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Craft
2022.11.07

暴れる炎が景色を生み出す。信楽の”穴人”こと篠原希さんにきく、穴窯の魅力

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釉薬を掛けずに高温で焼き、自然の色がダイレクトにあらわれる「焼締め」。土の性質、窯の温度、燃料、作品の詰め方、さまざまな要素が絡み合い、唯一無二の作品を生み出します。そんな焼締めを信楽の土の性質を生かして追求するのが、陶芸家・篠原希さんです。

篠原さんがもつ窯は、作品の扱いが最も大変な「穴窯(あながま)」。今回、穴窯をキーワードに焼締めの作品作りに迫るべく、和樂web編集長セバスチャン高木が篠原さんの穴窯を訪ねました。

土と灰が溶ける自然の釉薬

和樂web編集長セバスチャン高木(以下、高):こちらの穴窯は篠原さんご自身で作られたと聞きました。

篠原希さん(以下、篠):30歳になった頃に作りました。レンガを使って壁と天井のアーチ部分を組み立てています。高さは1メートルで奥行きは3メートルしかありません。穴窯としては小さいものになりますね。

高:今日は焚き出してから丸2日と聞いたんですが、焚き出す前の工程を教えてください。

篠原希さん。丸2日間薪をくべて窯の温度は1250℃、窯の前に立つだけでも熱い。ちなみにピザ窯の温度は400〜500℃

篠:はい。まず火入れの前に、作品を窯の奥から詰めていく「窯詰め」を丸2日かけて行います。窯の奥の部分には、炎が真っ直ぐ抜けていかないように細かな食器類を天井まで詰めていきます。真ん中あたりには、大壺や花入、やや大きめの食器類。今、窯の中には小さいものはぐい呑みから箸置き、大きなものは大壺まで、約50点が入っています。高さが1メートルしかないので、奥の方は寝転んで詰めて……。妻も手伝ってくれますが、1人でやる時は窯に入ったり出たり、これだけでへとへとになります。

高:小さな穴窯でも作品を詰めるだけで丸2日かかるのですね。窯詰めをした後は、この入り口から薪をくべていく?

篠:作品を詰めた後は、レンガを積んで薪をくべる「焚き口」と呼ばれる入り口部分をつくります。ここから窯の温度が本番の手前、1240℃になるまで丸2日間薪を入れて焚いてきます。

信楽の工房でつくられた作品は伊賀にある窯場まで運ばれる

高:穴窯は焚き口が1つしかないですし、高温になるまでひたすら薪をくべていくとは凄く大変な作業ですね。この温度はどんな基準なのですか?

篠:僕の場合、土が溶けてくる温度帯は体験上1270℃からのような気がしているので、1250℃〜1300℃という温度帯で、いかに長く焼けるかということをやっています。信楽の土は焼けない・溶けないといわれていますが、高温で長時間焼くと土自体が溶けてきます。そうすると、燃料の灰が溶けかけた土の表面に降り掛かって、土に絡んで溶け、土と灰それぞれに含まれる成分が混ざり合い、自然の釉薬が出てきます。今の1240℃だと、土がやっと溶け始めたくらいの温度ですね。

高:焼締めの色は、土と灰が溶けた色。つまり、薪をくべるのは燃料と同時に、作品に変化をつける灰を供給する役割にもなっていると。

焼き締めは釉薬を一切掛けない。写真のような青や黄色、緑はすべて土と灰が溶けてでた色

1回の穴窯焼成で大量に使われる薪。焚き出す前の準備だけでも大変な労力がかかる

暴れる炎をコントロールする穴窯

高:穴窯は温度を上げるには効率が良いのですか?

篠:効率は悪いですね。逆に効率が良い窯で有名なのは「登り窯」という燃焼部分と作品を焼く部分が分かれている窯です。燃焼部分が大きいので薪が燃えやすくなり、温度も上げやすくなります。穴窯は、その2つの部分が分けられていません。

高:これって穴窯の最大の特徴だと思います。

篠:そうですね。燃料と炎の影響をダイレクトに作品に与えることができるので、いろいろな変化がつけられます。穴窯の炎の回り方としては、まず下から上に上がっていき、天井部分をなめて、窯詰めをした奥の一番上にある作品にドカンとぶつかります。ぶつかった炎は逃げ場を失くして、下や横など隙間を探して動き回ります。

篠原さんいわく「川に大きい石や小石をどのように並べたら水が流れるか、炎の動きを川の流れに例えて窯詰めを行なっている」のだそう

高:炎が窯の中で暴れ回っているということですか?

