思いがけず、人間以外を斬ってしまった刀のエピソードはいくつかあります。
南泉一文字(なんせんいちもんじ)もその1つ。
南泉一文字とは?
南泉一文字は、福岡一文字派の刀工の手になる刀です。もともとは太刀として作られましたが、持ち主の使い勝手に合わせて短く作り直され、銘がなくなっているため、現在の区分では「刀」に分類されます。
刃長は2尺0寸3分弱(61.5センチ)、やや短めで、脇差に近いような長さの刀です。
足利将軍家、豊臣秀吉、豊臣秀頼、徳川家康、尾張徳川家と受け継がれてきた、重要文化財に指定されている名刀です。
名付けの由来
この名前がつけられたのは室町時代、足利将軍家の所有物だった頃と言われます。
研ぎに出していたこの刀を壁に立てかけていたところ(依頼を受けた職人が研磨の作業をいったん中断していたところだったのでしょうか?)、誤って刃に触れてしまった猫の子が真っ二つになってしまったというのです。
「南泉」とは中国の故事に出てくる高僧の名前で、仔猫に仏性があるかを言い争っていた僧たちに、南泉和尚が僧たちにその結論を迫ったが答えられなかったため、仔猫を一刀両断にした、という話に基づくものです。
猫が斬れてしまった、という共通項から名づけられたようですが、斬るつもりがなかった南泉一文字のほうも、いきなり猫が飛び込んできてびっくりしてしまったかもしれませんね。
福岡一文字派とは?
福岡一文字派は、刀剣の一大産地であった備前長船にほど近い、備前福岡(現在の岡山県瀬戸内市)に工房を構えた一派です。
鎌倉時代中期に隆盛を極め、則宗(のりむね)・助宗(すけむね)・信房(のぶふさ)・吉房(よしふさ)・助真(すけざね)など多数の名刀工を輩出しました。
作風は華やかかつ上品で、丁子(ちょうじ)と呼ばれるクローブのつぼみに似た形の刃文が描かれ、柔らかな光を放つものが多く見られます。
南泉一文字は、その中でも特に絢爛豪華な逸品と言われています。
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