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Craft
2019.10.28

職人の世界を覗いてみた!魅惑の蒔絵体験【RENEW/2019イベントレポート・福井・松田蒔絵】

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どうして筆を持つだけで様(さま)になるのだろう。
じつは写真の主、残念ながらド素人である(見る人が見れば当然わかる)。こう書いては職人の方々に怒られそうだが、立派に熟練職人の手わざ感を雰囲気だけ漂わせている。

でも、こうして職人になれる。いや、正確にいうならば、3日間だけ「職人気分」を味わうことができるイベントがあるのだ。それが、“見て・知って・体験する”作り手たちとつながる体感型マーケット、「RENEW(リニュー)」である。

今年は、2019年10月12日から14日までの三日間の日程で、福井県鯖江市、越前市、越前町全域で、「RENEW/2019」が開催された。台風19号が日本列島を縦断するタイミングだったが、7つの産地から76事業所が参加。時間の変更もありながら、なんとか無事にイベントは開催され、後半は各地から多くの人が集まり賑わいをみせた。

RENEW2019 のカタログ

イベント自体は、2015年から始まって今年で5回目。もともと、持続可能な産地づくりを目指して行われた工房見学のイベントが始まりだそうだ。今では、産業観光だけでなく、雇用創出、産地内教育など、様々な効果を生み出す福井県内でも大きなイベントに発展している。

漆器、和紙、打刃物、箪笥、眼鏡、繊維、焼物。至るところで多くの伝統工芸の技を見ることができたが、私はお目当ての漆器の「蒔絵体験」へ。完成までのみちのりをレポートする。

奈良時代からの歴史を持つ「蒔絵(まきえ)」とは?

「蒔絵」とは、漆器(木で作った器に漆の樹液を塗ったもの)の面に、漆で文様を描いて、金粉を蒔(ま)いて固めたものをいう。金粉以外にも、銀粉や色粉なども使用して、独特の色彩を表現する。一般的には漆器の上に施すが、木地その他にも応用されている。

石の上に施された蒔絵

古くは奈良時代の末金鏤 (まっきんる)が始まりと考えられている。しかし、実際に作品とともに「まきえ」として記録に残るのは平安時代から。この時代に蒔絵の技法が確立したとされている。その後、貴族のみならず寺院建築や家具調度などに応用され、武家にも広がりを見せる。江戸時代には、裕福な町人の生活の中にも及ぶようになり、多くの蒔絵師が輩出されたという。

漆器や蒔絵に使われる「漆(うるし)」は非常に万能だ。器全体に塗ると、非常に堅く強くなって器全体が丈夫になり、加えてなめらかな艶(つや)も出る。また、接着剤としての効能も高い。この接着剤に目をつけたのが「蒔絵」の技法なのである。漆で文様を描くからこそ、上から金粉などを接着させることができるのだ。

職人の世界へ 魅惑の蒔絵づくりに挑戦

今回は、親子三代で蒔絵を本業とされてきた松田蒔絵(まつだまきえ)有限会社(福井県鯖江市)に伺った。

伝統工芸士の2代目松田眞扶(まつださなお)氏は、これまで各方面の展覧会に出品、数々の受賞のみならず、現代の名工に認定、黄綬褒章も受章された経歴の持ち主。鯖江市指定無形文化財にも認定されているその腕前は、秋篠宮眞子さまの献上品も手掛けるほど。3代目松田祥幹(まつだしょうかん)氏は、現在青山にて蒔絵教室を開くかたわら、多くのメディアへの制作協力や海外展示に積極的に参加。一方で大学の蒔絵講座など後進教育にも力を入れ、多くの分野で活躍されている。

そんな工房へと恐縮しながら足を踏み入れると、最初の部屋で華麗な蒔絵の漆器がお出迎え。ズラッと並んだ作品が圧倒的な存在感を放つ。

店内には様々な蒔絵の作品が並べられている

取材前に蒔絵の制作過程を勉強し、作品作りへの意気込みは鼻息荒いほど。しかし、豪奢な完成品を目の前にすると、美術で赤点を取った黒歴史を思い出す。それでも「職人がご指導いたします」との触れ込みを信じて、申し込みをした。

