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Craft
2019.10.31

ナイフの本場アメリカが驚愕!日本の「鉈」の超高度な技術と佐治武士の作品を紹介

この記事を書いた人

日本には「鉈」と呼ばれる刃物がある。

この鉈を英訳するのは難しい。「Chopper」と呼ばれることもあるし、「Hatchet」とも「Matchet」とも訳される場合もある。だから、ここは敢えて訳さずそのまま「Nata」でも構わない。実際に日本の鉈は「Nata」として国外にも流通している。

ともかく、今回のテーマは鉈である。この独特のナイフから、日本という国の特色を観察しようというのが筆者のブレード関連記事の目指すところである。

ナイフと地域性

太い枝を切り落とすのに、鉈は欠かせない。

特に日本は山林だらけの国である。木を切り開いて居住スペースを確保することを我々は宿命づけられている。もっとも、現代日本では林業は後継者不足の問題に直面しているが。

つまり日本という国では、木々から伸びる枝を切り開かなければ家すら建てられないということだ。となると、常に携帯できる伐採用ナイフが必要不可欠になってくる。
ナイフは地域性を背景に独自進化する道具だ。

たとえばボウイナイフは、ジェームズ・ボウイという人物にちなんだ名前の道具。これは狩りで得たバッファローを解体する目的の他、戦闘のための武器として用いられた。実際にボウイはこのナイフで、ノリス・ライトという男を殺している。たった1本で切る・刺す・剥ぐの用途に対応しようと思えば、自ずとブレード幅に余裕のあるクリップポイントのナイフになっていくのだ。

アメリカの鉈

ところで、アメリカには日本の鉈のようなナイフは本当にないのだろうか?

試しに探してみると、ないことは決してない。軍用ナイフで有名なオンタリオ社が販売する『SP-8』の形状は、まさに鉈そのものだ。長方形のブレードはまさに日本の鉈を思わせるが、このSP-8が開発されたのはほんの最近のこと。SP-8がアメリカの伝統的なナイフかと問われれば、やはり即答しかねる。

次に、第二次世界大戦当時のアメリカ軍で使われていたナイフを見てみよう。幸い、一覧図がDeviantArtにあった。SP-8のような形状のナイフは、ここでは見当たらない。

上の画像の中で日本の鉈に似通ったコンセプトのブレードといえば、ウッドマンズ・パルではないだろうか。これはマチェット、ボウイナイフ、鎌、カットラスを融合させたような大型ナイフで、1941年に発明されたものだ。明らかに対日戦争を意識している。実際、太平洋戦争は東南アジア各地のジャングルを走破する戦いだった。

ウッドマンズ・パルは草木の薙ぎ払いや木の表面を削ることにも対応した。ハンドルにDガードが付いているから、戦闘用途を想定しているのは間違いない。ただ、ある程度太い木を切るのであればウッドマンズ・パルではなくトマホークを使っていたはずだ。

伝統工芸士・佐治武士の鉈

そもそも、上記のアメリカ製ナイフは全て軍用だ。

軍用ナイフとは、特定の地理条件での使用に特化した製品である。民間人にとっては普遍的なものではない。

ところが、いや、だからこそ、アメリカ人が日本の鉈を見て驚愕するのは無理もないことだろう。「民間人が軍用ナイフを持っている!」ということだからだ。日本人はアメリカの銃所持率の高さに驚いているが、アメリカ人も日本伝統のナイフの形状に驚いている。

さて、ここまでは長い前置き。今回の記事のために、筆者は新しく鉈を手に入れた。

福井県在住の伝統工芸士であり、和式ナイフの名匠として知られる佐治武士氏の腰鉈だ。佐治氏の作品は、以前にも別のメディアで取り上げたことがある。和式ナイフの第一人者で、国際的にも有名なカスタムナイフ職人だ。これぞ日本の鉈、という感じのデザインに仕上がったこの1本。ブレードは白紙を芯材にした多層鋼で、さざ波のような紋様が目を惹く。伝統工芸士とは「伝統的工芸品産業の振興に関する法律(伝産法)」に基づいた資格で、各地域の伝統工芸を保護することを目的にしたものでもある。佐治氏は「越前打刃物」の伝統工芸士だ。

日本製ナイフの高度な技術

佐治氏がナイフを鍛造している動画を、筆者は見たことがある。

その動画では、ブレードを硬化させるための焼入れ作業の様子も映していた。佐治氏は熱したブレードを油焼入れした後、それをほんの2~3秒で取り出して水に入れた。

油はある程度加熱されていて、水に比べるとブレードが急激に冷えない分、焼割れの危険性が低い。鍛造から自分で手掛ける欧米のカスタムナイフ職人の殆どが、油焼入れ派だ。ヒストリーチャンネル『刀剣の鉄人』の審査員を務める武器再現専門家デービッド・ベイカーは、挑戦者が水焼入れをしようとすると「油を使え! それではブレードが割れてしまうぞ!」と言って机に突っ伏してしまう。

ところが、日本の職人は水焼入れを多用する。和包丁の商品名にもわざわざ「水焼入れ」と記載するほどで、反対に油焼入れのみで仕上げたナイフは二級品扱いされてしまう。

日本は奇妙な国だ、と筆者はつくづく思う。

だが、水焼入れを経たブレードは急激に冷やした分だけ硬くなり、結果的に油焼入れのみの製品よりも優れた性能を発揮する。こうした点でも、日本のナイフは世界各国の鍛冶職人に一目置かれているのだ。そして、このような高度な技術がなければ、鉈という容赦ない酷使が前提のナイフを作ることはできないだろう。

一見、荒々しい印象の鉈であるが、実は繊細かつ絶妙な技能の賜物でもあるのだ。

書いた人

ノンフィクションライター、グラップリング選手、刀剣評論家。各メディアでテクノロジー、ガジェット、ライフハック、ナイフ評論、スタートアップビジネス等の記事を手がける。