篠:そうですね。炎の動きを考えて窯詰めすることが大事です。何も考えずに詰めてしまうと、天井をなめて煙突にスパンと抜けてしまう。そすると作品が単調になってしまいます。薪の量が多ければ多いほど、良い作品が焼けるわけでもありません。若い頃は何日もかけて薪を大量に入れていたけれど、引出したら全部真っ白なんてことがありました。その理由は、炎が作品にぶつからずに真っ直ぐ抜けてしまっていたからです。もちろん釉薬をかけない分、薪を入れた分の灰が景色となってあらわれるので薪の量も凄く大事です。

高:窯の後ろにもう1つ部屋がありますがこれは何でしょうか?

篠:これは「火遊びの間」「捨て間」などと言って煙突に抜けてしまう炎を、燃焼させるスペースです。本体の窯の温度を安定させる役割があります。大きい窯だと酸素の供給量が安定するので燃えやすく、作品も綺麗に焼くことができますが、小さい窯だと難しい。でも僕は小さい窯で作品に変化を生み出したいので、このような特別な場所を作っています。小さい分、作品と薪との関係性が近くなります。

温度計と薪の状態を常に確認するため、焚き出しから4〜5日間は2時間以上は寝ないという篠原さん。右写真は「火遊びの間」

高:作品と薪との関係性、すごく面白いです。穴窯は古墳時代に須恵器(すえき)とともに伝わったと言われていますが、それまでは縄文式土器も弥生式土器も焚き火のような「野焼き」で焼かれていた。穴窯は最もシンプルな窯の形ですね。

篠:400年前に大量生産に向いた登り窯が伝わった後、一度途絶えてしまったので実際に穴窯が使われた年月としては500年くらいしかありません。

高:ずっと穴窯があると思っていたので、その話を聞いて驚きました。信楽で穴窯を復活させたのが『スカーレット』のモデルになった方。

篠:そうですね、穴窯の第一人者です。登り窯は安定して焚きやすいですが、どうしても作品が単調になってしまう。穴窯は、不完全なものであるが故に予想できないものが仕上がっていくとも言えます。実は穴窯の様体というのは伝わっているんですが、昔どのように焚かれていたのかというのは伝わっていません。だから僕らはそれを想像しながら、現代でやるならこういう焚き方というのをやっています。

この日いただいた窯場メシ。篠原さんのうつわに、奥さまの手料理、絶品でした!

溶けた灰の動きを捉え、穴窯から引出す

篠:では、窯から作品を引出したいと思います。

高:今日のメインイベントですね!

篠原さんが長い鉄棒を巧みに操り、窯から作品(花入)を引出す!

高:真っ赤! 土がこんなに赤くなるんですね。

篠:冷めてくると、表面に色が出てきます。発熱しているのはエネルギーが強い状態で、エネルギーが0になるまで本当の色はわかりません。だから今日見る色が、明日になるとまた違った色になっていたりします。

高:ひび割れのような音もします。

篠:固まった灰の表面(ガラス)が少しずつ割れていく音です。窯口から出す際には表面に、溶けた灰が動いているのが見えます。それが窯口から作品を出した瞬間、外気温に触れて一瞬でピタッと冷えて固まります。

高:作品を引出すのは1点ずつなんですか?

篠:そうですね。ぐい呑みなど小さいものも基本は1点ずつ引出します。引出すと窯の温度が下がってしまうので、再び薪をくべて温度を上げる作業を行います。

高:ということは、「引出す-薪をくべて温度を上げる-引出す」という作業を、作品が入っている数と同じ回数繰り返していくのでしょうか?

