Gourmet
2019.11.13

オハウにチタタプ!アイヌ料理を学んでみたら、寒い冬が怖くなくなった!

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みなさんはご存知でしょうか、日本語の「鮭(サケ・シャケ)」が、アイヌ語の「シャクイペ(sak-ipe)=夏の食べ物」に由来しているということを。(※諸説あります)そう、鮭の本場はなんといっても北海道、そして鮭料理の本場はなんといってもズバリアイヌ料理です。

この度東京都九段下にて、鮭をまるごと一匹調理する本格アイヌ料理教室が開かれると聞きつけ、さっそく参加してきました。北の大地で培われたアイヌ料理には、体を温めるための知恵がいっぱい。寒い冬を越すのが怖くなくなる、絶品料理をレポートします。


講師の宇佐照代(うさ・てるよ)さん。(チタタプ仕上げ中)関東アイヌの一人として、日本中、世界中でアイヌ文化継承活動をされています。またアイヌ料理屋を営む料理のプロフェッショナルでもあります。

アイヌにとって鮭は「神の魚」

今回お料理する鮭は、アイヌ語で「カムイチェプ=kamuy(神の)cep(魚)」または「シペ=si(真の)ipe(魚)」と呼ばれます。アイヌ民族ははるか遠い昔から、北海道で豊富に獲れる鮭を「神の恵み」として感謝し、常食としてきました。鮭は神話や物語、歌などの中にも、他の魚とは比にならないほど頻繁に登場します。宇佐さんによると、現代を生きるアイヌの漁師にとっても、鮭は特別な魚という認識があるのだそうです。


前日に函館の市場で仕入れたという紅ジャケ。今回はこの子をまるごと料理します。そう、尻尾も目玉も残らずです。

本日のメニュー

今回教えてもらうメニューは4品、「オハウ(ohaw)」「チタタプ(citatap)」「ラタシケプ(rataskep)」「イモシト(imo-sito)」です。どれもアイヌ文化を代表する日常的な料理です。

オハウ(汁物)

北海道の郷土料理「三平汁」の元になったとも言われる「オハウ」(「温かい汁物」の意味)。じゃがいも、大根、にんじん、玉ねぎなど、根菜がたっぷり入って体をポカポカ温めてくれます。味付けはなんと塩のみ(!)ですが、昆布でしっかり出汁をとるので旨味がバッチリ効いている優しい味になります。今回は、鮭の身だけでなく、尻尾もオハウに入れちゃいます。

レシピ
材料:昆布・鮭・大根・人参・白菜・玉ねぎ・じゃがいも・塩
1. 昆布を鍋に入れ、たっぷりの水に浸しておく。鮭も入れる。
2. 野菜を切り、鍋に入れる。火にかける。
3. 野菜に火が通ったら昆布を取り出し、細かく切って鍋に戻す。
3. 塩で味付け。(様子をみながら目分量)

チタタプ(たたき)

ゴールデンカムイの愛読者には合言葉になっている「チタタプ」は、日本料理でいう「たたき」です。昔は魚、鹿やうさぎ、熊の脳みそなど、なんでもチタタプしたそうです。鮮度が落ちて生食できなくなった獲物なども、チタタプして団子にすれば立派なオハウの具になります。「食材は間違ってもムダにしない」アイヌならではの知恵料理とも言えますね。しかし宇佐さんいわく、現代の「チタタプ」といえば、もっぱら鮭のチタタプを指すそうです。

レシピ
材料:鮭の頭とエラ部分・塩・(お好みでネギのみじん切り)
1. 2丁の包丁を使ってとにかく細かくしていく。塩をふる。
2. 目玉を乗せて完成

ラタシケプ(煮物・チャンプルー)

ラタシケプは、「混ぜるもの」という意味。日本料理の「ごった煮」や、沖縄料理の「チャンプルー」にあたります。現代ではかぼちゃのラタシケプが主流ですが、昔は山菜や木の実など、なんでもラタシケプにしたと言います。パーティの時などは、アレンジしたラタシケプをクラッカーなどに載せてもおいしいとのこと。

レシピ
材料:かぼちゃ・金時豆・トウモロコシ・バター・キハダの実
1. かぼちゃを適当な大きさに切り、茹でる。
2. ペースト状になるまでかぼちゃを潰す。
3. 金時豆・トウモロコシ・バター・潰したキハダの実を好みの分量入れて混ぜる。

