Craft
2019.08.27

根付と携帯ストラップはまったく別物!彫刻の粋を極めた美の小宇宙

この記事を書いた人

根付とは?その歴史を解説

コロンとした愛らしい形で、手のひらで包めば中に収まる数センチの小さな彫刻・根付。根付とは着物の帯から提げる印籠や巾着といった提物を、帯に引っ掛けるための留め具のことです。

発祥は定かではありませんが、安土桃山時代から江戸時代初期には使われていたようです。当初は手頃な瓢箪や貝殻、木、木の実などを用いていました。自然の造形をそのまま使用していた根付も、次第に細工が施されるようになり、江戸時代中期には武士や豪商のみならず、一般庶民にも需要が生まれ、意匠を凝らした根付が作られるようになりました。質素な暮らしを求める奢侈(しゃし)禁令が出てからも町人たちはしたたかに、女性は櫛やかんざしで、男性は着物の裏地や袖からチラッと見える提物などで贅沢を楽しみました。

そうした時代背景のもと、根付は独自の発展を遂げました。印籠や煙草入れなどは、中に物を入れるといった用途を造形に反映させる必要がありましたが、ストッパーとしての機能を果たせばいい根付は、多彩な発想で細工が施される美術工芸品となりました。さらに使用しても壊れない独自のフォルムと耐久性を持った実用品でもあります。こうしたさまざまな独自の要素を持つ根付について、特徴をご紹介します。

手の中で鑑賞する

楽虫「大願成就」根付/象牙

洋服が日常着として定着するまで、根付は身に付ける装身具でした。ポケットのない時代に印籠や煙草入れ、巾着などの携帯品は、帯から提げる必要があったのです。使用している間に欠損しないように、また帯の内側から通す時に着物を傷つけないように、根付は丸みを帯びた形をしています。装飾を施す工芸品であることに加えて、携帯できる強度が求められたため、根付彫刻特有の「用の美」が生まれました。

さらに彫刻のように台座などに設置する面がなく、360度すべてに細工がされています。手の中で転がしながら鑑賞するので、日常で使われるうちに磨耗していき、独特の艶も生じます。この状態を“慣れ”といい、経年変化の中にも柔らかい丸みを見い出すことができます。

根付の種類

動物や人物などを立体的に彫刻した「形彫(かたぼり)根付」を筆頭に、扁平なお饅頭のような形をしている「饅頭根付」や、饅頭型の根付に透かし彫りをした「柳左(りゅうさ)根付」、細長い形で帯に差して使う「差根付」など、根付にはいろいろな種類があります。

使われる素材も多様で、実用に耐えうる強度を持ち、かつ細工がしやすいものが選ばれていますが、多くは黄楊(つげ)や黒檀(こくたん)などの木材、象牙や鹿角、ウニコール(海獣イッカク)、ワシントン条約発効後に象牙の代替品とされたマンモスの牙といった牙角類です。他に金工、漆工、陶磁などが根付の材料として使われてきました。

江戸の風俗・動物・故事伝説など、様々なモチーフ

そして根付の楽しみといえば、欠かせないのが意匠です。古根付には竹取物語や浦島太郎といった物語や中国の故事伝説、江戸の風俗、人物、動植物、架空の動物などがモチーフとして用いられてきました。動物根付は特に人気があり、名工の根付に限定して、干支にある12の動物を蒐集するコレクターがいるほどです。

かつて着物が普段着だった時代に、こうした意匠は提げる印籠や袋物などとテーマを統一する取り合わせも楽しまれていました。

現在、根付の実用的な用途には需要がなくなってしまいました。ですが、根付本来の「用の美」を継承しつつ、意匠の中に今の文化や風俗を取り入れた現代根付が、作家たちの手で今も作られています。

ストラップは根付ではなくて着物の「提げ」に近い

携帯やカバン、財布などにアクセサリーとして付けるストラップ。根付はこのストラップに似た美術工芸品として紹介されることが非常に多いのですが、実は似て非なるものです。

根付には印籠などの提物を帯に留めるという用途がある以上、そのままぶら提げるストラップとは違う位置に、紐を通す穴がついています。さらに帯に引っかけて着用すると正面が向くように、提げた時にどの面が向くのかを作り手が計算して彫刻しているのです。

ストラップに近いものに、女性が着物で使う和装小物の「提げ」があります。「ぶらり」「小根付」と呼ばれることもあって、提げは根付よりもひと回り小さく、“ぶらり”と提げて使います。

現代根付師に聞いた!根付とストラップの違いとは?

さらに根付とストラップの違いについて、古典根付に知見が深い現代根付師の楽虫(らくちゅう)さんに作家の視点から語っていただきました。

――今、和風のモチーフを使ったプラスティック製のストラップなどが“根付”として売られています。根付を制作している立場として、どのようなことをお感じになっていますか?

