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2025.02.07

幽霊だって楽じゃない。ひとごとではない、恐怖の冥界住民登録制度とは?

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生きている者はいつか必ず死ぬ。ゆるぎないこの世の掟だ。では、死んだ後はどうなるのか。
この世に現れ出る幽霊の中には、じつは内なる野望を秘めている者がいる。野望とは、身代わりを手に入れること。身代わりが必要な理由は、それが生まれ変わるための条件だからだ。

今回紹介するのは、さまざまな手段で交代の人を死なせて冥界に引きずりこむ幽霊たちの物語。首吊、事故死、溺死、病死……死にかたはいろいろあるけれど、もしかするとその死、偶然でも運命でもなく幽霊が引き起こしている可能性がある。

首吊、墜落死、溺死……身代わりを求める幽霊たち

縊死鬼

月岡芳年『月岡芳年新聞小説插絵』(国立国会図書館デジタルコレクション)

夫が先に寝ついた家で妻が針仕事をしていた。そこへ盗人が忍びこみ、窓の外で様子をうかがっていると、寝台のそばに立った幽霊女が妻に再三お辞儀をしている。妻はそれを見ているだけだったが、やがてため息をつくと涙を流した。妻は絹の紐を持ってきて、しばらく躊躇していたが幽霊女が再三頼むと、ようやく首を吊った。

驚いた盗人は大声をあげたが寝ている夫には聞こえなかったらしい。盗人は軒下の竹竿で窓越しに幽霊女を殴った。夫がようやく起きてきて妻を助けた。しかし妻の方は、自分がどうして首を吊ったのか分かっていないようだ。

その後、寝台の側の壁を開けてみると、かつて縊死した者の縄が見つかった。朽ちてはいたが形も痕跡もはっきり残っていたという。(『虞初新志』巻十三「記縊鬼」)

産鬼

月岡芳年『月岡芳年新聞小説插絵』(国立国会図書館デジタルコレクション)

ある男が月夜に家路を急いでいた。妻の出産が近いのだ。
途中、一人の女性に出くわした。怪しんで何者かとたずねると「私は産鬼です。これからあなたの妻に身代わりになってもらいに行くのです」という。妻のところに行かせるわけにはいかない。

考えた末、男は産鬼にいろいろと質問してみることにした。産鬼は口が軽く、いろんな話をしてくれた。話によると、産鬼には咽喉に紅い一筋の線があり、これに縋って妊婦の腹に入りこみ、胎胞に結んで出産できないようにするのだという。そうして何度もこれを引っ張り、激痛を与えるのだ。どんな健康な女でも三、四度引っ張ると絶命するという。
「産鬼を追い払う方法はないのかい?」
男が聞くと、産鬼は答えた。
「私たちは雨傘を怖れます。傘を戸のうしろに置かれてしまうと屋内に入れません。その時は屋根に伏して妊婦の口から中に入ります。寝台に傘をひろげられると、術がかからないんです」

男が家に帰ると、妻はまさに難産の最中だった。そこで、産鬼に教わったとおり傘をひろげた。すると出産は無事に終わり、母子ともに健康だったという。欺かれた産鬼は怨みごとを述べながら去っていった。(『里乗』巻五「産鬼畏繖」)

墜死鬼


熱河にある羅漢峯は、山の形が胡坐する老僧によく似ていることから昔から登る人が多かった。近頃ある人が崖から落ちて死んだが、それからというものどういうわけか市中の人が駆られるように山へ登っては飛び降り自殺するようになった。

誰もが亡霊が代わりを求めているにちがいないと噂をした。僧を招いて供養をしたが効果はなく、死人は増えるばかりだったという。(『閲微草堂筆記』巻十三)

溺鬼

月岡芳年『月岡芳年新聞小説插絵』(国立国会図書館デジタルコレクション)

