奄美や沖縄県のスーパーには「ミキ」なる発酵飲料が売られています。見た目はジュースや牛乳のようなのですが、そのパッケージには「飲む極上ライス」や「あなたのスタミナ保持に」というキャッチフレーズ。外観から味わいが全く想像できない不思議な飲み物です。
実際に飲んでみるととろとろとした口当たりに、甘く煮つめたおかゆを思わせる独特の甘さ。とろみが口に残るものの、冷やすとゴクゴクと飲みたくなる味わいです。
風邪をひくとおばあが「ミキを飲めば治る」と言うように、ミキは栄養価がとても高く乳酸菌が豊富な健康飲料。
昔から地元民に愛され、一部若者の間でも熱狂的なファンがいるこの飲み物ですが、その歴史は祭祀における神へのお供え物であった、というところからはじまります。
神々へのお供え物 口噛み酒としてのミキ
奄美大島から琉球諸島までをその勢力下においていた琉球王国。1429年に成立したこの王国では琉球神道が信仰され、そしてこの宗教による祭政一致が行われていました。
琉球神道が崇拝するのは神話や自然、そして祖先。異界や他界からやってくる神々に豊穣や子孫繁栄の祈りを捧げるという多神教宗教です。琉球王国では、祭政一致のためにこれらの神々と交信するための巫女組織が設立されました。その中において女神官として王国各地に配置されたのが「ノロ(祝女)」。ノロは公の立場として、御嶽などで村の祭祀や祈願行事を行うのですが、その際に神へと捧げるもののひとつが口噛み酒である「ミキ」でした。
「君の名は。」でご存じの方も多いかもしれませんが、口噛み酒とは口で噛んだ米を吐き出し、お酒を醸す方法。唾液の中のアミラーゼが、米に含まれるでんぷんを糖に分解することでアルコールを生み出すのです。本州などでは古代に口噛み酒の習俗はなくなってしまいましたが、沖縄諸島では19世紀まで口噛み酒は存在しており、神酒として祭祀に使用をされていました。同じく琉球王国の勢力下にあった奄美群島でも、19世紀中ごろまで口噛み酒をつくるムラがあったといいます。
しかし廃藩置県により琉球王国が解体し、ノロ制度が消滅。口噛み酒もこの時期に急速に廃れていきました。
人々の日常へと ソウルドリンクとしてのミキ
そんな神と人とをつなぐ飲み物であるミキ。その存在意義は残しながらも少しずつ姿を変えていきました。現在奄美、沖縄地方で「ミキ」といえば、米、麦、砂糖などを原料とした甘い飲み物のこと。祭祀にはお供え物として使用されることには変わりませんが、アルコールは含んでいませんし、スーパーで誰もが気軽に購入できる発酵飲料としてそのポジションを確立しています。
もともとは神への捧げものであったミキが、現代社会においてはどのように人々から受け入れられているのか。その姿を探るべく、奄美の代表的なミキである「花田のミキ」公式ファンクラブ責任者の星村さんにお話をお伺いしました。
––奄美において、ミキはどのように変化してきたのでしょうか?
星村さん:奄美はノロなどといった民間信仰が盛んな場所です。ミキはノロが祭祀を行う際に使用されており、以前はその時にしか飲むことができませんでした。どのような流れで民衆が飲むようになったかはわかりませんが、今は祭祀よりも日常的な存在となっています。
ちなみに40年程前は、家の軒先で一升瓶と木の棒を使い、おばあさんたちが自分たちで飲むためのミキを作っている光景をよく見かけたものです。
––今もミキを自宅で作っている人は多いのですか?
星村さん:いえ、今は市販のミキを購入する人が多いですね。スーパーやコンビニには大抵「ミキコーナー」があり、そこで様々な種類のミキが販売されています。奄美のミキの材料はどれも同じでサツマイモ、米、砂糖なのですが、その配合によって様々な味わいのミキが生まれるんです。昔ながらの味わいのものもあれば、さらりとしていて飲みやすい今風のものもある。みんなそれぞれ自分の好みのミキを選んで飲んでいる感じです。
––同じ味わいのミキでも作り手によって味わいが違うものなのですね!