漆器を選ぶ

「大丈夫ですよ。小学生の方も簡単に体験されていますから」
そう声をかけてくださったのが、3代目松田祥幹氏の奥様、祥代(さちよ)さん。その横で、澄んだ瞳の、これまた実直そうな職人の橋本氏が微笑んでくれた。

まずは、蒔絵を施す漆器を選ぶ。銘々皿、手鏡、スプーンの種類がある。

蒔絵体験のメニュー一覧

銘々皿とスプーンの蒔絵に挑戦

迷った末に選んだのは、一番書きやすそうな銘々皿と、普段使いにできるカレースプーンの2種類。こう書くと正当な理由だと思われるが、本音は、カレースプーンは描くところが少ないという臆病な私が選択。それでは取材用に見栄えがしないと計算高い私が銘々皿を選択。どちらの理由にせよ、どのような作品に仕上がるのか、楽しみではある。

置目(おきめ)下絵を描く

一番の難関はここだろう。下絵。何もないところから生み出す熱量は半端ない。自由に書いていいといわれると、戸惑うのが日本人の性(さが)だと我ながら悲しくなる。しばらくフリーズしていると、橋本氏が、横から助け舟を出してくれた。

下絵が描けない人にはハンコもあり(今回は、私の希望により職人さんがハンコを押してくれた)

ハンコを使った下絵

心配無用。下絵を描けない人には、ハンコが用意されている。どのハンコにするかと思案していると、桜と紅葉の絵柄を勧められた。普通、桜と秋は季節が違うので違和感があったが、じつは蒔絵の中ではれっきとした絵柄の一つだという。「春秋柄」として、春を表す「桜」と秋を表す「紅葉」が使われる。季節を問わず使えるらしい。

ちなみに、もちろん自分で下絵を描く人も多い。好きなアニメや、簡単な模様など、絵柄はそれぞれ。十分に楽しめる。

絵付け(地塗り)漆を筆に付けて文様を描く

次に、漆の説明を受ける。本来、漆は乳白色だが、顔料を入れてこのような赤茶色となっている。蒔絵によって使う漆の粗さが異なるため、蒔絵師は漆と顔料を練ってそれぞれ調和してくいのだという。

本漆に顔料を混ぜて練ったもの

続いては絵筆の説明。筆は2種類あり、細い毛筆はクマネズミのひげと背の毛、太い毛筆は大和猫の毛を使用したものだそうだ。クマネズミのひげと毛は先の痛んでいないものを選り分け、6匹でようやく針のような細い筆1本が作ることができる。猫の毛も特に長い毛のみを使用し、全体の毛を使うわけではない。これらの毛筆は、漆と親和性が高く、しっくりとなじんで描きやすいのだとか。絵柄の縁取り(ふちどり)を行うときは細い毛筆、中を塗るときは太い毛筆と使い分ける。漆をつけすぎると描きにくいので、少しなじませて毛先を出してから描き始める。

細い毛筆で絵柄の縁(ふち)をなぞる

地塗りを丁寧に教えてくれた橋本氏は20年の職人さん。当時は若くて、最初は何も分からないまま蒔絵の世界に入ったという。
「修行は大変でしたけど、5、6年過ぎてからですかね、この仕事ってスゴいと思い出したのは。そこから技術が発達して、やればやるほど面白いって」

20年されている橋本氏の言葉と比較するのはおこがましいが、地塗りのところまでなんとかできて、それだけで少しやり遂げた感がある。目で見て、話を聞くだけでは分からない。実際に自分で体験してみて、地塗り作業だけでも、これほど集中力が要り、目に負担がかかる作業なのかと、身を持って体感した。

