日本人にとってお茶といえば日本茶。ここで紅茶やハーブティーを思い浮かべる人はいないと思う。しかし、そのお茶をどんな形態で飲んでいるの? と聞けば、ペットボトルやティーバッグ、粉末…と答えは多岐に分かれるような。自宅で茶葉を急須に入れて飲む人が少なくなっていると聞く昨今。「生まれたときから実家には急須がなかったかもしれない」と答えてくれた平成生まれの後輩(独り暮らしの現在はティーバッグを愛用)の声にも、わたしは驚かなくなりました。かつての日本人の暮らしと今は大きく変わった。日本茶を飲む行為というより、家族みんなで食卓を囲んで食後に一杯、といった「だんらん」の時間が消えつつあるんですよね。使い終わった茶葉は「お茶殻(おちゃがら)」と呼ばれて床掃除に…なんて先人が生んだ暮らしの知恵もあったのになぁ。
コーヒーを煎れるように日本茶もサッと。そんな道具を見つけました
茶葉から丁寧に淹れたお茶はおいしい。わかっているけれど面倒だったり、ひとりで急須を使う気になれない…といった人に朗報! 急須がなくても、茶葉の旨みがストレートに味わえる道具を見つけました。それが今回ご紹介する「金網つじ」の1人前の茶こしと茶碗がセットになった「Circle Tea Infuser」。
「若い人でもコーヒーは、男の人が家で丁寧に淹れることを楽しむ時代になりましたよね。それが日本茶では同じようには飲まれていない。理由は、どんな人でも使ってみたいと思える道具がないからでは? それであれば、うちがつくろうと」と語るのは考案者の辻徹さん。金網細工の職人である辻さんは、昨年わたしが寄稿した「京都の職人が本音で語った! 海外で日本の手工芸を伝える」記事にも登場されています。「Circle Tea Infuser」はこの記事にもあるようにヴァンクーバーのインテリアショップが初デビュー。海外の人が日本茶を飲む入り口になれば、という目的もありました。そのため、国籍性別を問わずに使いやすさを追求したシンプルなデザイン。1人前のお茶が急須なしでもおいしく飲める理由は、後ほど説明しましょう。
老舗が鎮座する京都。その老舗を追随する新しい店の動きも、京都は面白い
和樂Webで過去5回、わたしは「京都の老舗の新商品」を紹介してきました。100年以上続く老舗が、次の100年も続くような看板商品を生み出すために、当代の主人がどんな試行錯誤をしているのか。顧客のニーズをつかみ、「ただの古い店にしない」ための努力を新商品というモノを通して伝える試みです。
老舗を追いかけるうちに、目に入ってきたのは老舗で修業を積んで独立した職人の方々。店の構えは新しいけれど、やっていることは昔ながらの手をかけたこと。でも、老舗と同じというわけにはいかない。追随しながら、独自のものづくりをしなければ新規開業した意味がない! 気合いが熱く伝わる店もあれば、静かに満ちている店もあるのが京都の奥ゆかしいところなのですが、そんなニューショップのこれぞと光る名品を、「100年先の京定番」としてご紹介しながら、新しい京都の店とそのあり方をお伝えしたいと思います。
「金網つじ」は親子の金網職人を中心に活動する小さな工房
辻賢一さんの生家は2代続いて金網工芸が生業。幼少の頃から家業の手伝いをしていたので、高校卒業時にはひと通りの技術を身につけていたとか。賢一さんは5人兄弟の末っ子。職人の世界では家業は長男が継ぐのが慣例ということもあり、「いつかは独立して自分の腕で勝負するのかな」という思いが、約40年前「金網つじ」の立ち上げに結びつきました。息子である徹さんが「金網つじ」に10年ほど前に入社、現在は若手職人4名も加わって工房一丸となって製作に励んでいます。
そもそも金網細工ってなに? 金網職人はどんな技をもっているの?
