これはすごいぞ。Webの弱点をカバーする究極の媒体!大塚オーミ陶業のセラミックアーカイブの発想に目から鱗!

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多彩な色や質感を表現できる焼きもの「陶板(とうばん)」をご存知ですか? 国会議事堂の屋根の改修や太陽の塔背面の「黒い太陽」にも、この技術が用いられています。この陶板、実は文化財を後世に遺すための手段として、驚くべき可能性を秘めているのです!

和樂web編集長セバスチャン高木が、日本文化の楽しみをシェアするためのヒントを探るべく、さまざまな分野のイノベーターのもとを訪ねる対談企画。第9回は、滋賀県甲賀市信楽町にある大塚オーミ陶業株式会社の代表取締役社長、大杉栄嗣さんです。

ゲスト:大杉 栄嗣(おおすぎ えいつぐ)
1955年滋賀県甲賀市信楽町に生まれる。京都産業大学卒業、製薬会社に勤務。1979年大塚オーミ陶業に入社。製造・資材・総務人事等を経て2006年執行役員 企画情報部長(兼)営業部長、2011年取締役(兼)常務執行役員 営業部長(兼)大阪支店長、2012年代表取締役社長に就任。

2,000年保存できるメディア

高: まず徳島県鳴門市にある大塚国際美術館についてお話を聞かせてください。館内に展示された1,000を超える陶板の作品は、全て大塚オーミ陶業の制作なんですよね。

大: そうです。美術館は大塚グループの75周年記念事業としてスタートしました。「超大型陶板の製造技術を生かし、西洋約3,000年の美術史を一挙に理解できる美術館をつくり、企業にゆかりのある徳島への恩返ししよう」という構想のもと、あの場所につくられました。

大塚国際美術館は2020年で開館から22年目を迎える。『モナ・リザ』や『ゲルニカ』などの名画をはじめ世界26ヶ国、190余の美術館が所蔵する古代〜現代までの西洋名画1,000点の複製陶板が展示されている。2018年のNHK紅白歌合戦では米津玄師さんが歌った場所として注目を集めました。

大: 美術館の準備は、著作権の許諾交渉から数えると開館より10年前になるので、我々はこれまで30年かけて画像データを陶板に置き換える活動を続けていることになります。

高: 美術館に訪れたのは2回目でしたが、個人的に見誤っていたと反省しています。最初に訪れたとき「名画の実寸大レプリカ」として陶板の技術的な側面だけを注視して、社会的意義を見逃していたのです。今回、レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』の修復前後の展示など拝見して、衝撃を受けました。

高: 原寸大のリアルな物体でしか感じられない体験は、他のメディアには確かに代え難いものでした。例えば「レンブラントの『夜警』ってこんなに大きいのか」と見上げたり。それから、私どもは出版社なものですから、屋外展示されていたモネの『大睡蓮』など見ていると、紙やwebにはない陶板の堅牢性にも圧倒されました。

人間の手で触れられても、強いライトが当たっても、屋外で雨風に晒されても、陶板は劣化しない。

大: おっしゃるとおり、原寸大で色や質感を再現できる点も、耐久性や耐候性も、他のメディアにない強みです。劣化するおそれのあるアートも陶板にすれば、2,000年以上かたちや色を保存できます。それで、我々は「セラミックアーカイブ」という言葉を提唱して、文化財を残すメディアとして陶板を活用することにチャレンジしている最中なんです。

高: セラミックアーカイブはどういった経緯でつくられることに?

大: きっかけになったできごとは、いくつかありました。そのひとつが、30年以上前、当時の東京大学教授である青柳正規さんの見解です。「デジタルアーカイブの脆さを補完する手段として、堅牢でデータを忠実に置き換えられるメディアがあれば、文化財の保存にとって非常に有益になるのではないか」そういった内容を、新聞に寄せられていたんです。

もともと創業者の大塚正士は大型陶板に写真を焼き付ける肖像陶板を発想していました。やがて大塚国際美術館の構想が始まり「1,000を超える西洋名画を陶板に焼きつけて後世に伝えよう」という、とんでもなく壮大な計画にいたったのです。

奇想の美術館プロジェクト

用件は、美術陶板を用いた世界のどこにもない美術館を鳴門に創るための協力依頼だった。(中略)ただ1,000点の絵画を並べるだけではあまりにも能がない。ここからがわれわれの腕の見せ所だった。すぐに思い浮かべたのは、アンドレ・マルローの「空想美術館」である。印刷物や写真などによって世界の名品といわれる美術品を比較しようとする構想である。

引用:「大塚国際美術館と名画陶板の意義」大塚国際美術館 絵画学術委員会委員長 青柳正規

高: 美術館の構想時、アートはもちろん権利関係の知見はお持ちだったんですか?

