデザインされているそうです。訪れる際はぜひ注目してみてください。
山種美術館 広尾開館10周年記念特別展「東山魁夷の青・奥田元宋の赤―色で読み解く日本画―」
開催期間:2019年11月2日(土)~12月22日(日)
休館日;月曜日[但し、11/4(月)は開館、11/5(火)は休館、12/23~1/2は展示替と年末年始休館]
開館時間:10:00~17:00(最終入館は16:30)
料金:一般1200円・大高生900円・中学生以下無料
参考文献
三戸信惠『色から読み解く日本画』(X-Knowledge)