実はわたし、この取材をするまで京都の金網細工の成り立ち、そして生活工芸品の製造が増えてきたという変遷についてよく理解できていませんでした。と言っても「茶こし」「豆腐すくい」「ざる」は京都に通い出した30代初めに早々に入手し、すっかり自分の生活になじんではいたのですが。各社を比較して買ったわけでもなし、縁のあったお店のものを求めた。それ以上に何を深めれば、金網製品を知ったことになるのかわからなかったのです。ということで、辻親子から伝授された京金網と金網職人の基礎知識をここでおさらい。
京都の金網職人の仕事は3つに分類されます。
ひとつ目が「手編み」(上にある豆腐すくいや茶こしなど)、
ふたつ目が「網(機械編み)の手加工=ペンチで絞ったり、溶接を行う」(焼き網、ざるなど)、
3つ目が「曲げ輪の製作とそこに網を張る」(裏ごし器など。上のふたりの写真で賢一さんの手にあるのは籐(とう)通し、檜製の曲げ輪に籐張りのもので、この曲げ輪に馬毛やステンレスの網を張ることも。徹さんの手には中華せいろ)。
ここでわたしの疑問は、3つ目の曲げ輪の作業は先のふたつの技術とまったく関連がないように見えること。そもそも扱う素材が金網ではなくって、檜の曲げ輪ですよ…? 賢一さんの答えは「手の動きで共有していることはありません。とはいえその道具を欲する人たちは、京都は土地柄、発注するのは圧倒的に職人が多く具体的には料理人に和菓子職人、染色職人など。それらの職種が必要とする道具はこの3つが入り混じる。頼まれるうちに、曲げ輪も金網職人がつくるようになったのではないか」とのこと。なるほど、使い手を想像したら腑に落ちました。
料理界で金網の調理道具が重宝されるようになったのは、それでも近代になってからのこと。賢一さんの記憶には、練炭火鉢にかける布オムつ干し(!)なんて依頼も多かったとか。家で年末に餅をつくのがステイタスとされていた時代は3段重ねのせいろが売れ筋で、10月ごろからつくり続けないと年末に納品が間に合わなかったと言う話も。賢一さんの実感は「昔は10年単位で作るものが変わったけれど、今は5年単位。1枚用のパン焼き網はここ数年安定して人気ですが、生活志向の変化が早い」。
実は京金網の起源は平安時代にまでさかのぼります。鳩よけ、香炉などに使われていたとか。寺社仏閣の戸や窓にも金網が張られていますよね。ある時代まではこれらの金網細工はすべて手仕事。時代が移るにつれ、金網を使ったものが量産されて、機械と手仕事が混合した製品も生まれるように。現在はそれらすべてを含めて金網工芸と呼ぶようになりました。平安時代からの寺社仏閣が現存し、今もなお古き生活様式が残る京都の街。そして日本でいちばん手仕事によるものづくりが盛んな街。京都に金網職人は欠かせない存在だということがよくわかります。
料理道具の専門店「有次」の元店長も太鼓判!「金網つじ」のすごさと新しさ
ここで強力な助っ人をご紹介。有次錦店の店長を長らく務め、76歳まで店の顔として働いていた武田昇さんです。武田さんは賢一さんが「金網つじ」を立ち上げる前から、その仕事ぶりを見続けてきました。「賢一さんの仕事は京都一というより、日本一や」と武田さん。「とにかく仕事が丁寧で、賢一さんにしかできない技もあれば、賢一さんだけの材料へのこだわりがある。それはほかの職人にはまねができないんです」。
それはこんなところにあるのです!
