9月12日放送のTBS『日立 世界ふしぎ発見!』は『世界が注目! 北陸が生んだ伝統美』ということで、北陸地方の伝統工芸が多数紹介される。
その中で『越前打刃物』というものが登場する。これは北陸、いや、日本を代表する工芸品だ。世界のナイフコレクターの間では「Blacksmith of Echizen」と言われるように、福井県越前市は鍛造職人の街というイメージが定着している。
日本は素晴らしいナイフを輩出する国だが、その中でも越前市は最高品質の鍛造品を生産しているのだ。
「打刃物」と「抜刃物」
まず、「打刃物」と「抜刃物」の違いを解説しよう。
打刃物とは、金属を熱して叩いた刃物である。つまりは鍛造だ。柔らかくなった鋼材を叩いて成形しつつ、不純物を取り除いていく。日本刀は、打刃物の極地のような代物と表現してもいいだろう。ヒストリーチャンネル『刀剣の鉄人』で、このようなことがあった。この番組は毎回4人の刀剣職人が与えられた条件の武器をその場で製造するのだが、ある職人は鋼材を削り出したブレードを提出した。それを見た審査員、アメリカ刀剣職人協会の名匠J・ニールソンは明らかに怒りを隠し切れない様子でこう言った。
「君は鍛造の定義を分かっているのか?」
つまり、この番組は打刃物を作る内容である。しかし英語では「打刃物」を一単語で訳すことができない。どうしても「forged blades」か「forged knife」になってしまう。だからナイフ職人の世界では「打刃物(特に日本製)」はそのまま「uchihamono」で通じるのだ。
一方、鍛造を踏まえないまま鋼材を削り出したり、鋳造でブレードを作る場合は「抜刃物」と呼ばれる。前述のJ・ニールソンを激怒させた職人は、まさにこの抜刃物を作っていた。ストック&リムーバルという技法と同義であるが、カスタムナイフにおけるそれはR・W・ラブレスが低予算で誰でもできるやり方として編み出したもの。専らこの技法で作品を制作する職人も多い。
では、打刃物と抜刃物のどちらが性能に優れているのか? 昔であれば、前者が断然優れている。何しろ、自分の手で熱した鋼材を叩くのだ。そのプロセスを経ている分だけ、打刃物は突出した耐久性も有している。
ただ、現代では金属のプレス加工技術のレベルが向上したため、抜刃物も打刃物に負けない性能を持っている。実はプレス加工に関しても日本の技術は世界の最先端を進んでいるのだが、このあたりは別の機会に書きたい。
とにかく今回の主題は、打刃物である。
世界を魅了する「和式ナイフ」
越前打刃物の始祖は、千代鶴国安という京都の刀剣職人である。
この千代鶴国安は14世紀前半、南北朝時代の人物。愛知県名古屋市の熱田神宮が所蔵する『次郎太刀』という刀剣は、彼の作品と言われている。
当時は「府中」と呼ばれていた越前市に移り住んだ千代鶴国安は、片手間で農具も作っていた。その技術が受け継がれ、江戸時代になると越前打刃物は福井藩に保護されるようになった。それだけの利益を生み出す産業に発展した、ということだ。
現在でも、越前打刃物は伝統工芸士認定の対象である。20人の刃物職人が、このカテゴリーの伝統工芸士として登録されている。
その一人、佐治武士氏の作品を筆者は所有している。これは和樂Webでも記事にしたことがある鉈だが、鍛造ならではの積層ブレードが非常に美しい。佐治氏の作品は「和式ナイフ」として世界中のコレクターを魅了している。しかしそれ故に、ネット販売ではどうしても品薄になりやすいのも特徴だ。ナイフの即売イベントに行けば手に入る……のかもしれないが、残念ながら新型コロナウイルスの影響はこの分野にも影を落としている。イベントと名の付くものは、軒並み中止。少なくともワクチンが開発されるまではこの状態が続くだろう。従って、購入費用はあっても望みの和式ナイフが入手できないというのが現状である。
打刃物の復権
今は亡きR・W・ラブレスが偉大なナイフ職人であることに異論はないが、それでも「打刃物の復権運動」は近いうちに必ず起こると筆者は確信する。
打刃物ほど、芸術品に近い工業品は存在しないからだ。金属板を重ね、それを接着させながら打ち延ばし、ブレードの形を作る。この作業は恐ろしく重労働で技術を要し、設備費用もかかる。だからこそラブレスは鍛造を省いた技法を確立させたのだが、一方で打刃物にはストック&リムーバルでは再現できない付加価値があるのも確かなのだ。
そして世界の打刃物業界の頂点に君臨するのが、他でもない越前市である。
新型コロナウイルスの影響で海外旅行ができなくなった今だからこそ、自国の伝統産業を見直してその魅力を再発見しよう。