大: ありません。それがゼロからのスタートなのです。

「大塚国際美術館」展示作品の制作ステップ

1.著作権者の承諾
 原画の著作権者・所有者の許諾を得ることから始まります。
2.現地調査
 全体像はもちろん細部の傷や凹凸などを調べ上げます。
3.転写紙の作成
 撮影した写真をもとに4色の専用転写シートをつくります。
4.仕上げ
 転写紙を貼り釉薬を塗り重ねて微妙な色合いを調整、焼きつけます。
5.検品
 監修の方や原画を所有されている方に検品いただきます。
6.展示(完成)

大: 陶板に転写するための絵画の写真データをどうやって手に入れるか? 現地調査をどうやって行うか? 厳しい検品をクリアするにはどうしたらよいか? 問題はいくつもありました。

可能な限り原画の実物確認や現地調査を実施。書籍・文献には記されていない情報も多いため現地であらゆる角度から幾枚も撮影。例えばスクロヴェーニ礼拝堂の場合、館長や市の協力を得て、5″×7″のフィルムで約220カット撮影した。全体像はもちろん細部の傷や凹凸、痛みなどを調べ上げ、仕上げの際の参考資料にする。

大: 中でも一番大変だったのは、著作権の問題です。最終的には、1,000点の作品にそれぞれ1枚ずつ契約書をつくって、各言語の弁護士を雇って、全て契約を取り交わしました。この努力もあって、現在までに著作権のクレームは1件もありません。

高: そもそも30年前から陶板に絵画を焼きつける技術はお持ちだったんですか?

大: 持っていましたが、それもほとんどないようなものです(笑)。僕は1980年(昭和55年)この工場が建てられる1年前に入社しているんですが、そのときは、実験工場で転写紙をそのまま陶板に焼くことができるか、まだ試しているような状況でした。

高: その状態から、あの美術館を……?

大: 無謀でしょう(笑)。さらに言うと、当時は焼きものの転写紙が分版だったんですね。例えば10色の絵画を転写するなら10枚の版が必要だったんです。それでは絵画を忠実に再現できないと、我々は3原色をベースにした網点での転写にチャレンジしたわけです。

高: 紙の印刷と同じ技法を編み出したわけですね。

大: とはいえそんなに簡単なものでもなく、焼くときに熱がかかるので色が甘くなりますし、モアレも出ます。何度もテストしましたが、なかなか上手く転写できません。そのへんのノウハウも、とにかく何回もやって、精度を上げるしかありません。転写自体は技術として持っていましたが、いかに精密に焼きあげるかには苦労しましたね。

高: 日用品であれば色の再現性を厳密に求められないと思うんですけど、セラミックアーカイブとなると、忠実なものをつくらなくちゃならない。

大: 忠実といっても完璧ではありませんので、焼きものに置き換えた時に色や質感がどこまで再現できるのかを、オリジナルの権利者に納得していただくことも大切なプロセスのひとつでした。最初の頃は「イメージと全く違う!」と言われることもたくさんありましたよ。あとは営業から製造へ、意図が翻訳しきれていないときもありましたね。それがもう大変。工場の一角で、営業と製造が、ああだこうだといつも揉めていました(笑)。

高: そのあたりの葛藤は、我々編集の現場も同じです(笑)。

大: つくる側にしてみると「この色にして!と言われたからこの色にしたやん。なんでこれが検品通らへんの?」となりますよね(笑)。陶板をつくるだけでも精一杯なのに、毎月毎月、美術館や所有者の検品があります。そこで、色だけでなく筆使いや質感まで、さまざまな指摘をいただくんです。データによっては全くできあがりも違うので、何回も何回もやりなおして、それが1,000点。

高: 途方もない作業です。

大杉さんは陶板の制作だけでなく、大塚国際美術館の準備においては額装も担当。時代考証を行い、日本のみならずフランス、イタリアなどで製作した。

大: 結果なんとか美術館が完成して、最初はそこまで考えていなかった陶板の価値が知られるようになり、文化的に良い影響を及ぼすようになってきたことを感じています。セラミックアーカイブを使って、どうやって社会貢献していくか? これを考えられるようになったのは、ようやく最近のことなんです。

西洋絵画を、陶磁器にしかも原寸大の複製にした例は日本はもちろん世界にもない。

文化財の複製媒体としての価値

高: 西洋絵画以外も、セラミックアーカイブに置き換えられるんですか?