編み目が丸い。まあるく編むと、長持ちする
これは亀甲型と呼ばれる編み方で、名前の通り亀の甲羅のような六角形が連続して編まれるもの。わたしの家にある豆腐すくいは、きっちりとした六角形が整然と並んでいるのに対して「金網つじ」は亀甲が丸い。「あえて柔らかく編んでいるんです。京都でいう”はんなり”やね」と賢一さん。
徹さんは修業時代、賢一さんの意図することがわからなかったと言います。「編み始めのころはキンキンに(業界用語でかっちり編むこと)しかできないんです。どうしても力が入ってしまうから。ところが、きつく編んだものは長持ちしないんです。金属の経年変化として、ねじった部分の加工硬化は避けられないものですが、そこを柔らかく編むとこわれにくい。実証実験では、きつく編んだものの方が柔らかく編んだものよりも錆びるのが早いという結果もあるんです」(徹さん)。
丸く、ふくらんだ編み目はモノへのあたりが柔らかい
製作途中の豆腐すくいを横から見ると、微妙に編み地がふくらんでいるのが見えますか? これも編み目ひとつずつを丸く編むと同時に「金網つじ」が意識しているこだわり。ふくらませることの利点のひとつが、モノの着地面積が減ること。つまり、豆腐であれば豆腐の柔らかさをそのままにうつわに運べるというわけ。地面に直接お尻をつけるよりも、クッションがあったほうが心地よい。その配慮を手編みという技術で可能にしているのです。
ゆとりがあると、編み地の取り替えがラク。世代を超えて使い続けられる
こちらは製作途中の茶こし。手で亀甲に編んだ網を太い針金に巻きつけて完成します。編み地が柔らかく、さらに留めのねじりにも余裕をもたせておけば、太い針金との間に隙間が生まれる。この隙間があったほうが、網の取り替えがスムーズにできます。だから、意図して柔らかく編むんですね。
賢一さん曰く「京都の人は網の取り替えをしながら、何代にも渡って道具を大事に使いますからね。どこかにゆとりがないと、金網細工はもたない。それは京都に古くから残る寺社の金網や香炉を見たらわかることで、みんなそうなの。昔の人があたりまえにやっていたことなんですよ」。
そして、「金網つじ」の新しさはここに! 上の写真にある針金のお尻、黒くなっているところに注目ください。
針金1本ずつ溶接する手間をかけて、従来の茶こしよりも手に優しいつくりに
黒い理由は、茶こしや焼き網のように本体と網をつなぐ針金の留めの部分に溶接が施してあるから(この後、磨いて元の色に戻します)。これは途中から「金網つじ」に加わった徹さんの提案でした。
「伝統的な京都の手法では、ここの部分は切りっぱなしなんです。でも、洗ったりするときにうっかりすると手に傷がつく。そのために1本ずつ、溶接して磨きをかけています。こんな細い金網を1本ずつですから、気の長い作業ですよ(苦笑い)。でも、網の取り替えの作業にも、ここは切りっぱなしでない方がいい。うちの商品はよそに比べたら倍以上の値段をつけているものもありますが、理由は明快にあるんです。お支払いいただく分、こちらも手間をかけてものをつくります」。
徹さんの言葉に賢一さんが続きます。「他社と同じことをしていたら、まず価格競争で負けますから。金網つじがつくるものってなんかいいよね、と感覚的に思ってもらうことを大事にしています。人の感覚に訴える”なにか”は、手しかつくりえないものですから。ニッチでも、その領域を開拓していくのがうちの役目なんだと思っています」。
技術を駆使していいものをつくるのは、「金網つじ」にとっては大前提。「僕の創作理念に『脇役の品格』というものがあります。道具を使う人が主役で、道具は脇役。脇役でも、しっかりしたつくりものでなければ、主役が生きてきませんよね」と賢一さん。
かつて賢一さんが有次に金網製品を納品していたとき、既成の商品だけでなく料理人からのオーダーメイドも賢一さんの担当だったそう。「今から考えれば、料理人の無茶なお願いも賢一さんはよう引き受けてくれました(笑)」と回想する武田さん。「しかも『できてあたりまえや』みたいなお願いやったなぁ(笑)」となつかしむ賢一さん。それでも、集中したある期間に数多く、かつ難しい発注を受けて応えたことで賢一さんの腕が上がった、というのはふたり共通の見解でした。
「丈夫にするために、太い針金を使う店もあるんです。その選択は簡単だけれど、道具としては重くもなるし、見た目も悪くなる」と賢一さん。「品の良さは、京都は特に大事や。用の美を備えているのが金網つじのいいところです。修理ができるように丁寧につくっているところも、さすがやね」と武田さん。使い手とつくり手と忌憚なく意見を交わしていいものを目ざす。これがあって、京都の職人は磨かれていくのですね。
「金網つじ」の新商品「Circle Tea Infuser」はここがすごい