あるところの土地神廟の廟祝(かんぬし)が夜、幽霊たちの会話を聞いてしまった。
「明日は身代わりの人が来るはずだ」
翌日、廟祝が河べりで待っていると、身代と思われる若者がやってきて河で足を洗った。しかし何も起こらなかった。
その夜、廟祝はまた幽霊の会話を聞いた。
「どうして身代わりをとらなかったんだ」
幽霊は答えた。
「あの若者の母親は年老いています。若者を殺したら母親も一緒に死んでしまうでしょう」
「明日は婦人が来る。きっと身代わりになってくれるだろう」
翌日、廟祝が河べりで待っていると、婦人が橋を通りかかった。たちまち突風が吹いて頭巾が水に落ちた。婦人は水辺から頭巾を拾ったが、死ななかった。
その夜、廟祝はまた幽霊の会話を聞いた。
「どうして身代わりをとらなかったんだ」
「あの婦人は双子を身ごもっていました。一度に三人の命をとるのは忍びないでしょう」(『獪園』第十三「討替鬼」)

冥界の住民登録制度

誰だって一度くらいは考えたことがあるはずだ。生まれてくる人間よりもこれまで死んでいった人間のほうが多いのだから、今頃あの世は死者であふれかえっているにちがいない、と。増えたり減ったりする人間界の人口とちがって冥途では土地も食料も足りないということがなさそうだし、なによりすでに死んでいるのだから、この先も人口が減ることはない。

なんてことを真剣に心配していたら、どうやらそうでもないらしい。あの世にはあの世の住民登録制度というのがあって、そのうえきっちりと人口の調整までされている。

中国文学に詳しい澤田瑞穂によると、冥途には「冥籍(めいせき)」なる戸籍簿があるという。これに登録された亡者は幽鬼と呼ばれて、晴れて冥途の一員となれる。では、もし冥途から足を洗いたい場合は? そんな死者のために用意された、もう一つの途がある。

死んでから始まる亡者たちの転生チャレンジ

月岡芳年『月岡芳年新聞小説插絵』(国立国会図書館デジタルコレクション)

亡者に与えられたもう一つの途とは、六道輪廻(ろくどうりんね)。つまるところ、転生である。

冥界の住民登録の制度はちょっと複雑だ。どこの世界も役所仕事というのは面倒ごとが多いものらしく、それは冥途も例外ではない。冥途では幽霊人口を一定限度保たなくてはいけないという都合上、もう一度生まれたいと望む亡者は後任の亡者を連れてくるというルールがある。

でも、生きたいと望んでいる人間に死んでもらうのはそう簡単じゃない。待っていてもそう都合よく死んでくれるわけがないから、幽霊たちは幽霊らしい手段で人間に死んでもらおうとする。積極的に自殺させたり、事故死を装ったり。私たちの周りの不幸のいくつかは、もしかするとそんな幽霊たちの必死の努力(もう死んでるけど)の結果かもしれないのだ。

とはいえ代替者を見つけるにも二年から三年ほどの待機が必要となるそうで、この年期がなにを意味するのかはよく分からないが、想像するに、きっと冥途にも年功序列の慣習みたいなものがあって、おいそれと代替者を探しに行けなかったりするのかもしれない。
しかもただ死なせればいいのではなく、できるだけ肉体を傷つけないことが重要だ。だから飛び降りや溺死よりも縊死を幽霊たちは好むともいわれる。

人間は死んでからも大変

死者世界の場所については天上とか、地中とか、泰山だとかいろんな考えがあるが、重要なのは場所のちがいだけではない。今回紹介した古い話で死者が自らこの世を訪問していることからも分かるように、現世と冥界は繋がっているのだ。そして、死者世界でも人間は試されているということ。輪廻循環して、べつの世界に転生してゆく者がいるということ。こうしたものの考え方は中国だけでなく日本でも見られるものだ。

死は、国や性別や年齢に関係なく、万人に訪れる。転生するために、本当に代わりが必要になるとしたら、冥途の役人はかなり性格が悪い。すべて人間は生きるのも大変だが、じつは死んでからも大変なのである。

せめて天国に行きたい。

【参考文献】
澤田瑞穂『鬼趣談義 中国幽鬼の世界』平河出版社、1990年
獪園『稀見筆記叢刊』文者、2014年

書いた人

文筆家。12歳で海外へ単身バレエ留学。University of Otagoで哲学を学び、帰国。筑波大学人文学類卒。在学中からライターをはじめ、アートや本についてのコラムを執筆する。舞踊や演劇などすべての視覚的表現を愛し、古今東西の枯れた「物語」を集める古書蒐集家でもある。古本を漁り、劇場へ行き、その間に原稿を書く。古いものばかり追いかけているせいでいつも世間から取り残されている。