イモシト(芋団子)

かぼちゃやじゃがいもを片栗粉で混ぜたお餅のことです。「イモシト」の「シト」は「団子」という意味のアイヌ語ですが、「イモ」は日本語です。というのも、じゃがいもが作られるようになったのは、近代に入ってからだから。それ以前は、自然の中で穫れる百合根などで作っていたそうです。イモシトは現代のアイヌにとっても一般的な料理で、子供の健康的なおやつにもなります。宇佐さんは小さい頃、ホットプレートで焼いて家族で食べていたといいます。お餅の代わりにおしるこに入れたり、お正月の雑煮に入れたりもします。

レシピ
材料:じゃがいも・かぼちゃ・ヨモギ粉・片栗粉・(お好みで、醤油・砂糖・塩・バター・チーズなど)
1. かぼちゃ・じゃがいもを適当な大きさに切り、茹でる。(皮は剥いておく)
2. それぞれを別のボウルに入れ、ペースト状になるまで潰す。
3. じゃがいものボウルを3つに分け、一つにはヨモギ粉、一つにはかぼちゃを入れ混ぜる。
4. 片栗粉を目分量入れ、さらに混ぜる。(形成しやすい硬さになるまで)
5. 好きな形に形成し、油をひいたフライパンで両面焼く。

調理スタート

まずは、本日の主役・鮭をさばきます。宇佐さんと共にアイヌ料理屋を営むシェフの見事な手さばきで、オハウ用とチタタプ用に分けられていきます。

チタタプ用は、「氷頭(ひず)」と呼ばれる鼻頭の軟骨部分、頭(目玉含む)、そしてエラの部分です。軟骨のコリコリとした触感がチタタプの重要な要素にもなります。

氷頭は「氷頭なます」が有名ですが、塩漬けにするといい酒のつまみになるらしい。

シェフが鮭をさばいている間に、私達は野菜を切ってゆでます。準備するのは大量のじゃがいも、大量のかぼちゃ、そしてオハウ用のたまねぎ、人参、白菜。オハウの出汁はもちろん昆布でとります。


ピーラーを使わず皮むきに挑戦! 横で見ているお父さんはヒヤヒヤしていました。

お待ちかねのチタタプ!

大量の野菜を火にかけ、「ヒマになったな」なんて思っていると、すかさず宇佐さんから声がかかりました。「野菜終わった人はチタタプはじめまーす!」私は見ました。その瞬間にみなさんの目が輝いたのを。

目玉は最後に乗せるので、くり抜いてとっておきます。「気持ち悪ーい」と叫ぶ子供もいれば、「食べたことあるよ!」と自慢気な子供も。

はじめは、普通に包丁で細かくしていきます。ある程度力を入れて細かくしたら、お待ちかねのチタタプ開始です。はじめはみなさん遠慮がちに見ているだけでしたが、シェフが2丁目の包丁を取り出すと、我慢できずに前に出る方が出てきました。包丁が軟骨を割る「ドン」という鈍い音が聞こえると歓声が上がります。

宇佐さんと共にお子さんも挑戦。軟骨がするどいので見た目より危なっかしいのですが、2丁の包丁が「トントン」とリズミカルな音を立て始めると、緊張していた顔に笑顔が戻ってきました。

「チタタップ、チタタップって言いながらやらないと!」と、ゴールデンカムイの設定を引用する宇佐さん。恥ずかしそうに「ちたたぷ、ちたたぷ・・」と唱える子供は本当にかわいかったです。

チタタプ完成!こちらに塩とネギをふりかけていただきます。

ここまで細かくするのに20分〜25分ほどかかりました。みんなでやればこそ楽しいですが、一人でやったらけっこうな運動です。プロにとっても、かなり骨の折れる作業なのだとか。

潰す、潰す、とにかく潰す

チタタプのエンターテイメントが終わったら、茹で上がったカボチャとジャガイモを潰していきます。

大量のジャガイモと大量のカボチャを潰す、潰す、とにかく潰す!かなり細かくしないと、イモシトを焼いた時に割れちゃうのだそうで、バトンタッチを繰り返しつつ入念に潰していきます。