篠:はい。一気に数多く引出すこともありますが、4〜5日間の窯焚きの期間でできる限り作品を引出していきます。

高:これを年4〜6回やると……。

篠:これが楽しいんです(笑)。釉薬を使った焼き物は、焼成前に釉薬を掛ける行為1回きりですが、穴窯の場合は灰が溶けた自然の釉薬が何回も繰り返し掛かっています。溶けた灰の表面がベタベタするので、灰がのりやすくなり、さまざまな灰が積層して色の深みが出てきます。直接薪に触れた部分は、炭素の影響で黒くなったりします。

30分ほど経つと色が出てくる。上の青い部分は溶けた灰が掛かって出た色。下の黒い部分は、作品に触れた薪の炭素が土の中に吸着してあらわれる「こげ」。凸凹のある部分は、温度の上がらない場所「熾(おき)」に埋もれていた部分で、溶けた灰が流れて、ここで固まり景色となっている

高:一つの作品の中でいろいろな表情が生まれるのは穴窯ならではですね。焼締めといっても茶色や赤色、緑色のものがありますが、あれは何の色なんでしょうか?

篠:ほとんどは鉄の色です。土の中に含まれている鉄分と灰の中にも微妙に鉄分が含まれていて、その鉄分が窯の中で起こる酸化還元反応によって色が変わるんです。「引出し」は窯の酸素がない状態から引出すので、青色になる。酸素が多いところで溶けた灰は黄色くなります。

高:つまり酸素の供給量の違いで、成分は全く一緒なんですね。色のコントロールはどうやって行なっているのですか?

穴窯の温度が急激に上がり、煙突から勢いよく炎が噴き出すシーンも…! 窯の多い地域では、よく見られる光景らしい

篠:穴窯は不完全な窯と言いましたが、酸素があるところとないところが部分的にあります。そのため窯詰めからコントロールすることもありますし、窯炊きからコントロールすることもあります。実は土を選ぶ時点で作品をどこに置くか、どうやって焚くかというのを考えています。土によっては酸素が多い状態が向いている土もありますし、引出しのような全く酸素がない状態で焼く方が向いている土もあります。自分の中では、土が一番かっこよくなる焼き色というのを追求しています。

高:結構計算されているんですね。

篠:計算しないとできないし、計算してもできないです(笑)それが自分にとっては面白さでもあります。

高:引出した時に作品が割れることはあるのですか?

篠:しょっちゅうあります。1300℃の温度から外気温に触れて、一気に温度が下がるのでそれだけで無理をさせていますし、薪が当たればそれなりに衝撃があります。一番難しいのは、茶碗ですね。まず茶碗の正面をどうするかを考えて、正面がイメージ通りに焼けるように窯詰めをします。そして、引出すときに窯の中で茶碗の正面を確認して、正面に景色が出るように灰の動きをコントロールして引出します。変化のある茶碗を焼きたいので、大壺や花入を焼く手前の部分、薪がガンガン当たるようなところに置いています。大半はばらばらに割れてしまいますが。

高:大半はばらばらになる…。作品にとっても非常に過酷な条件で焼かれているのですね。

この日引出したぐい呑み。青い塊の部分は、鉄棒で作品を引っ掛けて傾け、溶けていた灰が流れて冷えて固まった跡

穴窯で気づいた信楽の土の魅力

高:篠原さんは、釉薬を掛けない焼き締めになぜ惹かれたのですか。

篠:単純に土に対して薪を入れて焼くことで、釉薬を掛けなくともいろんな変化が出る。それが不思議で、面白いなと思ったんです。自分が狙って焼いたものが、もしも思い通りに焼けたら最高に嬉しいです。

高:偶然ばかりではないのですね。狙うのは炎の動きや窯の状態なのでしょうか?

篠:もちろんそれもありますが、必要な窯の条件を把握した上で、土のことを考える必要があります。釉薬を掛けない分、土の成分によって色が出てくるので、例え同じ白い土でも中の成分が全く違うこともあります。

左に吊るされている温度計で窯の温度が管理される

高:よく「信楽=焼締め」のような印象がありますが、本来は信楽も伊賀もあんまり関係ないという感じですよね?

篠:はい。僕もそのような考え方をしていまして、製作は信楽ですが穴窯のある場所は伊賀になります。土の成分は300万年前くらいにできた琵琶湖の湖底の土なので、作り手としては同じものだと考えています。

高:300万年前、琵琶湖は今の位置にはなくて信楽や伊賀にあったんですよね。つまり今私たちがみている作品は、300万年前に琵琶湖があった場所の土を使って作られている。しかも世界的にみて、琵琶湖の土はまだ若いんですよね。

篠:そうですね。人間の尺度で考えると300万年前というと果てしなくと長く感じますが、地球のサイズで見るとごく最近の新しい土。含まれる成分もさまざまで、豊かな成分が混ざり合っている。だからこそ変化が生まれる。

高:信楽や伊賀の土が良いと言われている所以ですね。篠原さんは、なぜ穴窯をやろうと思ったのですか?