楽虫:昨今は根付という言葉が乱用されています。「紐がついているストラップは根付」と呼んでいい風潮が広まってしまいました。(提物を提げるために)使えないものを、根付と呼ぶのは明らかな誤用で、本来好ましくない事です。ただストラップと言うより根付と言ったほうが、なんとなく洒落たイメージが付き、売る方としてはとくに深く考えず名称を使ってしまう気持ちも理解はできます。また、我々のような根付を作る側の一部の人が提げを「小根付」と呼んでしてしまった事も誤解を招く原因になったのかもしれません。

――根付の「用の美」について、お考えをお聞かせください。

楽虫:根付は美術品である以前に「印籠や煙草入などの提物を帯から提げるための滑り止め」として特化した道具です。根付のデザイン的な面白さ、美しさはその「用途を満たす」という目的があるがゆえに成立するものです。具体的に挙げると、帯にくぐらせるときにひっかかりが無いよう出っ張りを少なくする、摩耗にある程度強い素材で作る、提物とバランスの良い大きさにする、全方位から見られるのでそれに沿ったデザインを考える、等々です。美術品である以前に道具である、という前提は常に忘れないようにしなければなりません。

楽虫「大願成就」根付/象牙

――根付がストラップと呼べない、決定的な違いとはなんでしょうか?

楽虫:ストラップはそれ自体が本体でぶら下げるもの、根付は提物をぶら下げる為の滑り止めで、むしろ提物の付属品のようなものです。ですから、単純に上下が逆で、紐穴の位置も逆です。見た目は似ていても、用途が全く違うので、根付かストラップかは紐通しを見ればすぐにわかります。

楽虫「大願成就」提げ/セイウチ牙

――根付、提げを制作する際、作業工程のどの段階で紐穴を開け、どのようにして提げた時のバランスを見ていらっしゃるのでしょうか?

楽虫:一番最初のデザインの段階で紐穴の場所は決めておかないと良いバランスにはなりません。とは言え、彫っている最中にデザインの細かい変更は必ずあるので、実際に穴を開けるのはかなり後半です。早い段階で穴を開けてしまうと、途中でデザインの変更が出来なくなります。提げた時のバランスは、実際に自分で付けてみて調整しますが、その段階で大きく修正は出来ませんから、最初のデザインがとにかく大事です。

――動物の足の間を紐通しにするなど、紐穴を開けない「自然の紐通し」をデザインに組み込む場合、何か配慮していることはありますか?

楽虫:出来あがった時に出来るだけ不自然にならないよう、最初のデザインでよく考えることくらいでしょうか。

楽虫「虎」根付/セイウチ牙

楽虫「虎」根付/セイウチ牙

――紐穴は題材に即したものにされるそうですが、具体的にどのようなものなのでしょうか?

楽虫:一口に紐穴と言っても作品の一部ですから、ただ丸く穴を開ければいいというものでもありません。出来るだけ作品の情景に合った穴にします。例えば、岩に乗った虎である場合、題材が荒々しいもので穴を開ける場所が岩なので、まん丸にするより岩っぽく直線的な部分を残した穴にします。サイズも大きめに開けたほうが豪胆な雰囲気になって作品の意図に合います。注意しなければいけないのは、紐が擦れて切れやすくなってしまうのを防ぐため、直線的にすると言っても角は丸くしておかなければいけません。

またモチーフがコロコロした子犬であった場合は、穴も出来るだけ丸みを強調したものにします。まん丸にするよりも、僅かに楕円にしたほうがより丸みを感じるので、そのようにします。どんな穴を開けるにしても、穴の角は落としておくのは基本です。

提げは着物のワンポイントにお勧め

根付とストラップとの違いを示すためにネガティブな文脈で登場してしまった提げですが、緻密な細工を施した粋な和装小物を探している女性にはお勧めの工芸品です。ちなみに現代根付作家が、根付制作で培った技術を駆使して魅力的な提げを制作していることは多いんですよ!

「手のひらの小宇宙」とも称される根付には、小さな彫刻の中に職人や現代の作家たちの美学が詰まっています。入門書としてお勧めなのが、駒田牧子さんの著書『根付 NETSUKE ジャパノロジー・コレクション』(角川ソフィア文庫)。根付の成り立ち、意匠の読み解き、制作の工程など、根付の持つ魅力を総体的に知ることができます。ぜひ手に取って、一歩踏み込んだ根付鑑賞を楽しんでみてください。

楽虫 プロフィール
1965年生まれ。青森県出身。東京都在住。趣味で蒐集していた古根付に魅せられて、2000年頃から独学で根付制作を開始する。2003年から朝日カルチャーセンター「現代根付教室」で、駒田柳之氏・黒岩明氏に根付彫刻を学ぶ。現在も在籍中。古き良き根付を大切に思い、自身の制作にも反映させている。素材は、黄楊・セイウチ牙・象牙などを主に用いて、自然の事物・動物・人物・霊獣などを制作する。
楽虫さんブログ:https://blogs.yahoo.co.jp/rakutyu_netsuke

書いた人

もともとはアーティスト志望でセンスがなく挫折。発信する側から工芸やアートに関わることに。今は根付の普及に力を注ぐ。日本根付研究会会員。滑舌が悪く、電話をして名乗る前の挨拶で噛み、「あ、石水さんですよね」と当てられる。東京都阿佐ヶ谷出身。中央線とカレーとサブカルが好き。