兵庫県三木市の永尾かね駒製作所が生産する肥後守について、筆者は和樂Webで何度か記事にしている。
肥後守の記事はいずれも多くのPVを取っていると聞いて、嬉しい限りだ。
肥後守は日本の伝統的ナイフであると同時に、世界からその合理性と機能性を評価されている製品。フリクションホルダーナイフの中で極めて大きな知名度を誇る肥後守は、世界各国にファンを抱えている。
そんな肥後守にも様々な種類のものが存在するが、今回は非常に珍しい型の肥後守を取り上げようと思う。
日本の黒歴史「刃物追放運動」
本題に入る前に、筆者のInstagramアカウントについてここで紹介させていただきたい。
筆者は「blademania.jp」というアカウントを今年から始めてみた。まだ開設したてだから、フォロワーも多くない。だが欧米のカスタムナイフ職人がぼちぼちフォローしてくれていて、中にはアメリカ刀剣職人協会の会員もいる。ヒストリーチャンネル『刀剣の鉄人』の審査員J・ニールソンやジェイソン・ナイトが所属するコミッションだ。
アカウント開設からしばらく続けた感想は、肥後守の写真は目を惹きやすいということだ。これはお世辞や誇張ではなく、肥後守とオピネルは本当に人気がある。
だが、Instagramから一歩離れると肥後守というナイフを知っている同世代の人間は皆無。
かつて、日本の大人たちは「刃物追放運動」というものに熱を上げていた。子供からナイフを取り上げれば少年犯罪を抑止できるという単純明快、そしてあまりにも単能的な発想のキャンペーンだったが、これが日本の刃物産業に大きなダメージを与えてしまった。
ひとつの産業が後継者不足で衰退し消滅するというのは、雇用と自治体の税収が失われるということでもある。高度経済成長期もバブル期も過ぎ去り、20年続いたデフレと少子高齢化の重しがのしかかってからようやく「地場産業を保護しよう」という声が強くなってきた。どうやら人間は、食い扶持を失ってからでないと過ちを反省できないらしい。
話は逸れたが、肥後守は日本でも徐々に見直されている。
新入学の児童にひとり1本の肥後守を配る小学校もあるそうで、しっかりメンテナンスをすれば彼らが卒業するまで様々なものを作り出すことができる。
ナイフは「創造の源」だ。
切り出しブレードの肥後守
さて、今回紹介するナイフは「片刃の肥後守」である。
筆者はこれを初めて見た時には驚愕した。何と、ブレードが切り出し型だ。切り出しナイフは、たとえば小枝や細かい木材を削って成形する目的で多用される。カッターナイフのように、段ボールや柔らかい素材を切ることも当然できる。
筆者は先日、切り出しナイフに関する記事を執筆した。そこでは、
地方によっては肥後守よりも切り出しの方が普及していたのかもしれない。兵庫県三木市から距離のある地域、たとえば関東以北ではどうだったのだろうか。このあたりを文化人類学として調査すれば、また面白い記事が書けるのかもしれない。
と、書いた。まさか、これを両立できるナイフが存在するとは思ってもみなかった。
そもそも、「折り畳み式の切り出しナイフ」というもの自体が珍しい。
切り出しナイフといえば大抵はフルタングで、別個の柄を取り付けないものも多い。長方形の鋼材の端を斜めに切って、それに刃付けをしただけのシンプルなナイフもある。この肥後守を実際に持ってみると、真鍮製の握り部分と切り出しブレードの相性がとても良いことが分かる。握りは従来型の肥後守と全く同様の設計だから、実家のような安心感がある。
チキリ(ブレードを引き出すための尾の部分)を親指で押さえながらの操作は、人間工学的に無理な部分がまったく見受けられない。切り出しナイフは押す動作が中心になっていくのだが、それと肥後守本来の機構との親和性が非常に高い。
これは本当に、面白いナイフだ!
肥後守に触れよう!
話はまた変わってしまうが、筆者は和樂という雑誌が女性誌であることを最近初めて知った。
ということは、和樂Webも女性向けなのか……? そのようなことに一切気づかないまま、筆者は己の道楽であるナイフコレクションについてあれこれ書いていた。結果、編集部内では「ハードボイルドな澤田さん」という評判が立ってしまった。
他人から見て澤田真一がどのような男に見えるかはさておき、筆者の考える「日本文化の入り口」とはナイフである。折り畳みナイフ、鉈、包丁、短刀、切り出しナイフ、アウトドアナイフ、タクティカルナイフ。その中でも「日本文化の入り口の入り口」に該当するのが、他でもない肥後守だ。
まずは、肥後守を知っていただきたい。そしてできれば、実物に触れていただきたいと筆者は心から願っている。