星村さん:はい。それに加えて製造からどの程度日にちが経っているかで味わいもだいぶ変わります。賞味期限はだいたい10日から2週間なのですが、日にちが経つにつれ発酵が進み酸味が増します。賞味期限を過ぎるとパックはパンパンになり野性的な味わいに。それを好んで、あえて賞味期限を1か月くらい経過したものを飲む人もいるんですよ。
※同じ飲み方をする場合は自己責任でお願いします!
––みなさん自分なりの楽しみ方を持っているのですね!
星村さん:そうですね!それに加えてミキはそのまま飲むだけではなく、いろいろな飲み方ができるんですよ。例えばミカンなどのジュースで割ったり、牛乳や炭酸で割ることもあります。個人的なオススメとしては黒糖焼酎割り。この飲み方をするときは、少し日にちが経って酸味がでてきたミキのほうが美味しいですね。尖った味わいの後に黒糖焼酎のまろみが広がり、なんともいえない味わいになります。
奄美には焼酎のミキ割りを出してる居酒屋さんもありますよ。
––ミキの世界奥深しですね!奄美の人たちはみんなミキを飲むのでしょうか。
星村さん:若い人は倦厭しがちで、飲むのはご年配の方々が多いですね。独特な味わいなので好き嫌いが別れるんです。でも小さな頃苦手だったのに、50歳を過ぎたあたりから急に飲みたくなる、なんてもことがあるのもミキの不思議なところ。もちろん多くはないですが若い方のファンもいます。幅広い年齢層で熱狂的なコアファンがいる飲み物ですね。
––花田のミキではTシャツやエコバックなどを販売していますが、それらはどういった意図の元始めたのでしょうか?
星村さん:若い人にもミキ文化を残していこうと始めたプロジェクトです。ミキは先ほども申しましたが独特で濃厚な味わい、そしてカロリーが高いので若い人はあまり積極的に飲みません。でも昔ながらのこの商品を次の世代に残したい。新しい形で若者に知ってもらい、飲んでほしいという想いではじめました。
花田のミキのTシャツを着て、花田のミキのバッグにミキいれて、海でミキを飲む、そんな風にミキのある生活が若い人の生活にも浸透していけばいいなと思っています。
ちなみにミキのジェラートも販売されているんですが、これは食べやすくてミキ初心者の人にもオススメですよ!
時代の流れとともに変わりゆくミキ
祭祀の際に集落で作りお供えされていたミキですが、現代では市販のものをお供えするケースも多いといいます。その音にあるように「神酒」の存在であった飲み物は、歴史の流れの中で姿を少しだけ変えたものの、存在意義はそのままに「ミキ」という独自の飲み物として人々の日常に溶け込んでいます。
そもそもなぜ日常に飲むようになったのか。なぜ缶やパックに詰めて市場に流通するようになったのか。その大きな流れはわかりませんが、星村さんの話を聞いていると、新たな時代の流れの中で今またその姿を少しずつ変えようとしているような気がしました。
奄美には別に「キミニミキ」というブランドがあります。「キミニミキ」はミキをアレンジしした美容腸活メンテナンスドリンク。スタイリッシュなパッケージデザインに、「美容」をテーマにしたブランディング。「キミニミキ」を見ていると、時代の流れの中で姿を変えてきたミキの「これから」の姿を見ているような気持ちになります。
神と人とをつなぐ飲み物だったミキ。今後どのような姿になっていくのか興味が尽きません!
参考文献:
沖縄の祭祀と信仰 平敷令治(著)第一書房
神々の古層⑪ 豊年を招き寄せる[ヒラセマンカイ・奄美大島] 比嘉康雄(著)ニライ社