篠:信楽の土を生かし切る道具としてやってみたいと思ったのがきっかけです。やり始めたら、もしかしたらまだ誰も見ていないような土の可能性があることに気づいて、僕自身がその現場や体験を実現できたらいいなと思っています。

高:土と炎の実験場としては最高ですよね。

篠:そうですね。自分が基準にしている1270℃を超える温度帯は、物理現象としても変わったことが起こるというのは学者の間でも言われているんです。特に1280℃を超えると1℃ずつ世界が違って、炎の動きも変わっていきます。それを見ると気持ちが吸い込まれます。

高:そんな高温に耐えうる土というのは、当たり前にあるようなものなのでしょうか?

篠:そもそも灰が溶けるのはかなりの高温でないと起こらない現象で、灰が溶けてもへたらない土というのは、相当強いです。だから可能性を追求する土として、信楽の土はまさにそうだなと思います。釉薬の原料になる長石(ちょうせき)がたくさん入っていることも面白いですし、海の底に溜まった泥と比べてアルカリ成分と鉄分が少ないのが特徴です。アルカリ成分と鉄分が入っている土は弱くしますが、その2つは信楽や伊賀の土にはほとんど入っていません。

高:灰が溶けてもへたらない土。そう考えると奇跡の土ですね。

篠:穴窯をやってからようやく信楽の土のポテンシャルに気づくことができたと思います。穴窯をやっていなかったら見れなかった世界ですね。奇跡の土だと気づいたからにはそれをちゃんと引出し切るというのが自分の目標です。

穴窯をテーマにした個展が開催!

2022年11月1日(火)より、東京神保町「AMMON TOKYO」、銀座「和田画廊」で陶芸家・篠原希さんの個展『篠原希実験室 窯る。』が開催されます。ギャラリーを「穴窯(あながま)」に見立て、成形方法・温度・土など、異なる条件下での作品を2つの会場で比較しながら楽しむことができるという、これまでにない斬新な展示会です。

(左)窯変すり鉢 陶土 φ24.5×h8cm, 2022
(右)火色すり鉢 陶土 φ25.5×h8.2cm, 2022

深い洞察力と、1300度の穴窯にも負けない熱量を持つ篠原さんの世界を、この秋、垣間見てみませんか?

篠原希さん コメント
アメリカの二億年前の土でさえも地質学的には最近のことなので、300万年〜800万年前の信楽の土はつい数秒前に誕生したばかりのようなもの。なので信楽の土と一口に言っても、鉄分の少ない真っ白な土、灰と反応し釉薬化しやすい土、⻑石や葉、有機物がたくさん混じった土など、幅広いグラデーションがあります。その地殻変動によってリアルタイムで撹拌されている、生き生きとした土を切り取って表現することが最高におもしろいんです。そして土の可能性を最大限に引き出すために穴窯を使用することで、更に変化の大きい、見たこともないものが生まれます。 信楽の土は僕にとって金塊に見えます。

『篠原希実験室 窯る。』概要
※会場によって営業時間・休廊日が異なりますので、ご注意ください。

会期: 2022年11月1日(火)~12月3日(土)
オープニングレセプション: 11/4(金) 16:00~19:00 AMMON TOKYO にて開催(予約不要)

◆第1会場:AMMON TOKYO
営業時間:月〜土 10:00~18:30
休廊日:日・祝
〒101-0051 東京都千代田区神田神保町2-11-4
メゾン・ド・ヴィレ神田神保町 1F(神保町さくら通り)
Tel /Fax :03-6261-0018
Email:info@ammon.co.jp
Website: www.ammon.co.jp

◆第2会場:和田画廊
営業時間:火〜土 13:00~18:30
休廊日:日・月・祝
〒104-0061 東京都中央区銀座3-5-16 マツザワ第10ビル3F
Tel/Fax: 03-6263-2404
Email:info@wadagarou.com
Website: www.wadagarou.com