混ぜる、混ぜる、とにかく混ぜる

潰しの作業が終わると、今度は「混ぜる、混ぜる、とにかく混ぜる」の工程がやってきます。

今回のイモシトは、(1)カボチャ味(2)ヨモギ味(3)シンプルじゃが味、の3種類。なので、ジャガイモの中にカボチャを混ぜるバージョンと、ヨモギを混ぜるバージョンを作ります。

こちらはヨモギを入れたバージョンをこねこね中。疲れたら交代しながら、みんなでやります。

さらに、イモシトの醍醐味であるモチモチした食感を作るべく、片栗粉をざばっと目分量(イモと混ぜた時、モソモソせずに簡単に団子状にできるくらい)入れてさらに混ぜます。

ラタシケプ用のかぼちゃには、金時豆、コーン、バターを好きなだけ、そしてシケレベの実も好きなだけ砕いて混ぜます。「シケレベ」とは、北海道に生息するキハダという柑橘系の木のこと。食べてみると、山椒のようなピリっとした辛みと、ミカンのようなさわやかな香りが口の中に広がります。アイヌ料理の代表的な香辛料の一つです。


北海道札幌からやってきたシケレベの実。北海道のお店でもなかなか売っていないそうで、宇佐さんは知り合いの方が山に入って採集したものを分けてもらっているとのこと。マネできない!(笑)

仕上げ

混ぜの完了したイモシトは、好きな大きさに形成し、あとはたっぷり引いたオリーブ油の上で焼きます。両面に美味しそうな焼き色がつけば完成です。

煮込んでいたオハウは灰汁をとって、味をみながら塩を目分量入れて完成です。

イペアンロー!(いただきます!)

さあ、お待ちかねの実食タイムです。潰しに混ぜにチタタプに、結構体力を使ったのでみなさん腹ペコ。みんなで声を合わせて「イペアンロー!」の掛け声で食べ始めました。イペアンローの「イペ」が食事、「アンロー」は英語の “let’s “にあたります。日本語にすると、「さあ食べましょう」といったところでしょうか。

オハウの味付けは塩だけなのに、シャケと昆布のうまみが効いてて何杯でもいけちゃうクセになるお味。私の第一声は、「やっさしー!」でした。(笑)

かつお節ならぬ、シャケ節です。かつお節よりも苦味がありません。こちらをオハウに入れると、旨味が増してさらにおいしい。

イモシトはモチモチ食感がお餅さながらなので、お子さんに大人気でした。味付けなしでも十分に甘いですが、チーズをのせて焼いたりハチミツをかけたり、幅広いアレンジがきくのもイモシトのいいところです。ラタシケプは、やはりシケレベの香りがたっていて、どちらかというと大人好みの味。シケレベが手に入らなかったら、ナツメグとコショウを入れても美味しいかもしれません。

あちらこちらで「おいしい!」の声が聞かれました。

人から人へ紡がれていくアイヌ料理

今回もっとも印象的だったのは、「目分量で」が多かったこと。そして協力し合わないとなかなかハードな作業が多かったことです。アイヌ料理はレシピで覚えるのではなく、家族みんなで作業することで体で覚えていく料理なのだと実感しました。宇佐さんもまた、アイヌ料理屋を営んでいたお母さんや叔母さんに料理のノウハウを教わったのだと言います。客人がくれば、ご飯を食べさせてふるまうのがアイヌの心なので、誰がきてもいいように、いつだって協力して多めに作っていた、とも。

今回学んだのは、現代人でも簡単に挑戦できる料理ばかり(チタタプをのぞく!)でしたが、体を温める知恵、素材を無駄にしない知恵、みんなで協力し合う知恵など、伝統的なアイヌ文化の叡智がたくさん詰まっていました。寒い冬には体を寄せ合って、家族みんなで料理をすれば、心も体もポカポカです。

取材協力:
千代田区立九段生涯学習館
指定管理者 株式会社小学館集英社プロダクション

書いた人

横浜生まれ。お金を貯めては旅に出るか、半年くらい引きこもって小説を書いたり映画を撮ったりする人生。モノを持たず未来を持たない江戸町民の身軽さに激しく憧れる。趣味は苦行と瞑想と一人ダンスパーティ。尊敬する人は縄文人。縄文時代と江戸時代の長い平和(a.k.a.ヒマ)が生み出した無用の産物が、日本文化の真骨頂なのだと固く信じている。