ちなみに、現代の名工、松田眞扶(まつださなお)氏は、こう語る。
「物事すべて、読んで憶えること、肌で憶えることがあると思う。肌で憶えることは、やりながら、聞きながら、見ながら。集中力が何よりで、集中したときにひらめいて少しずつ憶えるものです。これは口や文字では表現できないものです」

漆で文様を描いた銘々皿

紛蒔き(ふんまき)金粉をつける

いよいよ、金粉をつける作業である。金、銀、赤、紫、桃、青、緑の7種類の色が用意されていた。頭の中で様々な色を組み合わせるも、なかなかイメージができない。金と銀は見栄えがよさそうなので、入れてみたい。漆器が黒色なので、赤色も映えるだろう。

赤色の金粉

実際に金粉をつける。スプーンの桜は「金と紫」、紅葉は「銀と赤」の2色使いにした。銘々皿は一つの桜だけを「赤」、それ以外の絵柄をすべて「金」にして、シンプルな絵付けにする。パフで絵柄の上に金粉をつけていく。漆の接着剤効果をここで初めて目にした。

パフで丁寧に金粉をつけていく

粉蒔きが終われば、あとは乾かす必要がある。工房で行う作業はここまでだ。

金粉をつけ終わった銘々皿

蒔絵は一粒で二度おいしい

蒔絵の種類によって異なるが、実際はこのあとに幾つかの作業を行わなければならない。ただ、今回の蒔絵体験は、簡単に蒔絵の楽しさを知ってもらうという意味で、あえてシンプルにされている。あとは、自宅に持って帰ってからの作業となる。持ち帰るための包装もこれまた、蒔絵の面白さである。乾かし方が独特なのだ。

サランラップで密閉されている

上蓋の内側は湿っている

一般的に乾かすとなると、「乾燥」のイメージがある。しかし、蒔絵の場合は「湿気」が重要なポイントなる。湿気の中で、金粉を漆の文様としっかり接着させる必要があるのだ。そのため、乾燥しないようにラップで包む、もしくは箱の内側に霧吹きで水を吹き付けるなどの、工夫がされている。半日ほど時間をあければ十分だ。ちなみに松田眞扶氏いわく、乾燥した土地には不向きで、湿気の多い地方に漆器の産地が集まっているとのこと。

あとは、水ですすいで周りの余分な金粉を落としていく。スポンジを使うこともおススメだ。丁寧に最後の仕上げを行う。

軽くスポンジで周りの金粉を落とす

銘々皿の金粉を落とす

なぜだか、無言になる。厳かな雰囲気の中、布で粛々と水気をふき取る。ようやくご対面だ。こうして、待ちに待ってできたのがこの作品。初めての蒔絵体験の成果である。

「無事にできたやん」「ほら、やっぱり映えるやん」
臆病な私と計算高い私が二人そろって声を上げる。

日本史の中で「蒔絵」という日本文化が出てきたことを思い出す。そうか。これが蒔絵か。誰がこのような技法を思いついたのか。先人の知恵とは偉大だと納得すると同時に、純粋に、いいな、と思った。

なお、伝統工芸青山スクエアでは、2019年11月29日(金)~12月5日(木)の期間中、蒔絵体験の催事が行われる。銘々皿に漆で絵をかくことができ、松田真扶氏の直接のご指導も頂けるとのこと。
和の独特の表現もさることながら、創り出す楽しさ。そして、完成した作品を見るときの高揚感。2回も楽しむことができる蒔絵の魅力に、是非ともハマって頂きたい。

写真撮影:O-KENTA

基本情報

店舗名:松田蒔絵有限会社
住所:福井県鯖江市河和田町12-17(蒔絵ギャラリー)
電話番号:0778-65-0760
公式webサイト:蒔絵スタジオ祥幹(東京)

書いた人

京都出身のフリーライター。北海道から九州まで日本各地を移住。現在は海と山に囲まれた海鮮が美味しい町で、やはり馬車馬の如く執筆中。歴史(特に戦国史)、オカルト、社寺参詣、職人インタビューが得意。