さて、ここまできたら今回の主題である「Circle Tea Infuser」がどれだけ「金網つじ」の手仕事の結晶であるかがわかりますね。菊出しの亀甲編みが施された茶こしの直径は約87ミリ、深さ40ミリ。セットになった汲み出しの茶碗にすっぽりと収まる大きさです。一般的な茶こしよりも口径が大きく深いので、茶こしの中で茶葉が踊る。茶葉のジャンピングによって、急須で淹れたのと同じような旨みが抽出できるわけです。
「茶葉が開いて、ふくらんでいく様子も見ていて楽しいものですね。これまで朝はコーヒー一辺倒だったのですが、温かいお茶を淹れるようになったら、めちゃくちゃ元気が出てくるんですよ(笑)」とこの茶こしセットの生みの親・徹さん。
「ふたがなくても、おいしく飲めると背中を押してくれたのは『一保堂茶舗』の加藤吏一郎さんです。加藤さんにはいろいろと相談にのってもらい、茶こしのサイズも決まりました」。また商品化にあたっては、開化堂の八木隆裕さんが縁でつながったイギリスの「Postcard Teas」のオーナーのティム・ドフェイさんのアドバイスも受けたそうで、ティムさんが「Circle Tea Infuser」と命名。「Circle」には1杯のお茶から人の輪が広がるように、という願いも込められました。徹さんが積極的に異業種の人たちと混じり合う姿も、これまでの金網業界にはなかった取り組み。賢一さんが腕一本で切り開いてきた道を、徹さんがどう飛躍させるのか。今後がとても楽しみです。
ふだん「金網つじ」がつくるものは、道具としてその役割をまっとうするもの。そう考えるとこの「Circle Tea Infuser」は簡易的にお茶を飲む道具であって、「金網つじ」としては異色な存在ではあります。「ペットボトルのお茶を飲み慣れている人に、いきなり急須でお茶を淹れることを促すのはハードルが高いでしょう? この茶こしと茶碗は、ペットボトルと急須の間にあるもの。ここからお茶のおいしさを知ってもらえれば。この道具が日本茶の世界を知る入り口になれば、うれしい」と言葉を締める徹さんです。
東京に戻り、わたしもさっそく一服してみました。急須で淹れた味わいと変わらないおいしさ。しかも茶葉を捨てるのがラク。旅先や長期出張のお供にもこれと小分けにした茶葉を携帯すれば、いつもと同じ気分で過ごせるかもしれません。
徹さんは、今後お茶碗をさまざまな材質でつくってみたいとも、蒸らした方がおいしい茶葉用のためにふた兼茶こし受けをつくってみたいとのこと。わたしはこのお茶セットがちょうど納まる仕覆のような袋があるといいな、好きな布でつくろうかしら、と妄想中です。こうやってアイディアが広がるモノって、長く愛されていくはず。京都のみならず、世界の日本茶を愛する人の新定番に育っていくことを願います。
取材後記:辻賢一さんは金網の技に関する修士論文を書いていた!
長年、賢一さんと付き合いのある元有次の武田さんもびっくり。今回の取材で賢一さんが京都工芸繊維大学で「京金網における亀甲形状作製の技に関する研究」で修士論文を提出、博士号を有していたことが明るみになりました。きっかけは、職人のもつ「暗黙知」を数値化するプロジェクトに賢一さんが呼ばれたことからだそうですが、2年かけて論文を書き上げたそう。「手に頼る感覚的なものづくり」と賢一さんは言いますが、数値としてその技が実証されていたとは!
最後に、武田さんイチ押しの「金網つじ」の商品をもうひとつ!
「ふたの竹製の網代(あじろ)の網目の美しさは金網つじの技。竹を留める桜の皮にもこだわりが見えます」と武田さんが評価する「中華せいろ」もご案内します。せいろは2段重ねて使うので、通常のせいろは上下にくぼみがあって固定されるものですが、金網つじにはそれがありません。そのため、厚み15ミリと頑丈なつくり。また、水はけもよくお手入れもラク。網代の部分で高さをとってあるので、見た目以上に容量があるのもいいところです。
伝統的にはせいろの留め具に桜の皮が使われていましたが、今はビニールに替えられていたり、金属の留め具になっているものが多くなりました。金網つじが留め具を昔のままの桜にこだわるのは見た目はもちろん、木の皮だと取り外しが容易で、曲げ輪の修理ができるから。これぞ、昔ながらのせいろの見た目と現代の使いやすさをいいとこ取りした”ハイブリットせいろ”。中華せいろにも新しい驚きが詰まっていました!
さらに…この桜の皮は、賢一さんが毎年春に奈良・吉野まで足を運んで採取するという入魂の代物。「好みの皮は自分にしかわかりませんから。皮が若いとキュッと締まるんです。ツヤもいいしね。自己満足の話ですから…、この部分は原価には入ってないな(笑)」。賢一さんのマニアックな一面を見てしまった気分です。これが実際に触ると、すべすべなんですよねぇ。
金網つじ
高台寺 一念坂 金網つじ(店舗)
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