大: もちろん、日本画もいくつも手がけていますよ。ただ日本画の難しさは白色の質感にありますね。胡粉(ごふん)ならではのマットな白色を再現すると、陶板に置き換えたという意味では許せるクオリティですが、日本画を再現したというレベルには到達しないんです。金の独特の調子とか、あらゆる工夫をして日本画の再現も試みています。

高: セラミックアーカイブの意義を考えると、可能な限り本物に忠実でなくてはならない。そこは非常に難しいポイントですね。公的な文化財の保存活動も行なっていると伺いました。

大: キトラ古墳の壁画複製ですね。文化庁から複製の方法として、私どものセラミックアーカイブに白羽の矢が立ったんです。

2013年に石室は埋め戻されたため、キトラ古墳の壁画がはぎ取られる前の石室空間の姿は、今ではもう陶板でしか見ることができない。

大: 資料として支給された画像データは約3万枚もあって、熟練の技術者が手仕事で微妙な色味や、壁面独特の豊かな表情を仕上げていきました。結果「安易に移動できない文化財の記録保存として大きな可能性を持っている」と高い評価をいただけるものができあがったのです。

高: セラミックアーカイブが日本文化や歴史を考えるきっかけになっているのが興味深いです。質感だけでなく重量感やサイズまで再現できるのは教材としてもすばらしいことですよね。

大: より多くの方、特に子どもたちに触ってもらい「オリジナルの存在を後世に残していかなければ!」と感じていただくことが究極の目的です。

高: 文化財のアーカイブを進めていくにあたり、データそのものの取得に注力することは考えられていますか?

大: 今は3Dの測定装置も持っていますので、それを使って測定も試みています。3Dにおいてもデータが良いものでなければ、精密な再現はできませんから。ただ3Dについては着手したばかりですので、アーカイブの可能性を広げるためにもあらゆることにチャレンジして、これから評価してもらえたらいいのかなと考えています。

と言いますのも、我々のつくっている質感なんかはまだ「こんなかんじかな?」という表現のレベルなんですよ。去年イタリアで「触れる」というテーマで出張してきたんですが、そこで目の不自由な方たちにとっては、私たちの考えるような質感ではとても不完全だと気づかされたんですね。

高: セラミックアーカイブは、視覚的な体験だけでなく触覚においても、忠実なアーカイブになることが理想であるということですね。

アートに対する意識をも変える、焼きものの可能性

高: セラミックアーカイブを拝見すると、まるでその作品が自分のものになったような感覚に陥ります。これは日本のアートに対する考え方に、一石を投じるのではないかと思いました。海外は「アート=わたしたちの物(公の物)」という意識が強いですが、日本は「アート=美術館や持ち主の所有物」という意識が強い。ですから、セラミックアーカイブのような活動が浸透すると、日本人のアートに対する意識が変わっていくのではないかと考えたわけです。

大: どんなアートにせよ、偶然誰かが持っているけれども、人類の宝としてみんなで次の世代に繋げていかなくてはならない。国宝などはそう法律で定められています。ではどうやって守っていこうかと考えると、劣化を防ぐために非公開するのも良いのですが、それでは存在そのものが認知されなくなってしまいますよね。アートは公にしたほうが良いのですが、状態によってはどうしてもできないものもあると思うんです。

ですから、その公に認知してもらう役割の部分を陶板に置き換えたらどうか? と我々は提案をしていきたいのです。例えば、屏風をロウソクの灯りで展示したり、オリジナルじゃ実現できない体験も、セラミックアーカイブに置き換えられれば、伝えられる情報もまた違ってくると感じています。

高: ここまでお話を伺って「信楽の焼きもの」という視点で御社の活動をとらえると、独自の発展を遂げているように感じられます。

大: それは焼きもの屋さんから始まった会社ではないからでしょう。大塚オーミ陶業の事業は、化学の技術者からアプローチして、大きな板をつくろうという発想です。ですから、歴史ある信楽の焼きものの技術や発想とは、全く違う歩みをしていると思います。しかしながら信楽で焼きものを事業としてやっていると、アートとして残していかなくちゃいけないという思いもありますし、産業として残していかなくてはならないという危機感もあります。

ただ、誰もが思い浮かべる「信楽の焼きもの」とは違った、技術や役割を考えてもいいんじゃないかと思うんですね。それがたまたま陶板であったり、もしかしたら、もっと別のもの。焼きものには無限の可能性があると思うんです。大塚オーミ陶業としては、まずセラミックアーカイブで新しい文化的な価値をつくっていきたいですね。

※本記事に掲載した西洋絵画の写真は大塚国際美術館の展示作品を撮影したものです。